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第1部2章『駱駝に捧げる女神のアリア』キャメル067-初冒の星船 / 第17話
>>Towa
宇宙の旅が始まって、3日目。たった3日しか経っていないというのに、私は今、計り知れない困難の真っただ中にいた。まさか、これほどの試練が待ち受けているとは……正直、大宇宙の脅威を舐めていた。目の前の現実に打ちひしがれ、絶望のあまり頬を伝う涙を拭う気力すら湧いてこない。これはまさに、私の心と胸……というか胃のあたり……を襲う未曾有の悲劇だ。
「……泣くほどのこと?」
悲嘆に暮れる私の隣で、アイリスは平然としている。なんてことだろう!同じ状況にいながら、なぜ私の姉はこんなにも揺るがずにいられるのか。どうして、あの無情なる存在の恐怖に屈せず、こんなにも強く在り続けられるのか!
「いや、だから大げさでしょ?ご飯が美味しくないって言うだけで」
「へふぉ、ふぁひひふ」
「チューブ咥えたまましゃべるの、やめようね?というか、泣きながらも全部食べるのはある意味立派だと思うけど」
「本当ごめんなさい。今船に積んでる食料って、基本食ぐらいしかなくて……」
ジョウの言葉に絶望がさらに深まる。チューブに入ったペースト状の宇宙食は基本食と呼ばれていて、必要最低限の栄養素を一度に取れるという触れ込みのベストセラーらしい。
でもドロドロになった歯ごたえが皆無な、そして何よりも絶望的に美味しくないそれはベイシックなんていう気取った名前なんかでは呼ばれてなくて、口の悪い航宙船乗り達からはスラリーと呼ばれているらしい。乗船時に食器を使う機会がないという話だったのは、こいつのせいなんだ。
歯ごたえも無いし、味に深みも無い。おまけに、取ってつけたような甘みが口に残る。百歩譲ってチューブ状のペーストなのは我慢するとしても、味はなんとかならないんだろうか。いや、歯ごたえが無いのも当然許せないけど。これをあと2ヶ月、毎日3食食べるとすれば180食も食べ続けないといけない。そう思うと、再び頬を涙が伝う。
「帰りたい。帰らないといけない。まともなご飯を食べに」
「まだ旅に出て3日目だよね?」
「ちっこい嬢ちゃん、食道楽なんだな……。まぁそのうちに慣れてこれが旨く感じるようになるさ。そうすれば嬢ちゃん達も一人前の航宙船乗りって訳だ!」
「私、シンガーだから」
「私も航宙船乗りになるつもりは無いかな……」
私達は半舷休憩中のオットー船長とジョウに同席して食事……いや、これは食事とは呼ばない。養分補給だね。まぁともかくスラリーを体内に流し込んでいた。
代わり映えのしない星空は初日に飽きたし、アイリスが愛用しているフォトンタブも亜光速航行中にはギルドネットに繋がらない。となると毎回の食事を誰かしらと共にすることぐらいしか暇つぶしの方法がない。だから毎回何かのテーマについて話をしているけど、どうやら今回は食事そのものについての話になりそうだ。
「ところでオットー船長、宇宙食ってこのベイシック以外にはないの?」
「ああ、他にもあるぜ。この船にも積んである」
「それを所望する」
「でもな、もう一つのグリットはもっと不味いぞ?」
「アイリス、宇宙食が私を殺しに来る。助けて」
「ちゃんと食べてれば死なないよ?」
他の食料があると聞き、この旅路に一縷の光を見いだした私だったけど、その希望は一瞬のうちに打ち砕かれた。というか、どろどろより不味いかちこち…?何故そんなモノを作ったんだろう。いつか、宇宙食を製造しているメーカーに思い知らせてやる。食べ物の恨みは怖いんだ。
いや、むしろ私が美味しい宇宙食を開発すれば良いのかな?そうだ、それがいい。シンガーを辞めて宇宙食を開発する会社に……いや、そこまでの話じゃなかった。私がそんな暗い復讐の念と明るい未来への展望を妄想している間にもアイリスとオットー船長の話は続いていた。
「慣れれば問題無いとはいえスラリーだけじゃ士気も下がる。だから本当なら2日に1回はもっとマシなものを食うようにしてたんだよ、前はな」
「マシなもの?」
「ああ、暖めたり湯戻ししたりするタイプでグラットっていう名前のやつがある。地上の食事に近くて旨いんだが、いかんせん高くてな……」
「でも前はそのグラットも積んでたんだよね?」
「俺たちがキャメルトレーダーの雇われ船員なのは知ってるな?航行中の食事を仕入れるカネは会社の経費になってるんだが、最近拠点にしてるペレジスの物価が妙に高くなっててな……。これまで通りの経費じゃとてもじゃないがグラットなんて無理、ヘタすりゃスラリーを必要分だけ揃えるのがやっとになりかねぇ」
「うーん、私が知ってる限りではギルドネットにはそんな情報は届いてなかったよ?まあ、個別の惑星の経済動向なんて、よほどの事が無い限りギルドのレポートに載ることはないんだけど」
なんだか、世知辛い話になっていた。私たちの故郷は自給自足が基本で、経済変動による生活苦という概念自体とほとんど無縁だった。だから貿易や都市生活に依存する惑星ではこんな問題が生じることもあるのだろう、と漠然と思うぐらいだけど……まさかそれが私の前に立ち塞がる脅威の原因になっていたとは。
「ちょっと不思議なんですが、今回の帰港時に本社にも確認してみたんですが、近辺の惑星ではペレジスほどの物価高は見られないらしいんですよ。星ごとに事情は全然違うので、ペレジスだけが異常と言うわけでもないとは思いますが……」
通信士という仕事柄、ジョウは情報に耳ざといんだろう。ともあれ、近くの惑星での物価は安定しているのに、ペレジスだけがこんなに値上がりしているのは何故だろう。ペレジスはギルド支部があり、大きな都市もあって貿易も盛んな惑星だと聞くけど、逆にそれが理由で経済変動に敏感なのかな?
「まぁ、今のところ確かな情報は何もないし、俺達がこの話を聞いたのは2ヶ月前、出航する時点の話だ。今頃は物価も落ち着いて、次の航海にはたっぷりとグラットを積み込ることを期待するさ」
光速の99.9%に達する亜光速で航行するキャメル067と惑星上では流れる時間は大きく異なるらしい。船内の2ヶ月は惑星上での3年8ヶ月に相当するとアイリスが言ってたので、彼らが往復の航海を経てペレジスを再訪するまでに7年半近くの時間が経過している事になる。よほどのことが無い限り経済状況も落ち着いているそうだけと……。3年8ヶ月か……私がペレジスに着く頃には故郷のクラスメイト達も皆、結婚とかしてるのかな?卒業の時にケニーがエミリーを呼び出してなにかやってたけど、あれが告白とかいうやつなら、二人の子供とかがいたりさるんだろうか?正直想像も付かない。
まぁ、そんな事よりも私が思うのは、だ。次に乗る航宙船ではグラットを食べられるといいな……ということだった。
ちなみに、船長に頼んで試食させてもらったグリットの事は、思い出したくない。なんなんだろう、あれ。噛むことも出来ない堅い塊を水で溶かして飲み込むとか……石なの?砂なの?
いくら1000年単位で保存できるとはいえ、さすがにアレは人が食べるものじゃない。……でも、あの不味さは逆にちょっとクセになりそうかもしれない。いや、まさかそんなことはない……よね。
その後、睡眠スペースに戻り明日の起床時間についてアイリスと話していたとき、ふと私とアイリスの時計が違うことに気がついた。アイリスに理由を聞くと、航宙船での時間体系が私たちの故郷とは違うのだと教えてくれた。
私達の故郷では一日は25時間って言うのが常識だけど、航宙船では一日が24時間に設定されているらしい。どうりで一日が早く終わるわけだ。
「なんか損した気分」
「まぁ、その気分は判らなくはないけどね。でも、私達が生きてる時間そのものが長くなったり短くなったりする訳じゃないでしょ?」
どうして一日の長さが違うのかと尋ねると、アイリスがそもそも惑星ごとに「一日」の長さは違うと教えてくれた。一日が20時間の星もあれば、28時間の星もあるらしく、「一年」も星の公転周期次第でそれぞれ違っているらしい。よく考えればそうだ。星の自転や公転が一日や一年を決めているなんて基本的なことはスクールで習ったから私も知っている。でも、実際に違う時間で生活してみて初めてそのことを実感できた感じがする。これがリーザロッテ先生が言ってた実学っていうやつかな?
ともかく、これまではCM41F3Cの一日は25時間、一年は350日という環境で私達は生活してきた。それが私の「普通」だったけど、他の星の人にはそれが「普通」じゃないってことなんだね。
……あれ?でもそうなると、「年齢」ってどうなるんだろう?一日が短い星の人は私より早く歳を取るのかな?
「アイリス、年齢は?一年の短い星の人は早く歳取る?」
「んー、そうだね。その星ごとの数え方だと年齢は変わるかな。だから、公的な年齢は時元標準時を使うんだよ」
「時元標準……聞いたことある。なら、この船の時間がEST?」
「そういうこと」
「じゃあ私、ここだと15歳じゃない?」
故郷では先日15歳になって成人だと認めて貰えるようになった私だけど、ESTで計算すると実は未成年とかかもしれない。別にお酒を飲みたい訳ではないから困らないけど、アイリスが同伴していないと外も歩けないとかだとちょっと困る。そんな気持ちを込めてアイリスを見つめると、アイリスは笑って首を横に振った。
「ああ、それは心配いらないよ。うちの星の一年はEST換算の一年とほぼ同じだから、そんなに厳密に考えなくて大丈夫。今のトワは15歳で問題ないよ」
そっか……でも、ESTの一年って365日と聞いたけど、なんで365なんて中途半端な数字なんだろう?
「さぁ…私も起源までは知らないけど、もしかしたら人類発祥の星、オリジンスターがそうだったのかもしれないね」
発祥の星……そっか、人類も元はどこかの星で生まれたんだよね。と言うか、どこなんだろう。人類が最初に生まれた起源って。けど、アイリスに聞いても判らないという答えしか返ってこなかった。博識なアイリスが知らないなら、きっと誰も知らない事なんだろうね。
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