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第1話 / 全8話
《創世訓》 一章 零節
『光はまず天に生まれ、地に触れた時、夢の名を奪う。』
耳の奥がジンと痺れる音が、足元の石畳を震わせた。崩れた城壁の裂け目から覗く空は、硝煙で鉛色に沈み、風に流れる土埃だけが薄茶色の筋を引いていた。
鼻をつく火薬の匂いに、獣の血の生臭さが遠くから混じっている。風が吹くたび、それが薄くなったり濃くなったりする。誰かが怒鳴っている。砲声なのか、崩れた壁の音なのか、もう区別がつかない。
近くで金属が軋む音がした。誰かが盾を立て直している。揃わない足音がいくつも重なって、こちらへ近づいては、また離れていく。
瓦礫の隙間から、誰かの手だけが覗いていた。動いているのか、動いていないのかは、ここからでは分からない。
僕は肘を突いて、少しだけ体を起こした。手を伸ばせば、届くかもしれない距離だった。
次の瞬間、頭上で空気が裂けた。
少し先の瓦礫が跳ね、細かい破片が頬をかすめる。誰かの怒鳴り声が、その音の後を追いかけてきた。聞き覚えのない声だった。言葉の形までは拾えなかったのに、体はもう先に縮こまっていた。
僕はもう一度、石に背中を押しつけた。伸ばしかけた手を、ゆっくり引き戻す。瓦礫の手は、それきり動かなかった。
少し離れた場所で、新しい爆発音がした。今度は、さっきより近い。誰かが短く悲鳴を上げ、すぐに途切れた。
足元の石畳に、新しい亀裂が走った。ひび割れが靴の先まで伸びてくるのを見て、僕は体を少し横へずらした。
僕は石に背中を預けたまま、手の中の紙片を握り直した。端が湿って、指の形にふやけている。そこには、さっきまで意味を持っていた数字が並んでいる。
紙は薄い。なのに、今の僕にはやけに重かった。
今は、ただの染みみたいに見えた。ここに来てから、どれくらい経ったのだろう。数えようとして、途中でやめた。数えたところで、何かが戻るわけでもない。
どこか遠くで、また地面が一段大きく揺れた。
頭上の裂け目から、細かい砂が落ちてくる。目を閉じてやり過ごす。開けると、視界の端が少し白くかすんでいた。
利き手の甲に、乾いた血の筋が一本残っている。誰の血かは分からない。自分のものだと思うには、痛みが少なすぎた。
最初は、もっと違うものだと思っていた。剣と魔法と、少し都合のいい奇跡。けれど、銃口はいつもこちらを向くし、魔法は誰かを救う前に誰かを削る。紙片の数字は残っている。誰の声だったかは、もうそこに書かれていない。
誰かが遠くで、僕の名前らしきものを呼んだ気がした。返事をする力は、今は残っていなかった。立ち上がろうとして、右足に力が入らないことに気づく。
もう一度、同じ声が呼んだ。今度は少し近い。答える前に、地面がまた大きく揺れた。
足音が近づいて、止まった。誰かの影が、頭上の裂け目からの光を遮る。何か言われた気がしたが、言葉としては拾えなかった。次の瞬間には、その影ももう動いていた。
喉の奥もひび割れている。水はとっくに切れていた。渇きより先に、立ち上がる気力の方が切れかけていた。
轟音が一度、遠くへ退いた。束の間の静けさの中で、意識が横へ滑っていく。
それでも、始まりはもっと軽かった。何も知らなかった僕は、たぶん少し笑っていた。
英語の授業で、担当の声がやけに眠たかったこと。黒板の文字も、半分も頭に入っていなかったこと。帰り道、コンビニで何を買うか迷っていたことすら、もう遠い。あの頃の悩みは、こんなに軽かったのに。
教室の窓から見えた、なんてことのない曇り空。あれが、こんな場所につながっているとは思わなかった。
あれはそう、こんな日から始まったんだった。
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