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第1話 / 全1話
—これは、昭和の終わり頃から最近までの、ふたりの薫とひとりの男性の物語。
【薫:16歳、夏】
それは高校2年の夏だった。
コウ君と出会った。
選択授業の化学の時間、隣の進学クラスから私のいる教室へやってくるガリ勉君たちの中に、彼がいた。
クラスが半分に別れて進学クラスと合同で受ける選択授業。
その時間になると、ひとつの教室をふたつのクラスで使うため、私たちは自分の席を離れて同じクラスのメンバーで固まる。それが化学の先生が課したルールだった。
コウ君は、いつもダルそうに私の席に座り、授業を聞いてるのか聞いてないのかわからない態度でいる。
机の上に広げたノートに、ずっと何かを書いている。
ある日、授業が終わって自分の席に戻った時、机の上にシャーペンの走り書きが残っていた。
—To live is To fight.That's problem.—
なんだこれ?生きる?戦う?問題?ナニソレ?
書いてある位置が教科書とノートの絶妙な隙間で、いつも目に入った。
消しゴムで消そうかと思ったけど、なんか気になったのでその横に「これって何の意味?」と走り書きした。
次の化学の時間、コウくんが私の走り書きを見つけて、何かを書き足した。
授業の後、机を見る。
「あーごめん、今書いてる小説の1フレーズ。」
そこから、私たちの机を挟んだメモ書きの応酬が始まった。
「えー、どんなの書いてんの?」
「剣士の成長物語書いてる」
「ファンタジー?」
「いや違うよ、俺剣道部だし」
「スポ根?」
「ちーがーう、歴史もの」
こんな他愛のない走り書きのコミュニケーションが、夏まで続いた。
夏休み前のある日、面白いお誘いが書かれてた。
「今度の土曜日、夜のお祭り、一緒に行かない?」
面白い奴だな。私がこのクラスの誰だか判っていってんのかな。
同じクラスのカヨコに相談したら、「マジ?剣道部のコウ君?まぁまぁじゃん、行けば?」とニヤニヤしている。
実は私、クラブ活動で知り合った他校の1つ上の先輩からも誘われてる。
モテ期か?ついに来たか?
頭の中で計算が巡る。6時から8時まで、コウ君。8時から10時の門限まで、先輩というのはどうだろう?
そんなにうまくいくものだろうか。
ところが、うまくいってしまった。
机の中に返事の手紙を忍ばせ、机の中の手紙を読んで、と走り書きした。
彼は授業中に露骨に驚いて、私たちを笑わせた。
そうして、その日の夕方、初めてふたりで会った。
部活終わりの、夕暮れの校舎の隅。
汗で髪の毛までびっしょりの道着姿の彼は思ったより眩しかった。
そうして、彼の初デートをゲットした。二股だけど。
当日、私はひまわりがプリントされたワンピースで出掛けた。
駅で待ち合わせた彼は、紺のTシャツにジーパン。ちょっとダサい。
照れくさそうに耳を真っ赤にしてた。
「なんて呼んだらいい?」
「んー、薫でいいよ」
「わかった。じゃ俺もコウって呼んで」
私は、この後の予定を「8時が門限」と嘘をついた。
彼は残念そうだったけど、男らしく振る舞ってた。
最後までガチガチに緊張してたけどね。
コウ君とのお付き合いは、勝手に「お友達」にしておいた。
電話や学校の中でも親しく話すけどあくまで「友達」と線を引いた。
私は、先輩の方を選んだからだ。
それでも、9月の彼の誕生日には、プレゼントをあげた。
雑貨屋で見つけた、彼にそっくりなソンブレロを被った少年の貯金箱。
大した金額のものじゃないのに、すごく喜んでた。
初めて女の子から誕生日プレゼントを貰ったらしい。
少し胸が痛んだ。
【薫(シロ):16歳、秋】
高2、秋の文化祭。
クラスでも目立たない私だけど、同じクラスのコウ君が少し気になっていた。
ガリ勉クラス、と他のクラスから揶揄われるうちのクラス。
男子はたった10人。しかも絵にかいたようなコミュ症のガリ勉君ばかり。
その中でも、コウ君はいつも仲のいいテニス部のヨシフミ君とつるんで楽しそうにしてる。
この2人だけは、ガリ勉男子の中でも別格だった。
ただ、成績は残りの20人の女子の方が圧倒的に上なので、教室の中では男子は芋か南瓜くらいにしか思わない女子が圧倒的に多かった。
まあ、女子は女子で、私含め可愛い子なんてひとりもいないんだけど。
私は、色白でコケシみたいな顔なので、名前の薫よりも、シロとかシロタって呼ばれてた。
犬か?私は?と思ったが、コウ君だけは、文化祭の日から「シロちゃん」と呼んでくれるようになった。
これには、ちょっとした理由がある。
私たちのクラスの文化祭の出し物は、教室で作った迷路だった。
私の友達、美和子がヨシフミ君と仲良くなりたいからと、私を巻き込んで文化祭当日に2人を誘った。
教室に作った迷路の中には、スタッフとして待機する隠し部屋が何か所かあった。
その時の待機スタッフが、ヨシフミ君とコウ君だった。
案の定、美和子がヨシフミ君を誘って、別の隠し部屋に二人で消えていった。
取り残されたコウ君と私は、狭い隠し部屋の中で話す機会を得た。
9月とはいえ、締め切った教室の中、段ボールで作られた迷路の中は相当な暑さだった。
ふたりで、「暑いね」ばっかり言い合ってたけど、話してみると、コウ君は剣道部で筋肉バリバリなのに意外と作家志望で和風剣劇モノが大好きだったりで、好きな小説の話で盛り上がった。
その時、当時私が読んでいたファンタジー小説の中に出てくる小さなふわふわのドラゴン「シロちゃん」の話をしたら、「じゃ、あだ名のシロタよりか、シロちゃんて呼ぶわ。またその小説の話きかせて」と言ってくれた。
その時から、なんとなく気にしてた。
たぶん、私の方が先に彼を好きになってた。
だって、あの時、コウ君は隣のクラスの子と付き合っているって噂があったから。
【薫:16歳、クリスマス】
クリスマスは、先輩の家で過ごす約束をしてた。
親には、カヨコの家でクリスマス会をやると嘘をついた。
当然のように、夕方からずっと彼の家にいた。
私にとっても、はじめての夜だった。
日をまたいで、門限破りでこっそりと家に帰ったら、母さんに見つかった。
叱られついでに渡されたのは、可愛らしいクリスマスの装飾の入ったギフトボックス。
夜、コウ君が自転車に乗ってうちまで届けに来てくれたそうだ。
部屋に戻って、箱を開けた。
可愛いテディベアと、オルゴールが入っていた。
ビートルズの「All my loving」
また少し、胸が痛んだ。
【薫(シロ):16歳、バレンタイン】
美和子とふたりで、初めてチョコを手作りした。
といっても、溶かして型に固めて、粉砂糖をふりかけただけのもの。
美和子とセットで、ヨシフミ君とコウ君が2人でいるときに渡した。
美和子は多少ドキドキしながらヨシフミ君に渡していたが、私はいつものように、ぬぼーっとぶっきらぼうに、コウ君に手渡した。
彼は普通に、クラスメイトとして喜んで受け取ってくれた。
「シロちゃん、さすがに毒は入れてないよね?」と笑っていたので、高校に入ってからずっと伸ばしているポニーテールで彼の頬を叩いた。さぞ痛かったことだろう。
けど、バレンタイン2日後の私の誕生日に、彼が小説の新刊をプレゼントしてくれた。
私が愛読していたファンタジー小説の続編だった。
すごく嬉しかった。
【薫:17歳、バレンタイン】
学校帰りに、彼の家にチョコを持って行った。
いつものように勝手にあがりこみ、彼の部屋のドアを開けた。
そしたら、知らないコと二人でいた。
ベッドの中で。
【薫(シロ):17歳、ホワイトデー】
コウ君からのバレンタインのお返しは無かった。
となりのクラスのコと本格的に付き合いだしたという噂が流れた。
学校帰り、ふたりが一緒に帰っているところを見かけた。
【薫:17歳、ホワイトデー】
コウ君とした。
彼は初めてだった。私も初めてだと嘘をついた。
あの日の後、暫く学校を休んでたら、コウ君が見舞いに来てくれた。
なきじゃくる私をずっと慰めてくれた。
あっという間に仲が深まった。
やけになってたのかもしんない。
コウ君の優しさが痛かった。
【薫(シロ):17歳、夏】
どういう訳か、中学の時の同級生のタカシ君が、私の彼氏になった。
突然告白されて、気が付いたら付き合うことになっていた。
でもどうしてもコウ君と比べてしまう自分がいる。
コウ君はあのコの彼氏なのにね。
【薫:17歳、夏】
コウ君とふたり、生徒指導室に呼び出された。
理由は簡単だった。
コウ君の成績が大幅に下がっていること、このままでは志望校も危ういこと。
コウ君が引退を前に退部届を出したこと。などなどなど。
校内ですっかり噂になっている、ふたりの交際を自重しなさい、ということだった。
だから、私から一方的に別れを告げた。
他に好きな人が出来た、と。
今までいろんな嘘をついてきたことも。
彼はすっかり沈み込んでしまったらしい。
【薫(シロ):18歳、卒業式】
コウ君が志望校を受験せず、近くの大学に推薦で受かったという話をきいた。
偶然だが私も地元の医療系短大に進むことにしていた。
卒業式の後、なんだか元気のないコウ君を自転車置場まで追いかけた。
「ねぇ、電話番号、教えて」
「え?なんで?」
「私、地元に残るし、コウ君も近くの大学でしょ?」
「ああ、いいよ。いつでも電話して」
コウ君と住所と電話番号を交換した。
まだ携帯もメールも無い時代だったからね。
好きでした、と言えなかった。
タカシ君とは、進学で離ればなれになるから、自然消滅するだろう。
そういう打算もあった。
【薫:20歳、成人式】
成人式の会場で、ひさしぶりに高校時代のクラスメイトに再会できた。
その中に、コウ君の姿もあった。
でも、目も合わせてくれなかった。
【薫(シロ):20歳、成人式】
コウ君から、成人式のあとで同窓会やるけど来る?って電話があった。
予定があったので断った。
彼は残念そうだった。
後で美和子から聞いた話では、居酒屋で相当飲んで吐いたらしい。
彼に、成人式でどうしようもないアイツと一緒にいるところを見られたからかな。
なんとなくだけど、時折電話をくれるコウ君が私に好意を寄せてくれているのが判る。
ごめんね。私ちょっと汚れちゃったかも。
【薫:25歳、友人の結婚式】
高校時代のクラスメイトの結婚式に参列したら、新郎側の友人の中にコウ君がいた。
ひさしぶり、って挨拶したら、ひさしぶりだね、って笑ってくれた。
時間って、大事だね。
彼はいま、大学を卒業してコンピュータのベンチャー企業に勤めてるそうだ。
私は・・・適当な短大を出て、保育士をしている。
ストレスで太り始めて、彼の前に立つのが恥ずかしかった。
【薫(シロ):26歳、夏、帰省】
私は看護師になり、実家を離れて離れた土地で就職した。
コウ君とは、年に数度、手紙のやり取りをしている。
実家に帰ることを知らせたら、海に行かないかと誘われた。
なんだコイツ、私のカラダが見たいのか?と思った。
自慢じゃないが、高校時代から隠れ巨乳だぞ。
冗談まじりに言ったら、笑いながら絶対に行こうと念を押された。
初めてふたりで、夏の海にドライブした。
最初から下に水着を着て行ったら、運転しながらずっと私の胸元をチラチラ見ていた。
夕暮れまで海岸ではしゃいだ帰り道、コウ君が真面目な声で「俺のことどう思ってる?」って聞いてきた。
心臓がドキドキする。でも、なんだかもう、コウ君を恋愛対象には見れなくなっていた。
彼は私には眩しすぎた。
「どう転んでも友達」そう言ってしまった。
彼は露骨に沈んでた。
その翌年の私の誕生日、バラが100本届いた。
嬉しかったけど、つらかった。
私にだって、好きな人くらいいるんだよ?
コウ君にプレゼントの御礼を兼ねて、写真を撮って送った。
誰が撮ったかなんて、気にしないんだろうな。
【薫(シロ):27歳、結婚式前日】
就職先として引っ越した土地で、今の夫に出会った。
結婚することを、コウ君に葉書で知らせた。
前撮りで撮った、夫と二人の写真。
どう思うだろう?と思ったら、彼から電話が掛かって来た。
泣きながら「おめでとう。幸せになれよ」って言うから、アンタ私の父親か?って毒づいたら泣きながら笑ってた。
コウ君、嫌いじゃないよ?
好きだけど、私は一歩引いたところであなたと繋がっていたい。
【薫(シロ):30歳、出産後】
コウ君がいる故郷で、博覧会が催されると知らせがあった。
コウ君もスタッフとして入り浸っているそうなので、2歳になる子供と旦那を引っ張って地元に帰省した。
旦那は嫌がっていたが、私の話に度々出てくるコウ君に会えることに緊張していた。
博覧会の会場で、コウ君と再会した。
旦那とコウ君がぎこちなく挨拶するのが面白かった。
「私が愛する人と、好きな人」
こんな事言ったら二人とも怒るだろうな。
試しに、コウ君に私の子供を抱かせてみたり、私と子供、コウ君の3人で手を繋いで歩いてみたりした。
複雑な顔で子供の手を握るコウくん。
後ろからついてくる呆れた顔の旦那。
たぶんすごく嫉妬するだろうな。
この後暫く、コウ君と連絡が途絶えた。
【薫:31歳、冬】
私は知り合った男性と1年前に結婚した。
結婚生活は地獄だった。
義母の介護を私に押し付け、自分は夜の街を遊び歩く。
なんとなく女の影も見える。
仕事を辞めて、介護に専念した。
この頃からストレスで精神を病み、ホルモンバランスも崩れた。
私は高校時代と見る影もなく、醜くなった。
旦那は、私にまったく触れようとしなくなった。
風の噂で、コウ君が婚約したことを聞いた。
羨ましいと思ってしまった自分が嫌になった。
【薫(シロ):32歳、梅雨】
コウ君から立派な結婚報告の葉書が届いた。
お相手は公務員の2歳年下の女性とのこと。
精悍になったコウ君の隣の奥様をまじまじと眺める。
なんだ、私よりブサイクじゃないか。胸も私の勝ちだ。
意外と堅実なところにいくな、と思っていたら、その3か月後、コウ君から相談に乗ってほしい、というメールが届いた。
その内容は、思いのほか重かった。
結婚前から奥さんが浮気していたそうだ。
彼の心がズタズタになっていくのが、繰り返されるメールのやりとりから伝わる。
相談には乗れるけど、そんな過酷な話、私には経験がなかった。
遠い故郷の地で思い悩む彼を思うと、心が痛んだ。
【薫:44歳、冬】
私はずっと、暗い生活の中にいる。
義母が亡くなり、旦那は殆ど帰ってこなくなった。
狭いアパートに独りきり、寂しさを紛らわすために小さなチワワを飼い始めた。
子供も作れずじまいで、気が付いたら14年もこのままでいる。
ふと、コウ君のことを思い出した。
薦められて入ったSNSで、彼の名前を見つけた。
連絡を取ったら、会ってくれた。
すっかり貫禄のついたおじさんになっていたが、昔の面影は残っていた。
彼からまずは実家に戻ったら?と諭された。
彼も破綻した結婚生活で何年も心を痛めて、結局別れて実家に一度戻ったそうだ。
彼の優しさは27年も経った今も変わらなかった。
家に帰りたくないと泣いた。
ひと晩、そばに居てくれた。
すっかり変わってしまった私を抱いてくれた。
十数年ぶりかの快楽に、私は溺れてしまった。
【薫(シロ):45歳、春】
私は夫との間に沢山の子宝に恵まれた。
10年くらい前から、コウ君との連絡は止まったまま。
今何しているんだろう?
SNSで検索したら、元気そうな彼がいた。
投稿された写真には、宴席で若いおっぱいの大きい娘に寄り添われて、まんざらでもないように照れた顔を浮かべている。
すっかりおじさんになってやがる。
風の噂であの時の結婚が揉めにもめて、何年も調停を繰り返して離婚したらしい。
大変だったねぇ、でも元気そうで良かったよ。
私も、あの頃の私たちくらいの子供がいるんだよ。
【薫:45歳、春】
気が付いたら、私はすっかりコウ君に依存していた。
前夫との離婚もなんとか出来た。
実家に戻って、なんとかパートで食いつないでいる。
ある日、彼から別れを切り出された。
突然のことで意味がわからなかった。
電話も、メールも、SNSも、その日以降ブロックされた。
後で判ったことだが、彼は重い心臓の病気に罹っていた。
【薫、薫(シロ):47歳、秋、葬儀場にて】
ふたりの女性が、交互に焼香台の前に進んだ。
彼らしい、質素な装飾。そして祭壇。
遺影には、すっかり円くなった、彼の笑顔がそこにあった。
言葉にはしないが、二人とも、同じ言葉を胸に抱いている。
「ありがとう、大好きでした」
焼香を終え、立ち去ろうとしたときに、不意に猫の鳴き声がした。
お棺のそばで、キャリーケースに入った一匹の猫が、ずっと彼に寄り添うように丸くなっている。
猫の首輪に、「KAORU」と書かれたタグが揺れていた。
(おしまい)
後書き
僕の人生を彩ってくれた、ふたりの女性に謝意を込めて。
ありがとう。二人とも大好きです。
(須田唯屋)
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