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第4話 / 全4話
久万高原は、松山市街から南に1時間ほど走った先にある。
「これ、間に合うんでしょうか」
わたしはハンドルを握りながら、助手席の零さんに言った。スマホホルダーに取り付けられた業務用端末を見る。神域課用の公用車に取り付けられた大型神力探知機。前方3kmほどの地点に、大型の反応が見えた。
「どうだろうね。行ってみるしかない。まあ、なんとかなるよ」
この人、頼りになるのかならんのか、よくわからんね。大きく息をはいて、窓の横を見る。
山の上。満月が見えた。不気味なほどに赤かった。
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そこは「岩屋」だった。
国道から路地に入り、急坂を上がった先。
山をくりぬいたようにぽっかり開いた空間。
火のにおいと獣のにおいが一番強くなった場所で、その儀式は行われていた。
「こちらは松山市神域課です! 当局の許可なく祭祀を行うことは認められていません! 即時中止を命令します!」
鞄から書類を取り出し、突き付けた。神域課の措置命令書。ライトを当てていないのに書類全体が光を放つ。書かれた文字が淡く浮かび上がる。松山市長の印が、ひときわ赤く光った。
男の動きが、止まった。いける。このまま封印して――
「いや。もう遅い」
男が言った。ごぉう。風が吹いた。
「きゃあ!」
手元の文書が、ぼうっと燃え上がった。慌てて手を離し、取り落とした。
行政文書が、ぐずぐずと焼けていく。松山市長の印が燃え尽き、光が、消えた。
「わしはもう、成ったのだ」
男がまとっていた毛皮が、蠢きだした。男の全身を包み込み、ひとつの大きな獣の姿に換わっていく。人ではない、何かの姿に。
「隠神刑部。わしは今、神となったのだ!」
男が、雄たけびを上げた。巨大な獣の神が、そこにいた。
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その姿は、想像していたものとはだいぶ違っていた。
大きなお腹もない。尻尾も長くない。顔なんてもう、人面犬かビックフットかって感じなんよ。
タヌキの神様というから、もっとかわいいのかと思っていたのに。
「ふはは。感じる! 感じるぞ、神の力を!」
「あちゃー。これが転生ハイってやつか。こうなるとめんどくさいんだよな……」
零さんが額に手を当てて言った。
「ぬかせ! 儂はこれからもっともっと偉大になる。神々の力を奪い、この四国を、まつろわぬ神の島とするのだ!」
「おじさん、あんた今時珍しい直球の悪役だね! そういうの嫌いじゃないよ!」
零さんが言い、わたしの横に立つ。
「薫ちゃん。昨日のシール持ってる? 実はね、あれは一日一枚しか出せないんだ。今日のぶんは使っちゃったから、俺に貸してくれる?」
「え、そうなんですか! 早く言ってくださいよ! はいこれ!」
シールを渡す。ぽうっと光った。
それから、胸のブローチを外した。天秤の形をしたブローチ。わたしは、解除コードを唱えた。
[我々職員は――神格に対し、敬意をもって接し、法に基づいて職務を果たします]
次の瞬間。ブローチが、変形を始めた。ぐん、ぐんと大きくなった。本物の天秤の大きさになる。
左右のはかりが直線になり、中心に収納される。
根元部分が二回りほど太くなる。握るのに、ちょうどいい太さだ。
それから最後に、中心部分がまっすぐ伸びていき、幅広に、薄くなり、白く光って――刃になった。
神域課職員専用、対神格用強制執行刺突装備・甲型。通称"強制執行ソード"。
刃が、きらりと輝いた。
「小娘が。人間ふぜいが、神に逆らうか」
「逆らう? 違います」
「貴方が、違反をしてるんです。盟約と、法律に。それと――わたしたち、神域課に!」
わたしは剣を構え、切っ先を、神様へまっすぐ向けた。
「神様。それは――コンプライアンス違反です!」
「黙れ!」
男が叫び、鉤爪を繰り出してくる。わたしは飛びのいて避け、切りつけた。男が腕を押えて後ずさる。いける!
「儂は神なのだ。人間ごときに遅れをとるなどあってはならない! 死ね! 邪魔な小役人め!」
「おっと、そこまで。やっぱり、成り立ては甘いね~」
「背中が、お留守だよ」
ぺたり。
零さんが、男の後ろに立っていた。その背中に置かれた手。離すと、そこから黄色い光が迸った。
「貴様! 何をした! この儂の、神の力が、力が抜けていく……!」
「半額シールを貼った。神様。あんたは最初から、賞味期限切れだったんだよ」
零さんが、こちらを見る。眼鏡が光った。わたしも、うなずいた。
「松山市神域課。清見薫! 只今から神格法第27条、第3項の緊急条項に基づき、強制執行を実施します!」
わたしは、剣を突き刺した。
とてつもない絶叫が、周囲に響き渡った。
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神域活動記録 第〇〇一六号
宛先:神域担当課長
起案:清見 薫
件名:重松神社に係る神格消失事案の調査及び対応について(報告)
記
一、重松神社より消失した神格について、久万高原町内の岩屋にて発見・保護した。神格に損傷はなく、現在は本来の神域に還御済みである。社務従事者についても無事を確認した。
二、本件被疑者は、隠神刑部の子孫を称する人間であった。当該人物は儀式により自らを神格化していたため、神格法第二十七条に基づく即時封印措置を執行した。封印は完了し――
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「これでよし」
印刷ボタンを押し、わたしは立ち上がった。プリンタへ向かい、報告書をとりに行く。あとは課長の決裁印をもらうだけ。いつもと変わらない、お役所仕事の日常風景だ。
でも、いつもと違うことが、ひとつある。わたしに、うんと年上の友達と、うんと年下の友達ができた。零さんと、ともくん。
ともくんとは、仕事帰りに「みそぎ屋」でプリンを買うたびに遊ばせてもらってる。とっても不思議な子。元神様の息子さんだもの、彼にもきっと、何かある。
でも、それはまた――別のお話。
今日もまた、新しいお仕事がはじまる。
松山市神域課、清見薫。
わたしは今日も、元気です!
~完~
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