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第1部2章『駱駝に捧げる女神のアリア』キャメル067-初冒の星船 / 第25話
>>Towa
光速を超えるという私の野望は達成できなかった。C3が3倍頑張れば速度も3倍になって、30日掛かる距離を10日で行ける……と思ったんだけど、世の中はそう甘くはなかったらしい。残念だ。
それでもこの船が再調律したC3を喜んでくれているのは伝わってくるから、満足のいく仕事が出来たと言えるかな。船が調子を取り戻してから2日経つけど、今のところ特に問題も出ていないようだし、この件については一件落着だ。
……そう思っていた時期が私にもありました。
「それでシンガー殿、今回の事に関する謝礼なんだが」
真顔の船長さんにそう切り出された。船長さんが私のことをちっこい嬢ちゃん、ではなくシンガー殿、と呼ぶときはとても真面目な、本気の話。茶化したらいけないというのはこれまでの経験で判っている。
「……アイリス?」
「トワもギルド憲章は知ってるよね?ギルドメンバーは無償奉仕を行ってはいけない、必ず報酬は受け取るべしって」
アイリスの言葉に私は小さく頷いた。そう、これはギルドの掟であるギルド憲章に書かれているものだ。シンガーが無償で働いたなんて話が広まれば、他のシンガーやギルド全体が無償奉仕を強要されかねない。だからどんな場合でも働きに見合った報酬を必ず受け取らなければならない。それは「報酬を貰う権利」じゃなくて「報酬を貰う義務」なんだって。
私もこれまでもC3の調律で報酬を受け取ってきたし、そういうものだと理解はしている。だけど今回のことは……ちょっと違うんだよね、私としては。
確かに命がかかった仕事ではあったけど、それは私自身、そして何よりアイリスのための行動だった。だから船長さんたちから報酬をもらうのは、なんだか気が引けるんだよ。しかもこの案件、規則通りに計算したらきっととんでもない額になるんじゃないかな?
私よりもこう言うことに詳しいアイリスに、ギルドの規定に従って算出してもらったところ、高難易度に分類される航宙船用のAクラスC3の調律、しかも突発の緊急対応で、危険な宇宙空間での作業……っていう条件になるらしい。この条件で算出された正規の報酬がどれほど莫大な金額になるか、怖くて計算できない。少なく見積もってもこの船自体の価格に匹敵するぐらいの額にはなるんじゃないかな。
ため息が出そうになりながら、私は隣にいるアイリスに助けを求めるように視線を送った。アイリスは、少し考えた後に、いつものようににこっり笑って言った。
「報酬は必ずお金で受け取る決まりじゃないよ。だからね、報酬に見合う価値のある他の物でもいいんじゃないかな?」
「さすがアイリス。好き」
「ありがとう、でも今は告白タイムじゃないからね?」
「アイリスにふられた」
そのやり取りに船長は一瞬目を瞬かせたが、すぐに真剣な顔に戻った。
「……それで、報酬はいかほどに」
「うん、船長。頂く報酬は決めた」
「お、おう。俺たちの全財産をかき集めても足りなけりゃ、会社からも可能な限り引っ張るつもりだ!」
船長の気迫に、微笑みがこぼれそうになる。
「トワ、真顔だからちょっと船長さんビビってるよ?」
「私はいつもこういう顔」
「知ってるけどね。でもトワ、面白がってるでしょ」
自分では判らないけど、たぶんアイリスには私の瞳が金色に見えているんだろう。
「船長秘蔵の品を要求する」
「秘蔵……?なんのことだ?」
「船長が秘蔵しているグラットが今回の報酬」
グラット。宇宙食の中でも美味と評判の高級品であるそれを、船長が特別な日のためにこっそりと自分用にストックしている。副長さんからその事を聞いていたから、いつかおねだりしてみようと思っていたんだ。
「なっ……そんなものでいいのか?」
「この数光年で唯一のグラット。私の憧れであるグラット。これ以上の報酬は考えられない」
「あはははっ、トワ、最っ高!うん、管理官としてその提案を承認するよ!」
もちろん、私だって分かっている。高級品とはいえ所詮は民間人に手の届く一食分の食事だ。報酬額としては到底足りないことは誰の目にも明らかだ。
でも、船長たちに負担をかけるわけにはいかない。それに、これなら希少性が高いからギルドに対しても『特別な価値』があると言い張ることもできる。そしてグラットは、私がどうしても食べてみたいものでもある。なら、これ以上の落としどころはないよね。
私の要求にアイリスも大爆笑している。彼女も船長さん達への負担は避けたいと思っていんだろうな。
「俺達としてはありがてぇ話だが……」
「船長さん、トワがそれでいいって言ってるんだから、それでいいんだよ」
「そう、か……判った。シンガー殿、管理官殿の厚意に感謝する」
船長さんだけでなく、話の行く末を黙って見守っていた副長さんやボースンさん、ジョウも揃って頭を下げてくれた。そんなに改まって礼をされると居心地悪いんだけどな……。
そして、その後の食事には待望のグラットが供された。1ヶ月ぶりのチューブ入りではない、普通の食事。ああ、歯ごたえのある食事がこんなに美味だったなんて。
結局船長さんもグラットは1食分しかストックしていなかったそうなので、その貴重な1食をアイリスと二人で味わった。そんな私達の様子を苦笑いしなが見ていた船長さんが声を掛けてきた。いまさらグラットを返せといっても返さないからね!?
「食事でそこまで喜んでもらえるなら、ストックを放出する価値はあったが……。しかし嬢ちゃんたち、色んな意味で規格外だな。俺たちもギルド関係の仕事を長くやってきたが、ここまでくるともう笑うしかねぇぞ」
「さすが船長、その通りです。まあ私のことはさておき、このトワは確かにとんでもない人材ですよ。ただし、宇宙食の味には常にケチをつけるわがまま人材ですけど」
「アイリス、宇宙食ネタはもう聞いた。繰り返しはお笑い芸人として失格。芸の道は厳しい」
「私はお笑い芸人じゃないから大丈夫だよ。芸の道はトワが一人で極めてね?」
「お姉ちゃんの裏切り者」
「だから、こういう時だけ姉呼びするのやめてってば……」
大宇宙を翔る駱駝に運ばれながら、和やかな時間が過ぎてゆく。目的地まではあと一月の旅路だ。
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