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第3章 支援魔道士に花束を / 第48話
第二十層——大ボスフロアに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
ガーディアン・クレーンのいた第十層よりもずっと広い。
工場の生産フロアのような天井の高い巨大な空間が、薄暗い照明の下に広がっている。
壁にも天井にも、レールやパイプなど、足場になりそうなものが縦横無尽に張り巡らされている。
もちろん、人ではなくモンスターのための足場だろう。
事前の情報通り、反対側の階段からは四人のパーティが入ってきていた。
遠目から装備を見た限りでは——重戦士、斥候か軽戦士、そして魔道士が男女二人。
……よく身に覚えのある構成だ。
両方が攻撃型の可能性は低い。もしかすると、どちらか一人が支援型かもしれない。
思わず逢坂さんを見上げると、目が合った。
逢坂さんは小さく顎を引いた。気づいている。
全員がフロアに足を踏み入れた瞬間、両側の階段が閉鎖された。
撮影機材を携えた監督役の三人が、素早く後方へと移動する。
天井の奥で、何かが動いた。
逆さに張り付くようにして現れたのは、巨大な蜘蛛のような多脚式の——ううん、違う。
背中にいつぞやのヒューマノイドみたいな機体が生えている。
言うなれば、アラクネ型だ。
腹部にあたる部分は不自然に大きく膨らんでいて、何かを内包しているかのように脈動、いや明滅している。
あれが、マザー……
「来るぞ! 十九層組は雑魚処理!」
二十一層側にいる重戦士が叫ぶのと同時に、マザーの腹が割れるように開いた。
小型の多脚ユニットが、次々と射出される。
五体、十体——見る間に数を増やしながら、壁を伝い、床を走り、参加者めがけて殺到してきた。
続いて、飛行するドローン型や二足の歩兵型までもが追加される。
「アジリティ・ブースト!」
——支援スペル!
声の主はすぐにわかった。二十一層側から入ってきた魔道士のうち、男性の方だ。
近くに行けば、支援スペルを受ける番が回ってくるかもしれないけれど……そのパーティはマザー本体を追っていて、移動が激しい。
「柊、こっちだ」
支援魔道士に気を取られていたわたしの腕を、逢坂さんが引いて壁際に寄せる。
子機が壁面から降りてくるルートのすぐ下だ。
「まずは戦いに集中しろ。まともな支援型なら、パーティ外にスペルを使うときは声をかけるはずだ」
「……はいっ」
ぼーっとしているところを録られたら、クラスアップ審査に響くかもしれない。
両頬をぱちんと叩いて、壁に向けて杖を掲げた。
「トルネード!」
まずは壁に貼りついた子機を引きはがす。
空中のドローン型も含めて巻き上げられた子機たちが、竜巻が消えると共に落下する。
ドローン型は落下まではいかなくとも、ふらふらと高度を下げていた。
「いいぞ。そのくらいで行け」
逢坂さんが白いコートをはためかせて、センサー、関節、プロペラといった部分をピンポイントで破壊していく。
無力化さえしてしまえば、とどめはまとめてでもいいはずだ。
地の利に驕る子機たちを逢坂さんの手の届く場所へ叩き落し、積みあがってきたらまとめて片付ける。
そうした二人の連携が噛み合ってきたころ、天井に変化があった。
レールを掴みながら高速で移動していたマザーが、こちら側の壁面へ向かってくる。
頭上を通過していくその腹部から、至近距離で子機が射出された。
さっきまでとは密度が違う。
多脚型、ドローン型、歩兵型……それぞれ複数体が矢継ぎ早に降ってきた。
「————ッ」
逢坂さんが短剣を逆手に構えてわたしの前に出る。
多脚型の一体を蹴り飛ばし、歩兵型を踏み台にして、ドローン型に斬りかかった。
「ウォーターボール……ウォーターボール……ウィンドカッター!」
スペルの宣言と見せかけの待機時間がもどかしい。
水球で動きを鈍らせて、不可視の斬撃で叩き落す。
残りを一掃しなければと思って——一瞬、指先に雷が走りかけた。
「っだめ、」
慌てて不可視の斬撃に切り替えて、数体まとめて床に転がす。
逢坂さんはそれを見もせずに踏みつけて短剣を突き立てた。
……なんで見なくてもわかるんだろう。
子機の残骸が降ってくるのを避けながら、頭上を見上げる。
マザーは自分を追うパーティに対応して動き回りつつも、こちらに集中的に子機を送り込んでいる。
対して他のパーティの手は空いていそうで、ちょっと移動して巻き込んだ方が——
「ッぐ」
短い呻き声に振り返ると、逢坂さんの左腕に歩兵型の刃が食い込んで——は、いなかった。
障壁の魔法が刃を弾いている。
慌てて監督役の方に視線を走らせるも、ちょうど死角になっていたようだ。
というか、咄嗟に死角になるよう体勢を変えたせいで無理が出たらしい。そうなれば、痛みはなくとも息は詰まる。
「……逢坂さん?」
「…………」
小声で言うも、逢坂さんは何も返さず歩兵型を片付けていた。
……全くもう。
「向こう、人数が少ない! カバーに入って!」
大声が響く。例の支援魔道士の人の声だ。
それを聞いた十九層側のパーティの人たちが、こちらの状況に気づいて振り返る。
けれどそれよりも早く、支援魔道士の男性がこちらへと駆け寄ってきた。
速い。自分にアジリティ・ブーストをかけているのかも。
「支援いきますよ!」
「!」
来た。
わたしにインテリジェンス・ブーストなり何なりをかけてもらえば、そこから術式を読み取って——
「ストレングス・ブースト!」
——しかし、支援魔道士の男性が杖を向けたのは、わたしではなく……逢坂さんだった。
「……感謝する」
一瞬ものすごく微妙な顔をした逢坂さんは、すぐに切り替えて子機への対応に戻る。
短剣の一振りだけでとどめになってしまっている。明らかに膂力が上がっていた。
……まあ、そりゃね?
Dクラスの魔道士を守るCクラスの斥候。どちらを先に強化するかと言われたら、わたしも斥候の方を選ぶだろう。
残念だが当然である。
そうこうしているうちに、手の空いた三人パーティまでも援護に入ってきた。
わたしが支援スペルを受けることは、もうなさそうだ。
「おいおい、もう品切れらしいぜ!」
威勢のいい声を受けてマザーを見上げると、割れた腹からはもう何も出てきてはいなかった。
「こうなるとマザーは直接戦闘モードに入る。一気に叩こう」
支援魔道士の人の言葉通り、ガーディアン・マザーは床に降り立った。
大きい。かなりの迫力だ。
八本の脚が地面を蹴り、滑るように移動する。機動力は健在であるようだ。
上半身にある腕の先には、鋭い鉤爪が光っている。
薙ぎ払うように振るわれたそれを、重戦士の男性が弾き飛ばす。
「オラァ!!」
その重戦士——二十一層側からの参加者——は、盾役ながら盾を持っていない。攻防一体の、分厚い両手斧を振り回している。
盾持ちならば「シールドバッシュ」なんかのスキルで突進するところを、彼はその身ひとつでタックルしてマザーの体勢を崩した。
いくら肩周りに装甲があるとはいえ……とんでもない。
これもあの男性の支援スペルの力なのだろうか。
その隙に同じパーティの斥候らしき人と攻撃魔道士が左右から挟み込む。慣れた動きだ。
たぶん、何回かこのガーディアン・マザーを相手取っているのだろう。
そんなマザーは重戦士の斧をなんとか弾いて、こちら側へ旋回しようとしていた。
「柊。脚を止めろ」
「っはい!」
杖を構え、マザーの前脚が踏み出す瞬間を狙う。
「トルネード……!」
前脚二本に纏わりつくように竜巻を叩きつけると、マザーの巨体がわずかにつんのめった。
ほんの一瞬。それで十分だった。
逢坂さんが低い姿勢から駆け出す。蜘蛛の脚の間を潜り抜けて、短剣がヒューマノイド体の脇腹にあたる継ぎ目を抉った。
引き抜きざまに身を翻して離脱する。
「傷口を狙え!」
誰かが叫ぶ。五人パーティも追いつき、四方から攻撃が集中し始めた。
マザーが逃げ出そうとするのを、両手斧の重戦士が正面から押し留める。
斥候がもう一本、脚の関節を斬り飛ばした。マザーが大きく傾く。
攻撃魔道士たちが火と土のスペルを浴びせる。わたしも不可視の刃を逢坂さんが暴いた継ぎ目に向けて飛ばした。
外装が剥がれ、中から火花が散る。
戦士たちの攻撃によって、一本、また一本と脚が折れる。
マザーのヒューマノイド体が仰け反って、鉤爪が虚しく空を掻く。
そして——ガーディアン・マザーは、支えを失ったかのように崩れ落ちた。
鉤爪が力なく床に垂れる。脚の一本一本から光が消えていく。
腹部の明滅がひときわ強くなって——消えた。
「————やった!!」
「これで合格かな!?」
歓声が上がる。
わたしも混ざりたいところだけれど、今はそれよりも重要なことがあった。
「逢坂さん!」
今、逢坂さんにはストレングス・ブーストがかかっている。
効果が消える前に触れることができれば、術式を読み取れるかもしれない……!
逢坂さんとの間には距離があった。思いっきり駆け出して、ジャンプして飛び込む。
向こうもそれを察したように両腕を広げて————
「っ! ……?」
——何か一瞬掴みかけたと思った瞬間、それがすり抜けるようにして消えた。
逢坂さんの肩口の向こうで、マザーの巨体が塵となって消えていく。
……戦闘終了と共に、支援スペルの効果は終わった。
「…………」
「…………」
何の意味もなくただ抱き着いただけの人になったわたしを、逢坂さんはそっと地面に降ろした。
…………悲しい。
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