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第1章 / 第1話
「きゃっやば」
梨央奈のグラブから溢れた水玉が彼女の腰に直撃した。
照りつける太陽、熱を帯びた砂の上。梨央奈の腰の紐が破壊される。
砂浜に倒れ込んだ彼女にシンジはタイムをとって換えの水着を渡そうとした。
真っ白な肌に長くしなやかな手足。それに腰の紐がロストして梨央奈の水着はギリギリ,大事な部分だけを守っていた。
太陽の光が梨央奈の腰を照らす。ああこれが『光エフェクト』。って違うだろ。
「換えの水着だ。はやく着るんだ。」
梨央奈は砂に取られた足を止めて、大切な部分を手で隠す。
「ふん。こんなの……平気よ」
そう言ってシンジの手から水着とタオルを引ったくり、着替える。
シンジは梨央奈と観客席の間に入り込んで隠そうとする。
はあ……まさかこんなことになるなんてな。
そう言いながらも後ろからぶつぶつ聞こえる梨央奈のつぶやき。
「さっきのは見られたってこと?ビーチベースボールじゃ普通よね。でもでも見られた?フフフッへへ」
やばいあいつが変な笑い方した時はパニックだ。
「梨央奈!試合に集中!」
シンジが振り返って見たのはタオルに包まれたまま着替え中の梨央奈だった。
「フフフッどうやら死にたいらしいわね」
そばにあった砂がシンジ目掛けて投げられる。うわっ目が。
そう言いながらも笑ってしまう。こんな気持ちになるなんて二年前は考えられなかったから。
二年前の夏。中学最後の試合。その日
中学野球最強の投手、城シンジは、決勝のマウンドに立っていた。連投の疲れなんて感じなかった。
初回にMAX140を更新。どよめくスタジアム。
あと一つで完封勝ちだ。そして最後の打者は、あいつだった。
真木村レイジ。圧倒的なバットコントロールを持つ、一番遊撃手。そしてシンジの親友でもある。
最後の夏。思いっきり投げた外角低めのアウトローは、レイジのバットを掠らせもしなかった。
140キロの蛍光板が光る。だけどそれ以上に,腕から鈍い肉がえぐれるような音が響いたのをシンジは感じた。
◇
時雨高校。時雨町にある普通科の高校だ。シンジは,下駄箱で靴を履きながら見慣れない紙が入っているのを見つけた。ピンク色の封筒。思わず手に取ると名前を確認する。宛先は書いてなかった。ラブレターだよな。シンジは咄嗟にそう思い手紙をカバンにしまった。
思い出すまでもなく中学時代は野球づけだったし,女の子との会話なんて極力避けてきた。
野球部のエースだった影響で告白されたこともあるけど、全部を野球に賭けてきた。それなのに……。
野球のことは、もういい。だからこうして野球部のない、時雨高校に入ったじゃないか。シンジはそう思いながら、カバンを小さく開けて,封筒を切る。手紙だけをノートに貼り付けるようにして,ノートを見ながら廊下を歩いた。
「城シンジくんへ。放課後伝えたいことがあります。体育館裏に来てください。」
丁寧な文字でそう綴られている。胸が熱くなってきた。そう今はもう野球もない。青春するのもありかもしれない。
「ドンっ」
よそ見をしてたシンジに柔らかいものがぶつかる。女の子が倒れていた。
「おい、大丈夫か?」
綺麗なエメラルドブルーの長髪。大きく見開かれた目。間違いなく今まで出会った中で一番可愛い子だと思った。
その子は,眠い目を擦るように目を開けて,シンジを見つめる。
「城シンジくんだよね。ほら覚えてる?幼馴染の!」
そう言ってシンジの手を握る。柔らかい手。だけどすごく手が赤くて顔も……。
「いや分からない」
そう言うと女の子は顔を少しだけ、近づけて手を胸の近くまで持ってきた。
「えーと次は次は。思わず手が胸にいっちゃってむりむり。大体ラッキースケベってなんなのよ!」
ぶつぶつ呟く彼女。
やばいやつだと確信した。第一こんな可愛い子が幼馴染にいたら忘れられるはずがない。ラノベなら当時は違う髪型とか、女の子らしくなったとかありそうだけど,あいにく友達なんてあいつくらいしかいないし。
「怪我なくてよかった。じゃあな」
握られた手を解くとそそくさと教室へ向かう。
既に人だかりができていた。
「なになに?」
「生徒会長の天須様があんな冴えないやつに話しかけるなんて」
生徒会長?ああいたなそんなやつ。天須梨央奈。一年生にして誰もが認める美少女でありながら、みんなに優しく悪漢には平然と立ち向かうだっけ?一年の頃聞いたそんな噂を思い出す。
時雨高校に入学して二年目の春。帰宅部でほぼ家と学校を行来するだけだから生徒会や、よそのクラスの人間なんて覚えていない。
二年生の教室に入る。ドアを開けてゆっくり景色を見渡す。
エメラルドブルーの長い髪。あの変なやつが、同じ教室にいて一瞬口をぽわっと開けてからすぐきつく結び直したように見えた。
考えてみれば、去年一年生で違うクラスだっただけで学年は同じなのだ。
クラスの新しい席は窓際だった。
野球部のない高校だけど、グラウンドはある。走り回った思い出や、懐かしい投げ込みの様子が蘇ってきて、慌てて黒板を見た。
オリエンテーションを軽く済ませて放課後の時間になった。
ラブレター。一体どんな子なんだろうな。便箋や文字からは丁寧な感じだけど。
大体今まで全てを野球に賭けてきたんだ。全部忘れて青春したってバチは当たらない。
春の体育館へと続く横道は隣のフェンス越しに桜がまだ咲いていた。
心地良い桜の香りと憎い花粉症が一度に鼻腔内に広がる。
体育館裏の前まで来てとまる。ふう。と息を吐く。告白……だよな。もしかしたらタチの悪い悪戯かも。ええい悩んでも始まらない。意を決してなるべく自然体に見えるように体育館裏へ出た。
誰かがいた。放課後といってもまだ騒がしい。いつもなら体育館からはバスケ部の叫び声が聞こえてくる。シンジはそんな声が聞こえてないほど浮ついている自身に気づくと苦笑いした。
裏庭にある一本の木。そこに寄りかかるようにその子は佇んでいる。
エメラルドブルーの長い髪をポニーテールに縛り、ほっそりとした女の子。やけに膨らむ胸……。エメラルドブルー?
「城くん来てくれてありがとう。」
やけに整った顔。あいつだ。うん、帰ろうかな。でもさっきまでのふざけた雰囲気とは違って濡れたまつ毛が妙に気になる。この子意外といいやつかも。その鞄のポケットから目薬のスポイトがのぞいていた。前言撤回。この子はダメだ。
「で用ってなんですか」
「えーとはっは…。じゃなくて。私ずっと先輩の?先輩でもなくて」
形成不利と見たのか前屈みになって覗き込む体勢を取ろうとする女の子。
みるみる顔が真っ赤になっていき……。
「あの君名前は?」
埒が開かない。バスケ部の騒がしい声が聞こえ出した。早く帰りたい。
「天須梨央奈よ。なんで知らないわけ」
「なんでこんなことしてるんだ?」
「ビーチベースボールの監督になってもらうため」
梨央奈と名乗る少女はまたぶつぶつと。
「待って普通に言っちゃった。じゃなくて!私の監督にさせてあげるわ!」
今度はこっちを指差す梨央奈。さっきから気づいたけどこいつラノベや、漫画のキャラの喋り方を真似してるのか?それにしてはブレブレ。せめてツンデレかお嫁さんタイプかぐらいはキャラ付けしろよ。それにベースボールと言えば即ち野球なわけで。
「無理。他を当たってくれ。そんなふざけたやつが野球とか」
そう言って帰ろうとする。
「ふざけないでよ!こっちだって好きでこんなことやってるわけじゃない!」
梨央奈は叫んだ。胸がムカムカする。人の気持ちを試すような真似しやがって。
「待って。あなたが監督してくれないと廃部になっちゃうの!」
後ろから思いっきり抱きつかれた。柔らかなふわふわとムニムニが背中に当たる。
「ふえっあっ違うの。今のは本気のラッキースケベっていうか……へっへふっふっ。うわー」
梨央奈は鞄を押し付けたまま走り去っていく。泣きたいのはこっちだ。シンジはため息をついた。
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