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第1話 / 全1話
夏になるといつも薫のことを思い出す。小学生からの付き合いで高校卒業を目前に自殺した親友。
そんな薫の仏壇に手を合わせるため俺は毎年お盆の季節になると帰りを待つ人もいないというのに帰省する。
今年もこの季節がやってきた。肌が痛むくらいの日差しにうんざりしながらも坂道を上る。数分かけて坂を上り終えると、やっと俺の実家が見えてきた。
玄関の鍵を開け家に上がる。空き家になっていた実家は、親戚の人が管理してくれているおかげかそこそこ綺麗で、一番奥の仏壇がある部屋だけは念入りに掃除されていた。
「ただいま」
誰もいない空間に俺の声だけが踵を返す。縁側の遣り戸を開けて息を吸うと、肺いっぱいにあの日々と同じ夏草と土の混じった匂いが詰め込まれた。
両親の仏壇の前に正座し線香をあげる。匂いが感じられなくなるまで手を合わせたら次に薫の仏壇の前に来た。
薫はお香をたくときの匂いが好きだった。毎日はできずとも線香をあげたときの匂いは薄らと、薫の面影を残していく。それはなんとも儚く、手で攫もうとすればすぐさま消えてしまいそうなほどのものだった。だが、その香りはいつだって俺を優しく包み込むようにして安心させてくれる。だから俺は帰省している間はなるべく仏壇のある部屋で過ごすようにしていた。そうしているうちに攫もうとする必要なんてないほどに、俺の頭の中は薫との思い出で満たされた。
今思えば薫は線香の匂いを特に好いていたような気がする。俺が祖母の仏壇に線香をあげた日は必ず傍にいて離れなかった。だが、俺も俺で薫の傍が心地よく感じていたため満更でもなかったのを覚えている。
少し佇んだ後、薫の仏壇の前に正座し線香をあげた。目を瞑り手を合わせればあの日々の記憶が蘇ってくる。
その日、俺と薫は近所の公園で開かれる夏祭りに行く約束をしていた。いつもは遅刻しない薫が珍しく息を切らしながら待ち合わせ場所に走ってくる。
「ごめん充! 寝坊した」
「かき氷お前の奢りでチャラな」
「ははっわかったよ」
薫は膝に手をつきながら苦笑いを浮かべていた。
「にしても珍しいな」
「最近よく眠れてなくってさ。今日も寝不足でゲームしてたら寝落ちしてた」
「それ、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。さ、行こう!」
下り坂を歩きながら他愛もない話をする。しばらくして公園に着くと蒸し暑さと人混みが俺らを迎えた。
「うげ、人多すぎ」
こめかみから輪郭をなぞるように汗が垂れ落ちる。
俺たちは最初こそテンションを上げて射的やらヨーヨー釣りなどをしていたが、そこまで広くない公園だったこともあり、すぐに遊びつくしてしまった。
とりあえず、薫に一番高いかき氷を奢ってもらい公園の隅にあるベンチに座る。黙々と食べ進めて数分、薫は俺よりも早く食べ終わると、おもむろに口を開き神妙な面持ちで話し始めた。
「そういえばさ、この前入院したんだ。二日間だけだけど」
スプーンを持つ手が止まる。薫が鬱病で色々事情があることを知っていたからさほど驚きはしなかったが、俺は話を聞こうと思い急いで残りのかき氷を喉に通した。
「……そっか。その二日間だけめちゃくちゃグロッキーだったとか?」
「いや、その、自殺未遂して入院した」
言いにくそうに発せられたそれらに俺は少し言葉を詰まらせたが、すぐに元の調子を取り戻した。
「頑張ったんだな」
そう言った瞬間、薫の視線が逸れる。俺もなんとなく今だけは薫の顔を見てはいけない気がして顔を背けた。
「自殺してるとき、充から連絡があってそれで死ぬのやめたんだ。だから、ありがとう」
酷く震えた声。俺は反射的に薫の名前を呼んだ。なんとなく引き留めておかなければ消えてしまいそうな感じがしたからだ。
「薫」
薫は少し驚いたような顔をこちらに向けると、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫だ」
今度は薫としっかり目を合わせてはっきりとした口調で言った。
その翌日のことだ。薫が自殺したと連絡が入ったのは。
目を開くと薫が不器用に笑っている写真が視界に入る。気付けば辺りはすでに暗くなっていた。仏壇の前から立ち上がり、汗ばんだ顔を袖で拭う。
薫と行った最期の夏祭り。俺はあれ以降夏祭りには行っていない。
ただ、覚えているのは薫と遊んだ日々と線香の香りだけ。
「薫」
俺は薫の短い人生を少しは充実させられただろうか。
あの日、何か別の言葉を紡いでいれば今も薫は俺の隣にいてくれていただろうか。
だが、もうできることは何もない。今や俺はもう社会人。物思いにふけっている暇もなく仕事に追われている。それでも、お盆のときだけは薫を思い出せた。線香をあげるたびまた薫が傍に来てくれているような気がするからだ。
遠くから聞こえるお囃子の音と賑やかな笑い声。
俺は二人分のオレンジジュースと線香花火を用意すると縁側にそっと置いた。
今年も夏がやってきた。薫に会えた。
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