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第1部3章『罪無き者の贖罪』ペレジス-虚栄の惑星 / 第38話
>>Towa
子供達に道を教えてもらい、なんとか表通りに戻ってくることが出来た。危うく見知らぬ星でスラムの住人になってしまうところだった。でも、この街の表通りより、裏通りの方が私には住みやすそうな気もした。まぁ、食べるものがあれば……だけど。
辺りを見回すと夕暮れが近づいていて、少しずつ日が陰り始めていた。思った以上に歩き回っていたようで、少し疲れも感じるし、「ご休憩」が必要だね。
ウォルターさんとは連絡を取れてないけど、アイリスと合流するために一度宿に戻ろう。そう思いながらメインストリートを歩いていると、ふと目に入ったのは小さな雑貨屋。どうやらC3を使った日用品を扱っている店のようだった。
ショーウィンドウ越しに見える照明器具や冷蔵庫の中にC3の存在を感じて懐かしさがこみ上げてきた。この手の日用品は故郷の資材部にもあった。こういう実用的な佇まいはオシャレリーダーのアイリスには似合わないけど……私好みではある。つい心引かれて、気づけば店内へと足を踏み入れていた。
店内にはC3を使った生活道具が所狭しと並んでいる。照明器具は優しく光を放ち、蒼のC3による冷却効果を使った冷蔵庫は開くとひんやりとした空気が流れ出した。キッチン周りの調理器具にも小さなC3が埋め込まれ、効率よく熱を伝える工夫がされている。人々の暮らしを支えるために、C3がこんなにもあちこちで息づいているのを改めて目の当たりにすると少し嬉しくなる。
……私は、C3の産出と流通に携わるギルドの一員で、シンガーという仕事に就いていることをそれなりに誇りに思っていた。ずっとギルドに関わることで人々の生活が豊かになると信じていた。でも……今日この街で見た現実が、その誇りに少し影を落とした気がする。
そんなことを考えながら品物を眺めていると、視界の端に通りを歩く小柄な少女の姿が映り込んだ。黒っぽい地味な外套を纏い、フードを目深に被って顔を隠すように歩く人影。最初は性別も分からなかったけど、フードの隙間からこぼれた鈍い色の金髪が私にその姿を「少女」であると認識させていた。
彼女はうつむき加減で肩をすぼめ、細く華奢な体をできるだけ縮こめるようにして周囲に溶け込もうとしているかのようだった。
通り過ぎる後ろ姿を目で追っていると、片足を軽く引きずるような歩き方をしているのが気になった。怪我をしているのかと思ったけど、むしろ痛みがあるというよりも無意識にその足をかばっているというか、足が思い通りに動いていないというか、そんな風な歩き方に見えた。
その癖のある歩き方は今負傷しているというよりは、古傷によって身についた習慣的なものに見える。日常の一部になったような、その微妙な足の運びに彼女の過去がわずかに滲み出ている気がした。
「あの子……シノノメ家の娘よね?まだ若く見えるけど、実際は私らとそんなに年が変わらないとかって話じゃない」
私と同じように外を歩く彼女の姿に気付いた店主のおばさんが、隣で買い物をしていた常連らしきおじさんに小声で話しかけていた。
「ああ、なんか不気味だよなあ。何十年も前から、全然歳を取ってないって噂だろ?ギルド伯様のところで働かされてるって聞くが、いったい何なんだろうなぁ」
同意するかの様なおじさんの返答に、店主はさらに声をひそめて続ける。今の話からすると、彼女がカフェで耳にした、前支部長の娘ってこと?なら、シノノメって言うのは、前の支部長の名前なのかな?
「見るたびにぞっとするよ。あまり関わり合いになりたくないね」
「ギルド伯様に見張られて働かされてるんだろ?見張りついでに慰みものにされてるって話も聞くが……まぁ罪人だしな。ともあれ、ギルドがしっかり管理してくれてるなら少しは安心できるってもんだが」
「そういや、見張られてるのに、なんでふらふら街中を出歩いてるんだろうねぇ?」
「聞いた話しだと、母親を探してるらしいぜ?でも、シノノメの奥方っていえばもうずいぶん前に……」
「ああプランタジネット家のマリエルさんだろ?綺麗な人だったけど、もう30年以上前だよね、亡くなったの」
「死んだ母親を探してるとか、余計に気味悪いわなぁ」
「そうだねぇ……。そういや、あの娘はなんて名前だっけ?」
「確かアリサとか言ったと思うぜ。そうだ、アリサ・シノノメ……」
見知らぬ少女に対する暴言に苛立たしい気持ちを感じていた私だけど、その名前を耳にした瞬間、無意識に店を飛び出していた。
彼女が、子供達の言っていた優しいお姉さん……アリサだ!そう確信した私は、すでに店の前を通り過ぎていたアリサの姿を探す。
……いたっ!
アリサは、少し離れたところで男達に囲まれていた。男達はチンピラというには小綺麗で、よく見ると腕には揃いの腕章を付けている。自警団か何かかな? それなら、一体何の理由で彼女を取り囲んでるんだろう?
事態が把握できず、私が足を止めて逡巡していると、彼らの罵声が耳に飛び込んできた。
「だから言ってるだろ、お前みたいなバケモノが街をうろつくんじゃねぇ!」
「表通りを歩かれると、住民が迷惑するんだよ、分かってんのか?」
「何か言えよ、この忌み子がっ!」
そのあまりの悪意と侮蔑に背筋が凍るような不快感がこみ上げてくる。私には向けられていない言葉なのに、胸の奥が焼けつくように痛む。周囲の人々も一瞥するだけで、誰一人アリサを助けようとしない。それどころか、関わりたくないとばかりに目を逸らし、足早に通り過ぎていく。
おそらく、この光景はこの街の人達にとって日常的なものなんだろう。アリサはただ、うつむいて彼らの罵声を黙って受け入れているようだった。まるでそれが当然の報いだとでも思っているかのように。
「何をしてる!」
我慢できなかった。たとえ彼女にどんな噂があるにせよ、こんな仕打ちを見過ごすことなんてできない。過去に何かがあったとしても、今の彼女はただ……街を歩いているだけ。それなのに、どうしてここまで貶められる必要があるんだ!
私のあげた声に、男たちは不機嫌そうにこちらを振り返りると嘲るように鼻で笑った。
「なんだ? こいつ。ガキがしゃしゃり出てきやがって」
「この腕章が見えねぇのか?俺たちはクリスタンティアの自警団だぞ?」
やはり自警団か。街の治安を守るための人間がか弱い女の子にに向かってこんなことをしているなんて!チンピラならまだ判る。それを、自警団を名乗る連中が……胸の中に怒りがふつふつと沸き上がってくる。
「自警団が、何故こんなことを!」
「はぁ? 知らねぇのかよ。このバケモノは表通りに出てきちゃいけないんだよ」
「ギルドのお達しだ。さっさと引っ込んでろ、ガキ!」
ギルドのお達し、か。奴らがギルドの名を勝手に使っているのか、ギルドに馬鹿がいるのかはわからない。だけどこいつらがギルドの名を口にするなら、好都合だ。私がすることは一つだ。
私は胸元からギルド章を掴み出し、男たちに向かって突きつける。
「私はギルドのシンガー。アリサ・シノノメを侮辱する行為は、ギルドへの侮辱。私が許さない!」
今感じている憤りを欠片しか伝えられない、ままならない私の言葉と、突きつけられた黒水晶に男たちの顔が一瞬青ざめ、互いに目を見合わせた。
「おい、あれ……」
「黒水晶持ちだと?」
「なんでそんな大物がここにいるんだよ……」
ギルドの名を出すだけあってギルド章が持つ重みは理解してるようだ。その動揺を見逃さず、私はさらに畳みかける。
「アリサは私の同行者。私は彼女とギルドの調査を行ってる。この通りを歩くことに問題があるなら、理由を説明してみせろ」
「そ、そりゃ……その……」
「お前たちはギルドの名を出した。それは本当に、ギルドの正式な意思か?ギルドのシンガーに、正当性を証明できるか?」
男たちは明らかに困惑し、しどろもどろになって黙り込んでしまった。当たり前だ。ギルドの正式な命令で、こんな低俗な嫌がらせを行うことなんてあるはずがない。いや、あっていいはずがない。
そもそもギルドは高い自己完結性を持つ組織だから、外部の自警団ごときに何かを頼むことなどあるはずがないんだから。ギルドが街を巡回する必要があると判断するなら、安部の人間がそれを行っているはずだから。
アリサの方に視線をやると、野暮ったい眼鏡越しに彼女が青い瞳を大きく見開いているのがわかった。恐怖?驚き?いや……何か、少し違う感情を抱いているような気がする。だが確かめるのは後でいい。
「アリサ、行こう」
「……は……い」
唖然とする自警団をその場に残し、私はアリサの手を引いて歩き出した。街中でギルド章を出したのはあまり褒められた事ではないのはわかってる。だけど、この場にいたのが私ではなくアイリスだったとしても、きっと姉もこうしたと思うから。だから私は、首からギルド章を堂々と下げ、アリサを連れてその場を去った。
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