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第1話 / 全1話
ここはとある葬儀場。
悲しい記憶。
辛い記憶。
人間の消化が難しい感情が、このこじんまりとした狭い空間に燻っていた。それを際立たせるのはポツンと置いてある棺桶。父親にあたる存在は不参加、母親はつまらなさそうにこの後の流れを葬儀会社の人と話している。
この葬儀の主役は、中々に綺麗な顔をした死体で、まるで眠っていると見間違うほどに安らかである。だが母親がそれを見る素振りを見せたことは……無い。
なにせ、亡くなった旨を伝える電話を受け取った際の一言は
「あっそ」
となんともあっさりとしたものだった。
故に、顔見る云々、別れを済ます云々、そんなものは1ミリだって期待していない。
この死体、すなわち、この俺「菅谷 薫」が期待してやまないのは……あぁ、ほら来た。
ドタドタと周りはばからぬ足音が、少し遠巻きに聞こえ段々と近づいてくる。
次にバンっと少々強めに扉が開いて、そこには息を切らし、大粒の汗をかいている学生服の青年が立っていた。
そう、俺が待っていたのは、先日俺を振った親友の、峰 「あら、遥くんじゃない」
………………母親が先に名前を言ってしまったけど、こいつの名前は「峰 遥」俺の……唯一。後にも先にも誰かを愛するという気持ちを抱くのは恐らく遥だけだろう。
遥は、俺が欲しくて欲しくてしょうがなかったものを与えてくれた。だから好きになってしまった、愛してしまった。そして耐えきれなくて告白してしまった。
まぁ、結果は明白で
「ごめん、薫のこと親友とでしか見たことなくて……その……」
と困らせてしまった。しかも
「俺女の子が好きだし……」
これがトドメだった。
少々華奢だがそこらの女達より余裕で高い上背、声も比べるもなく低い。所作なんていわずもがな。そんな俺が可愛らしい、綿菓子みたいにふわふわした可憐な女達と比べられたら、自信どころか一発で脈ナシとわかる。
俺はどう頑張ったって女の子らしくはなれない。お手上げだ。低い声はコンプレックスだったし、男共と比べたら俺は華奢な方ではあるけど、女と比べたら余裕で勝てるほどに肩幅がある。
そんな俺がかっこよくて、優しくて、儚げで、誰に対しても敬意を払う、そんな絵に描いたような王子様である、遥のお眼鏡にかなうわけがなかったのだ。ちょっと考えればわかる事だろうに……。
振られて数日、それでも諦められなくて、どうしたらいいのかと考えながら横断歩道を渡ってた時、周りを見ておらず、脇見運転をした車に轢かれて呆気なく、死んだ。
気づいたら、死体の傍でたっていて、すぐに「あぁ、俺死んだんだな」と分からせられた。
もうこれは助からないと、一目見たらわかる有様。顔以外はとてもじゃないが見れたものでは無かったからだ。
「それで?あなたは一体何が心残りで現世に留まっているのですか??」
自分以外の声が発せられた方、つまり後ろを向くと、そこには半透明の白ずくめの男性が立っていた。
白銀の髪、色白の肌、真っ白なスーツの様な服を着ており、手に持つバインダーに何かしらを書いているようだった。
カリカリとこの場に似つかわしくないボールペンの音が響く。
「私達魂の管理者は、死者の過去を聞いてあげるほど暇じゃないのですよ。速やかに成仏、つまり私について来て欲しいのですが……」
「……それは悪いな。けどまだ、お前について行く気になれなくて」
なんでだろうなぁと考える。
やっぱり悔しかったのかな。遥を一目見たら満足して成仏できると期待したんだけど、そんなことはなく。この白い男について行き成仏するには、他の原因を見つけなければならないようだ。
少し考えてみる。やはりあるとすれば、「女の子が好き」という言葉が。いや本当はもっと……。
「薫!!!!!」
自分の名前を呼ばれてハッとする。そう、今まさに自分の葬儀の真っ最中だったことを思い出す。
遥は小走りで閉じられた棺桶に近寄り、涙をこぼした。
「どうしてこんな……」
「遥くん。こんにちわぁ、来てくれたのね」
「薫のお母さん……この度は……」
「いいのよ、いいのよ、そんな畏まらなくて」
母は被りをふる。
「この子、よそ見をして跳ねられちゃったの。ドジよね、しかも即死。痛くなかっただろうって先生言ってたから、今ごろ未練なくあの世に行っているわよ」
肩をすくめる母に遥は目を見開いた後、俺が入った棺桶を見つめている。言いたいことはわかるよ遥。一般家庭に生まれたら今の発言は、子供を愛する母親の発言とは思えないよな。わかる。
うんうんと俺が頷いていると、葬儀会社の人が部屋の奥から母の元へと歩いてくる。気付いた母は、
「それじゃあ、私はまだお話があるから」
と母は葬儀会社の人と部屋の奥へと姿を消した。
俺は母がとんでもなく失礼してごめん、と手を合わせて謝る。まぁ見えも聞こえもしないんだが。
それと同時にやっぱり少しの落胆もある。
どうしたって俺は大事にはしてもらえないのだ。
♦︎
俺は母が大学で色に興味を持ち、肉体関係をもった人との間にできた子供。
もちろんそこに愛などなく、父とは結婚はせず養育費、つまり金だけを払いほぼ絶縁。
故に父親の顔は写真などでしかしらない。だから初めて会った時は驚いた。
それは小学6年頃だ。授業参観の折、父だと名乗るその男に言われた言葉は死ぬまで、いや、死んだ今も、忘れることが出来ない。
「顔はあの女に似てちっとも可愛いと思えない。実際会ったら情がわくかもしれないとも思ったけど、ないな」
と。そして、授業参観に来ていることから、自分と同学年、それも同じクラスに父親の娘がいることを知った。
父の娘は細くて柔らくて可愛い女の子で、学年一の人気者。俺なんかとは全く違う存在で、幼いながらにショックを受けた。半分は同じ血のはずなのにこうも違うのかと。
こんなこともあり、俺は次の日から学校へ行くのをやめた。
小さい頃から普通の家族に憧れて、お父さんが欲しかったが、そのお父さんにあたる人は、別の家庭のお父さんになっている。こんなに悲しいことはない。学校に行けば嫌でもそれが突きつけられる。だから行かない選択をした。
中学もその娘と同じ学校だったため、惨めな気持ちになりたくないという保身から、鉢合わせないように学校へ登校せず、どうしても行かないといけない時は、保健室で時間を過ごしたりしてやり過ごすようにしていた。
勉強なんてあまりしておらず、無知もいいとこ、金もないため、高校にいけず、働いたお金は全て家に入れてるのもあって、自由にできるお金も少なく、どうしたってお洒落に気を使う余裕がなかったのは事実だけど……
(いや、これは言い訳だな)
どこかで諦めていたんだ、自分を磨くことを。
お金がないという、ただそれだけを理由に。
この告白が上手くいかなかったのは、醜い自分から目を背け努力をしなかった、そのツケがまわってきたからだと思っている。
♦︎
遥との出会いは愛に飢え、灰色だった俺の世界に陽の光が差し込むような、そんな類のものだった。バイトが上手く行かなくて公園で泣いていたところを慰めてくれたのが出会い。
そこから仲良くなり、遥の下校時刻に公園で会話したりして、たった3年だけど俺達は親友と呼べるまでに仲良くなった。この胸に秘める恋心以外に秘密がないと言えるほどに。
遥はいつも俺を気にかけてくれるし、優先してくれた。俺といて、楽しいと言ってくれる。
親と違って物は投げないし、怒鳴りもしない。
接していくうちに抱いていたこの気持ちは、「愛」というより「執着」に等しかったかもしれない。
だから高校卒業したら進学で引っ越すと聞いた時、焦ってしまった。
行かないで、そばにいて、愛しているから。
その気持ちばかりが優先した結果がこれ。
好きになってもらう努力をせず、好きという気持ちを押し付けてしまい相手を困らせた。
それでも諦められなくて、その想いを拗らせたまま死に、こうして縛られ成仏出来ないでいる。
幽霊になると感傷に浸るのが常なのか?というほど生前のことを考えてしまう。もうどうもしようもないのにな、と考えていると、だんまりだった魂の管理者が口を開いた。
「おい、遙という奴が動くぞ。未練の煮凝りだろう。追わなくていいのか?」
「言い方……」
というか、おそらく俺は地縛霊に近い存在なので、そんな簡単に動けるならこんな辛気臭い場所早々に後にして……。
(嘘だろ)
鉛をしこたまつけたように重たかった足は、簡単に地面を離れて進み始める。それも自分の意思関係なく進み、葬儀場を泣きながら後にする遙を追っていった。
♦︎
遙は道中花屋に寄り、花を買い、迷いのない足取りで進んでいく。いつもの公園で足を止めて名残惜しそうに見つめ、また進み始める。俺の職場を過ぎたあたりで遙が何処に向かっているかがわかった。
立ち止まる遙。そこは車通りの多い交差点。横断歩道の手前に少しだけど献花がある。
そう、ここは俺が死んだ場所。遥以外にも献花を供えてくれる人がいるんだと、ない心臓が脈打って温まるようなそんな気持ちになった。
遙は献花を見つめる。せっかく泣き止んだのに、また綺麗な瞳から大粒の涙をこぼした。不謹慎だけど、親友冥利に尽きると思う。それだけ遥の中で自分の存在は大きかったということだから。
(まぁ、それでも親友の域は出なかったけど)
だからこそ、可愛くなってもう一度と考えたんだ。まぁ、死んでしまったのでそれは叶わないけれど。
「薫ッ……」
遥は肩を大きく揺らす。嗚咽が止まらず、ひくっ、ひくっと痛々しい擦り切れるような声が喉から漏れている。
(泣くな、泣くなって。俺、もうお前の涙を拭ってやれないんだから)
遥は泣きながらも手元の花を胸に構える。まるでそれは何かを祈るような仕草にも見えた。
胸に構えた花、丁寧に紙で包まれたその花の内容まで見るつもりはなかったため気にしていなかったが、その花は献花としては忌避されるものだ。
どうして遙がその花を選んだかはわからない。基本献花には棘のある花は避けるはずなのに、どうして……。
「薫、俺、俺さ、あれから考えたんだ」
鼻を啜り、涙が滲む声に胸が締め付けられる。続きを聞こうとした所で遥に声がかかった。
「あら、菅谷さんのお友達?」
この声には聞き覚えがある。職場の同僚だ。何度も恋愛相談に乗ってくれた優しい方で、今も片手には献花であろう小さい花束が握られていた。
「あ、えと、はい、こんにちは」
「こんにちは」
そう言って彼女はじっと遥が花を添えてるところを見ていた。そして、遥の手元をみて目を見張る。
「……なぜ、トゲのある薔薇を選んだのかを、聞いてもいいかしら?」
忌避される花を選んだからなのか同僚の声は声色が低かった。遙の方は気づいていないのか、それとも気付いていて平然とした態度をとっているかはわからないが、どうもこの花を選んだのには理由があるようだった。
「……俺、薫に告白されたんですけど、俺は女の子が好きだから断ったんです。けれど先日、学校の同級生に告白された時、何も感じなかった。嬉しいとか、そういう気持ちがわかなかったんです」
「うん」
「薫に告白された時は嬉しかった。そんなに好きでいてくれたことに。でも先日の同級生からの告白は全く心が動かなかった。その時気づいたんです。俺、薫が好きだったんだって。好きだから嬉しかった。性別関係なく。だから気持ち、伝えようと……でも薫、薫は……ッ」
ぎゅうっと握られた手には血が滲んでいて、遥の悔いが形になって現れたように思えた。
「俺が、非常識とか、周りにどう思われていようが、そんなものは関係ない。せめて、天国で、この花を見てほしい。あなたしかいないんだって!薫しかいない、薫じゃなきゃダメだったんだって!それなのに俺……」
「そう、それで、薔薇1本。彼女、きっと喜ぶわ。私彼女と仲良くて、よく相談に乗っていたの。大好きな男の子がいて、大学で離れちゃう前に気持ちを伝えたいんだって」
その発言を聞いた瞬間今度は遥の方が目を見開いた。
「え、彼女……?ま、待ってください!薫は男の子じゃ……」
「確かに薫ちゃんは男勝りだけど、女の子よ……。もしかして気づかなかったの……?」
同僚に問われる遥は手を口元に当ててどんどん顔が青ざめいった。
「そんな、俺薫になんて酷いことを」
「そう、彼女、男の子に間違えられていたのね。でも、それがなんだというの?だって貴方はもう答えを見つけてるんでしょう?」
遥はハッとしたように同僚の女性をみてから袖で乱暴に涙を拭いた。
「……はい。誰にどう見られたっていい。これが、俺の気持ちです。薫への俺の気持ち。男でも女でも、俺は薫を選びます!!」
俺の頬を涙が伝っていく。嬉しさと、少しの悲しさで俺は泣いていた。手で涙に触れ、濡れた手を見て理解する。
そして同時に多幸感。
俺はこの瞬間に誰かの一番になれた。他の誰でもない、俺の中の1番に。
「俺は女の子らしくない女の子で、遥は俺の事を女として見られないって、そう言われたと思ったから凹んでいたのに、男と間違えられてたなんて……。まぁ、でもそんなのもう、関係ない、男だろうが女だろうが、遥は俺を愛してくれるっていった。これ以上の告白はない」
少しの未練があるとするなら、この気持ちをもう、遥に伝えられない事だ。でも、満たされた。もう十分だ。
浅ましくも心の中で未練だと口にしたく無かった、誰かの一番になりたかった。愛して欲しかった。選んで欲しかった。そういう醜い部分を遥は満たしてくれたから。
だからもう、いい。
「愛してるよ、遥」
ゆっくりと指先から糸が解けるみたいに感覚がなくなって俺の意識は遠くなる。ゆっくりと眠りに落ちるみたいな……そんな感じ。
どこかざわつくような気持ちだったのが静まり返り、本能的に「やっとか」と感じる。証拠に今までは人に見えなくても、アニメや漫画のように透けるようなことはなかった肉体は、徐々に色を失い透けてしまっている。
重たい瞼を閉じると、自分という輪郭がどんどんぼやけて、そうして俺は空気に溶けるようにして眠りに落ちた。
◆
これは、遠い未来の話。
よくある公園で男の子が砂場で遊んでいた。後少しで立派なお山が完成するところに勢いよくボールが飛んできて、男の子が作っていた砂のお山は跡形もなく崩してしまった。
男の子の大きな瞳は一杯一杯に涙を溜める。が、数秒もしないうちに男の子は泣き崩れてしまった。
そこにボールの主が駆けてくる。ボールを拾いにきたのだろうと思ったが、ボールには見向きもせず泣きじゃくる男の子の背中を摩る
「ご、ごめんね、けがしてない?お山くずしちゃってごめんね……」
ボールの主は男の子に懸命に謝るが男の子は泣き止まない。どうしようと泣く男の子と今し方崩してしまった砂のお山を交互に見やる。そして閃いた!というように男の子と崩れたお山を挟んだ向かい側に座る。
「ねぇ、わたしもてつだうよ!さっきのよりももっと大きなお山、いっしょにつくろ?」
すると男の子はぴたりと泣き止んでボールの主を見つめる。
「てつだってくれるの?」
「うん!わたしはかおる!きみは?」
「ぼく、はるか」
「はるかくん!いっしょにあーそーぼ!」
「うん!いいよ!」
少女は手を差し出して握手を求めて男の子はそれに応じる。二人は時間が来るまで目一杯、それはそれは楽しそうに遊ぶのだった。
おしまい
後書き
初めましての投稿です。
まず初めにここまで読んでいただきまして、誠にありがとうございます。
さて、初めまして彗兎(えと)と申します。この度は素敵な企画に参加させていただきまして誠に光栄の極みです。わたしなりにお題目の「薫」という意味合いに真剣に取り組んでみました。
薫という言葉の意味に注目して書いてみましたこのお話、ぜひ、なぜあの終わりになったのか、「薫」という言葉とは?を考えたわたしの結果を「最後」まで読んでくださると嬉しいです。
彗兎
とある存在の独白
「よくぞ難解であろう魂の回収をこなした」
魂を回収し終わった自分にかかる上司たる神の言葉。
「他者からの気持ちに未練がある者の魂の回収は非常に困難だ。地縛霊などの排除ケースになりそうなものを見事に回収せしめた君に、なにか褒美をやろう」
私は今しがた回収した、手のひらの淡く光る魂をみる。
これは菅谷薫の魂。傷つけられても決して他者を責めなかった清い心を持つ故か、その輝きはどこまでも澄んでいた。
平坦とした自分の心に宿る、薫の愛が報われて欲しいと思う、その慈愛の心を持たせてくれたこの存在に、ひとつでも報いたいと、そう思った。
「叶うのでしたら、この魂を次も人として転生させてください。記憶の有無は任せます」
再び掌の魂に視線を向ける。
「薫、いい名前じゃないか。お前は自分のことを卑下していたがどうだろう。名は体をあらわす。少なくとも私に、お前という存在はいい影響を与えたようだ。お前がくれたこの気持ちに敬意を表して、私からお前へ、贈り物をやる」
それは確約されぬ不確かなもの。
でもそれで良いのだ。運命は自分で紡ぐものだから。
魂をそっと神のみもとに送り出す。
お前の旅路に幸多からんことを。
この話はいかがでしたか?
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