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Episode01 雨の東京 / 第1話
地上は、規制灯の赤に染まっていた。
雨は、日が落ちる前から降り続いている。
傘を差すほどでもない、細い雨だ。
大型商業施設を取り囲むように警察車両と救急車両が並び、等間隔に置かれた規制灯が、暮れかけた街と濡れた路面を照らしていた。
漏れ聞こえてくる警察無線の断片は、施設内の民間人の避難が完了したと告げている。
街灯が時折、思い出したように明滅した。
警察官たちは雨に濡れるのも厭わず、慌ただしく動き回っている。
その車列の端に、一台だけ空気の違う車両が停まっていた。
特異現象対策局——通称、特対の車両。
運転席の男が、耳元のFIELD COMで、通信を開いた。
『FORWARD、リアルチェック。現況を送れ』
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地下搬入口は薄暗かった。
非常灯の緑と、間隔の空いた蛍光灯。
コンクリートの床には搬入車両のタイヤ痕が黒く延び、どこかの配管から水滴の落ちる音が規則的に響いている。
地上の喧噪はここまで届かない。
代わりに換気設備の低い唸りが、空間全体を満たしていた。
積まれた資材の陰に、一人の男が身を潜めている。
黒を基調とした戦闘装備。
腰に携行された機器と拳銃が、非常灯の光を鈍く返していた。
「こちらFORWARD」
FIELD COMが繋がる。
「リアルチェック、実働第一課、第七実働班、雨宮悠吾」
男は胸元に装着されたREAL TAGへ視線を落とす。
黒髪。細縁の黒眼鏡。その奥に、鋭い眼があった。
『CLEAR。時刻と現在位置』
「現在時刻1637。現在位置、都内大型商業施設地下1F搬入口ブロック5」
『CLEAR。よし、位置情報一致。対象は確認できるか?』
「まだ目視は出来ていない。……ただ、近くにいるのは間違いなさそうだ」
腰に携行しているEXPOSURE GAUGEは、黄色を示している。
『了解。そこから北西側のブロック3でNOISE障害の報告がある』
「対象の危険度は?」
『今のところLOW相当の低位NOISEだ。ま、お前なら問題ないだろ?』
声音に、楽観的な響きが混じっていた。
「…その情報に間違いがなければな」
『……了解。再照合しておくよ』
わずかに、声が締まる。
悠吾は腰のポーチから小型のSPセンサーを取り出した。
表示を確認しながら、慎重に歩を進める。
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ブロック3。搬入通路の奥。
目的地に近づくにつれ、SPセンサーが反応を示した。
廊下の奥——蛍光灯の届かない暗がりから、音がした。
濡れた何かが床を這う音と、機械のノイズ音が混じり合ったような、耳障りな音。
暗がりの縁から、それは現れた。
濡れた傘のような外殻。その下から覗く、細い脚。
傘が、勝手に歩いている。
「こちらFORWARD。対象、1体確認」
『来たか。SP反応捕捉。位置トレース一致。形状は?』
「30cm程度。傘状外殻、脚部あり。《傘這》だ」
『気をつけろ。そいつは1匹見たら他にも10匹はいると思えってやつだ』
背後。頭上。柱の影。複数の気配が、染み出すように闇から湧いてくる。
「……そうだな」
悠吾はSPセンサーを腰のポーチへ戻し、右手をホルスターへ伸ばした。
『FORWARD! 対象、合計5体!』
うち二体が、同時に跳んだ。
「分かってる!」
身を沈めて躱しざま、右手の拳銃を振り上げる。
発砲音が二度、通路に反響した。
アンカーが傘状の外殻へ的確に突き立ち、《傘這》が不気味な悲鳴を上げる。
撃ち込まれた個体の輪郭が、変わった。
暗がりと同じ側にいた曖昧な影が、突然、この世界の物として床に縫い留められる。
固定化——見た目にも、はっきりと分かる。
固定されたなら、斬れる。
左手でSEVER BLADEを抜き、展開する。
翻ってブレードを振るい、二体を続けざまに切断した。
像が一瞬乱れ、現実から剥がれるように消える。
残る三体は、暗がりへ潜った。
視界から消え、ノイズ音だけが通路のどこかで鳴り続けている。
「BACKUP、位置アシスト」
『後方、5時の方向』
振り向く。
一体がまっすぐ向かってくるところだった。
右手でアンカーを撃ち込み、そのまま飛び込んでくる胴を、左手のブレードで正面から両断する。
「3体切断確認。あと2体! BACKUP、位置アシスト!」
『そのまま9時の方向!』
向きを変え、銃を構える。
四体目に撃ち込み、急接近して切断。
像が乱れ、消えた。
「あと1体! アシスト」
『……』
沈黙が返ってきた。
「BACKUP? アシスト!」
『……待て。反応が跳んでる。……いや、前方10mだ』
通路を走る。
前方10m——何もいない。
濡れた床と、明滅する蛍光灯があるだけだ。
「BACKUP。おい、見当たらないぞ」
『4時方向――いや、待て』
通信に、わずかなノイズが乗った。
指示された方向を向いても、そこにあるのは壁だけだった。
「BACKUP!」
『10時…の……5m後方……』
ノイズ音に埋もれながら、位置情報を告げる音声が繰り返し聞こえてくる。同じ言葉が、擦り切れたように何度も。
右前腕の戦術端末へ目を落とす。
SP反応値が、急激に跳ね上がっていた。
それだけではない。表示された自身の座標が、ノイズのように一瞬、ずれた。
舌打ちが漏れる。
「通信障害…じゃない、な」
悠吾は辺りを見回した。
非常灯。配管。壁。
どこにも、あの傘の影はない。
——おかしい。《傘這》にこんな干渉能力はない。
もう一度、右前腕の戦術端末を見る。
座標位置が、また、ノイズのように一瞬——ずれた。
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設備区画へ続く通路に入っても、戦術端末に表示されたSP反応値は、高いままだった。
——通信は……生きている。だが、これは……。
悠吾は壁のブロック番号を確かめ、非常口標識の位置を目で押さえた。
自分の現在地を、自分の眼で確定させる。
それから通信を開いた。
「BACKUP、緊急リアルチェック」
周囲の気配を探りながら、声を低くする。
「こちらFORWARD。リアルチェック、実働第一課、第七実働班、雨宮悠吾」
『CLEAR。時刻と現在位置』
「……現在時刻1645。現在位置、都内大型商業施設地下1F搬入口ブロック3」
『……UNCLEAR。こちらの観測座標では…ブロック2だ』
ノイズ混じりの応答が返ってきた。
「ブロック2、だと?」
改めて壁の表示を見る。
ブロック3。間違いない。
だが、右前腕の戦術端末が示す自身の位置座標は——ブロック2を指していた。
BACKUPの測定位置と、自分の認識が、わずかにずれている。
そのときだった。
濡れた床を這う音と、ノイズ音が近づいてくる。
端末に目を走らせると、対象の位置座標が右——後方——二箇所同時——と、目まぐるしく表示を切り替えていた。
銃を構え直し、一度、呼吸をする。
張り詰めた一瞬ののち、暗がりから《傘這》が奇襲してきた。
顔を掠めるように、ぎりぎりで躱す。
《傘這》が壁に張り付いた。
瞬時にアンカーを撃ち込み、そのままブレードで切断する。
像が乱れ、消えた。
刃を下げ、息をひとつ吐く。
銃口は下げたが、警戒は解かない。
ブレードを収め、腰のポーチからSPセンサーを取り出した。
腰のEXPOSURE GAUGEに目をやる。
反応が、下がらない。
むしろ断続的に上昇している。
表示は黄色を越え、オレンジに近づいていた。
端末のSP反応を確認する。
壁沿いに、反応が移動していた。
悠吾は反応の示す方向を見つめた。
壁に並ぶ照明が、手前から奥へと、順番に明滅していく。
まるで、何かが通り過ぎたかのように。
壁を伝いながら、ゆっくりと進む。
数メートル先の壁に、配線束が見えた。
束ねられたケーブルの中で——一本だけ、黒い線のようなものが、一瞬うねった。
黒い線が、配線束から離れる。
壁から床へ落ち、横の壁を伝い、配電盤に入ったかと思えば、そのまま天井裏の通気口へと消えていった。
悠吾は手元のSPセンサーを確かめた。
反応は、同じ方向を差している。
「BACKUP、こちらFORWARD。対象5体全て切断確認。だが、状況が変わった」
天井裏を睨んだまま、続ける。
「……《這線》がいる」
『道理で……。悪いが、こっちでお前の動きがトレースできない状況だ』
端末を覗くと、自身の位置座標が複数表示されていた。
「……そのようだな」
『今の情報じゃ、お前を誘導する方が危険だ。以降、アシストを停止する』
「……こっちで判断しろってことか」
『そうなる。悪いな。通信も一度落とす。無理はするなよ』
「了解」
小さく、通信の切れる音がした。
辺りは静寂に包まれる。
遠くの排気音。配管を伝う水滴が、落ちる音。
悠吾の表情が、わずかに硬くなった。
ゆっくりと進むと、T字路に出た。
案内板に「設備制御室→」の表示がある。
右か、左か——。
左の通路へ目をやり、踏み出そうとした瞬間、耳元で回線の開く音がした。
『FORWARD。そっちじゃない』
→ Next CASE…
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あとがき
いよいよ始まりました。『東京残響 / TOKYO ECHOES』
『MER:AI《ミライ》』、『Rainy Tokyo-レイニートウキョウ-』と続いて3作品目です。
この作品は前2作とほんの少し繋がりのある作品なので、合わせて読んでいただくとより面白いと思います。
今回は専門用語も多い作品なので、ページ下部に用語集も記載しておきました。ぜひご活用下さい。
それでは、雨に濡れた東京、ECHOESの世界を楽しんでいただけると幸いです。
冬瀬澪
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◆CASE FILE|用語メモ
FIELD COM(フィールド・コム)
特対実働員が使用する専用通信装置。通常通信に加え、異常環境下でも音声を確保するための独立系統を備える。
REAL TAG(リアル・タグ)
実働員が携行する個人認証票。電子情報と物理刻印の両方を持ち、NOISEによる情報異常が発生した際の本人確認にも使用される。
SPセンサー
周囲の空間や電磁環境などから特異反応を検知する携行装置。「何がいるか」ではなく、「どこに異常があるか」を探るために使用する。
EXPOSURE GAUGE(エクスポージャー・ゲージ)
NOISE領域への曝露による危険度を監視する個人用モニター。危険指標をGREEN/YELLOW/ORANGE/REDの段階で表示する。
戦術端末
位置情報、CASE情報、味方・対象の位置、共有されたSP反応などを表示する実働用端末。雨宮悠吾は右前腕に装着している。
ANCHOR/アンカー弾
命中したNOISEを短時間だけ「現実側」へ固定する特殊弾。輪郭や位置を安定させ、その後の攻撃や処理を可能にする。
SEVER BLADE(セヴァー・ブレード)
FORWARD用の展開式近接処理兵装。ANCHORによって固定された低位NOISEへ接近し、切断・処理するために使用する。
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