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第1話 / 全1話
スーパー閉店の一時間前。
スーパーにいる客の半分は、肉や魚、惣菜の並ぶコーナーに集い、その時を待っていた。
店員しか入れないバックヤードの扉が開き、出てくるのはスーパーの制服に身を包んだお兄さん。
お兄さんの手にはいつも通り、たくさんの丸いシールがあった。
赤色の背景に、黄色いギザギザの円が描かれ、ギザギザの円の中には大きな赤文字で『半額』と書かれている。
それは魔法のシール。
シールの貼られた商品は、値札に書かれた価格の半額で買うことができる。
全人類の救世主。
敬意をこめて、その店員はこう呼ばれる。
半額シールのお兄さん、と。
半額シールのお兄さんは、肉のコーナーに到着すると、売れ残っている商品に半額シールを貼っていく。
既に『20%オフ』や『30%オフ』と書かれたシールが貼られている商品もあるが、問答無用に上から貼っていく。
その瞬間、商品の価格は半額になる。
半額シールの貼られた商品に、無数の客たちの手が伸びる。
その手は、時に強引に、時に譲るように、商品の上を舞う。
そして、実際に商品を掴む手は、ただの一本だけ。
勝者の手だけ。
勝者の手に捕まれた商品は、そのまま商品かごの中へと放り込まれる。
敗者の手はいったん引き下がり、次の商品の上へと戦いの舞台を移す。
刹那の時間で、売れ残っている商品すべてに半額シールが貼られ、同時にすべての商品が売り場から消える。
手に入れた客はほくほく顔で、惜しくも手に入れることのできなかった客は無念そうな顔で、その場を離れ、レジへと向かっていく。
仕事を終えた半額シールのお兄さんもまた、バックヤードの扉へと戻っていく。
「どういうことだ!!」
直後、レジから聞こえる怒鳴り声に、周囲にいた客たちは、半額シールのお兄さんは、声のする方向へと振り向く。
レジでは、一人の客が、会計をしている店員さんへ怒りの表情を向けていた。
「で、ですから、この商品は半額ではなく」
「半額シールが貼ってあるだろ!ほら!よく見ろ!」
客は、酒瓶を突き付ける。
賞味期限までまだまだ長い、だがしかし半額シールが貼られている酒瓶を。
交換される割引<<エクスチェンジド・ディスカウント>>。
それは、ある商品に貼られた半額シールを、別の商品に貼り替え半額にするという、外道極まる手法。
またの名を、詐欺罪。
レジに立つ店員は泣きそうな表情だが、レジ周りの客はざわつくのみ。
店員を助けたいが、証拠がないのだ。
不穏渦巻くレジ周り。
「お客様、どうかなさいましたか」
「なんだ、おめぇ?」
そこに、半額シールのお兄さんが現れた。
「失礼。なにやら、騒がしかったもので」
飄々とした半額シールのお兄さんに、客は先ほどと同じように、酒瓶を突き付ける。
「こいつが!この酒を半額にしやがらねえんだ!見ろ!半額シールがついてんだろ!」
「ほほう?」
レジのお兄さんは、酒瓶を眺める。
「ふっ」
そして、鼻で嗤った。
「何がおかしい!」
「失礼ですがお客様。このシール……貼り替えましたね?」
「なっ!?」
客の表情が、明らかな動揺を見せる。
「てめぇ!何を根拠に!」
「そのシールのギザギザの数、ちゃんと数えましたか?」
「ああ?」
「当店では、お肉には16個、お魚には18個と、種類ごとにギザギザの数が違う半額シールを貼っております」
「な、なんだと!?」
「酒瓶に貼られているシールのギザギザの数は、16個。これがどういう意味か、わかりますか?」
周囲の客たちが手元の商品を確認し、本当だ、私のも、と驚きの声をあげる。
「ぬ、ぐぬぬ……」
立場が悪くなったことを悟ったのか、客の顔が悪くなる。
だがしかし、その瞳は死んでいなかった。
「たまたま……貼り間違えたんだろ……」
「ほう!」
苦し紛れの言い訳に、半額シールのお兄さんの瞳が強く光る。
「この私が!貼り間違える!半額シール貼り歴十年の私が!」
「な……!?」
「教えてあげましょう、私が今まで貼った半額シールの枚数を!」
客が、ごくりと唾をのむ。
「私の貼った枚数は530000です」
「あ……ああああああああああ!!??」
圧倒的な数の前に、客は屈した。
その場に崩れ落ち、膝をついた。
これ以上、酒瓶を半額にしろと要求する気力はないだろう。
「お騒がせしました」
半額シールのお兄さんは、周囲の客に頭を下げ、颯爽と去っていった。
客たちの拍手を、その背に受けながら。
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