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第9話 / 全10話
# 魂の焔
## 闇の底
黒燐の砦は血と泥の戦場。
魔物の咆哮と剣の軋みが空気を裂き、ゼルガドンの黒い光が赤い霧を貫く。
俺、ロウエンは膝を地面に突き、血が鎧を染める。
目の前の黒い甲冑の戦士――カイル。
双頭の狼の刺繍が刻まれた剣が、俺の胸を抉る。
「カイル…生きてた…? なぜ…ゼルガドンの側に…」
カイルの剣が振り下ろされ、胸に新たな傷が刻まれる。
血が噴き、視界が揺れる。
俺は笑った。
いや、嗚咽だった。
「ハハハ…だめだこりゃ…」
十年前、黒棘の森で仲間を失い、カイルを救えなかった。
十年間、酒場で朽ち、英雄の魂を錆びつかせた。
そして今、カイルが敵として俺を叩き潰す。
双頭の狼の誓いは、ただの幻想だったのか。
体が崩れ、意識が闇に沈む。
痛みすら遠のき、俺は無に落ちる。
だが、その瞬間、低い声が響いた。
「時は来た。それだけだ」
カイルの声だ。
なぜ聞こえる? 俺は死にかけているはずだ。
なのに、なぜその言葉が胸を刺す? 戸惑いが心を覆う。
時? 何の時だ? 俺が死ぬ時か? お前が裏切った時か?
## 無意識の戸惑い
闇の中、俺は漂う。
体はなく、意識だけが浮遊する。
目の前に黒棘の森の炎、銀狼の牙の笑顔、酒場の昏い目――過去の断片がバラバラに襲いかかる。
「時は来た。それだけだ」
またカイルの声。
頭の中で反響し、俺を揺さぶる。
だが、俺は混乱する。
「何だよ、それ…? 時って何だ…?」
答えはない。
胸の奥で何か疼くが、それが何なのか分からない。
黒棘の森の悪夢が蘇る。
カイルが魔獣の群れに立ち向かい、俺に叫んだ。
「いいから行け! お前ならできる!」
俺はカイルを置いて要石へ走った。
そして、仲間を失った。
カイルの剣も、双頭の狼の刺繍も、見つからなかった。
あの日、俺は英雄じゃなかった。
ただの臆病者だ。
「時は来た? ふざけるな…」
時間は俺を裏切った。
十年間、酒に溺れ、仲間を忘れ、英雄を殺した。
カイルの声が再び響く。
「時は来た。それだけだ」
「うるせえ! それだけなんかじゃねえ!」
叫ぶが、声は闇に吸い込まれる。
カイルの言葉は意味不明だ。
なのに、なぜ心がざわつく? なぜ、こんなにも苛立つ? 俺は死にかけているはずなのに、なぜ胸が熱い?
## 魂の揺らぎ
闇の中で、過去の断片が俺を包む。
訓練場でのガルドリックの豪笑、セリナの毒舌、バルドの酒瓶、ミリアの優しい目、ゼクの無言の忠誠。
カイルと拳を合わせ、双頭の狼の刺繍を施した夜。
「どんな闇も、俺たちで切り開く」
誓いが胸を締め付ける。
だが、すぐに酒場の記憶が押し寄せる。
昏い目、錆びた剣、民の冷たい視線。
俺は英雄を捨て、ただの亡魂だった。
「カイル…お前は死んだんだろ…? なのに、なぜ…」
カイルの声が執拗に響く。
「時は来た。それだけだ」
「何だよ、それ! 何を言ってんだ、カイル!」
苛立ちが募る。
カイルは敵だ。
ゼルガドンの側近だ。
なのに、なぜその声は俺の知るカイルなんだ? なぜ、俺の魂を揺さぶる? 戸惑いが怒りに変わる。
胸の奥で、微かな熱が蠢く。
鉄華祭の記憶が蘇る。
カイルが敗北を認め、「俺たちが弱かった。それだけだ」と言った時、俺は怒った。
「それだけだ? それだけなんかじゃねえ! 俺たちの誇りは、仲間は、こんなとこで終わるもんじゃねえ!」
あの時、俺は立ち上がった。
銀狼の牙の魂を呼び覚まし、奇跡を掴んだ。
だが、今は違う。
一人だ。
カイルは敵だ。
仲間はいない。
「それでも…お前の声が…!」
闇の奥で光が揺れる。
カイルの笑顔。
「ロウエン、俺たちは不死身だな!」
「不死身? 嘘だ! 俺は死に損なっただけだ!」
怒りが爆発する。
十年間、俺は朽ち、魂を殺した。
なのに、なぜカイルの声が俺を離さない? なぜ、こんなにも心が燃える? 戸惑いが、怒りが、熱に変わる。
胸の奥の炎が、抑えきれなくなる。
## 焔の昂り
闇が揺れる。
カイルの声が、俺の魂を叩き割る。
「時は来た。それだけだ」
「うるせえ! 何だよ、時って! 俺に何を求めんだ、カイル!」
怒りが全身を駆け巡る。
黒棘の森の血、銀狼の牙の絆、酒場の絶望――すべてが俺だ。
失敗も、喪失も、裏切りも。
だが、俺はまだここにいる。
剣を握る手がある。
戦う心がある。
「カイル…お前が敵でも、味方でも、関係ねえ! 俺は…ロウエンだ!」
胸の炎が燃え上がる。
双頭の狼の誓いが魂を貫く。
過去の断片が一つになり、怒りが、悲しみが、希望が、爆発する。
まるで体が燃えているかのようだ。
心臓が脈打ち、血が沸騰する。
「どんな闇も、俺たちで切り開く!」
闇が裂け、光が溢れる。
俺の意識が戦場に戻る。
体は傷だらけ、剣は折れている。
だが、構わない。
魂が燃えている。
昏い目が炎に変わる。
俺は叫ぶ。
「それだけなんかじゃねえええ!!!」
まるで雷が落ちたかのように、全身から力が湧き上がる。
血と泥にまみれた体が、まるで新たな命を得たように動く。
魂の焔が、俺を英雄へと変える。
カイルの剣が敵だろうと、ゼルガドンの闇が迫ろうと、関係ない。
俺は銀狼の牙のロウエンだ!
(続く)
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