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第1話 / 全5話
「わっ……!」
私の名前は朝比奈美雨。
今年から高校生になる、ピカピカの一年生だ。
私は産まれてから十五年間、一度も恋をしたことがなかった。友達がイケメンアイドルを見て黄色い歓声を上げていても、何が良いのかわからなかった。クラスの足が速い男子を見ても、運動できて羨ましいという感情以外何もなかった。
なかった、のだが……
「あ、大丈夫? ごめんね、ぶつかっちゃったみたいで」
キレイな黒が、私の視界を覆い隠した。
サラサラと頬を撫でる黒髪は、日の光を反射しキラキラと輝いている。
顔を上げると、人形のように整った顔の女の子が立っていた。
「え、あ……」
心臓がどくどくと激しく鼓動している。
感じたことのない感情が、胸を覆っている。
胸元を抑え、冷や汗がダラダラと流れた。
どうしよう、なにか言わないと。そうは思っているものの、口は思うように動いてはくれない。
「大丈夫? どこか、強くぶつけちゃった?」
こちらを覗き込むように見つめてくる女の子。
表情を見るに、心配してくれてるのだろう。
「だ、大丈夫ですよ! めっっちゃ、元気です!」
やっと言葉を発せたと思えば、異常な声量が溢れてしまった。
自分でもその声量に驚きつつ、周囲に視線を走らせる。
唐突に聞こえた大声に、驚き、興味、様々な感情をもった人達がこちらを見つめていた。
あぁ……周りからの視線が痛い。
「大丈夫そうなら良かった。私は先に行くね」
そう言い放ち、その場から離れようとする彼女。
……何故か、自分の腕が彼女の裾を掴んでいた。
「どうしたの?」
こちらに振り返り、そう問いかけてくる彼女。
困惑の表情を浮かべながらも、立ち止まってくれた。
引き止めてしまったことに対して少しの罪悪感を感じながら、何かを言わなければと言葉を探す。
あ、そうだ。
「あ、あの! お名前はなんて言うんですか?」
この一言を言うだけで、私の胸は張り裂けてしまいそうだった。
心臓がうるさい。もう、どうにでもなってしまえ。
「……私の名前は月乃雪。また何処かで会ったら、よろしくね」
そう笑顔で教えてくれると、雪さんは颯爽と何処かへ消えてしまった。
雪さん。雪さんかぁ……。
名前を知れて嬉しくなった私は、心の中で何度もその名前を反芻していた。
入学式が始まってからも、私の頭の中は先程の情景が何度もループ再生されている。
凄い綺麗だったな、モデルさんかな。
——恋人とか居るのかな。
「え、えぇー!!??」
校長先生の話の最中にも関わらず、私の大声が響き渡った。
周りからの視線が痛い。
「あ……ご、ごめんなさい」
ペコペコと頭を下げ、こちらを向く人達に謝りながら、頭の中はとある単語が埋め尽くされていた。
——もしかして、これが恋!!??
無事入学式が終わり、1年2組の教室へと足を踏み入れる。
ここが、新しい私の教室……。
空気を思い切り吸い込み、肺に溜め込む。そして、ふぅーっと勢い良く吐き出した。
とても良い空気だ。きっと、高校の3年間は素晴らしいものになるだろう。
辺りを見渡し、私の席を探す。名簿順に並んでいるようで、私は1番前の1列目の席らしい。
これから始まるであろう自己紹介のファーストペンギンになる未来を想像し、少しお腹が痛くなる。
「あれ、さっきの子だよね」
荷物を置き、腰を下ろした時だった。
隣の席から、鈴の音のような素敵な声が聞こえてくる。
私は小さい頃から周りが見えていないとよく注意されていた。今回も、自分の席のこと、自己紹介をどうするかしか考えておらず、周りの席の子のことなんか目に入っていなかった。
急いで声の方へと視線を向けると、
「ゆ、雪さん!!?」
そこには、初恋の人が座っていた。
朝の出会いと言い、隣の席と言い、まさか……
——これが、運命?
「良かった、また会えて。貴方の名前を聞いてなかったから」
「あ、あぁ! そうですよね! 私ばっかり名前聞いちゃってた!」
身振り手振りで慌てている様子の私を見て、雪さんはくすくすと笑っている。
なんて可愛い笑顔なんだろう。
「私の名前は、朝比奈美雨です! みう!」
なんとなく下の名前で呼んで欲しくて、強調するように繰り返し伝えたみた。
「美雨ちゃんね。改めて、よろしく」
差し出される左手に、私は緊張しながら手を重ねる。
手汗大丈夫かな、と心配していたけど、いざ握られるとそんなことはどうでも良くなるほど気持ちが昂った。
細く白い指、でも肉が無いわけではなくて、しっかりとやわらかさを感じる。
これが、雪さんの手……。
「そんなに見つめないで? 照れちゃうから」
指を凝視していたのがバレてしまい、私は急いで雪さんの顔へと視線を戻す。
「ご、ごめんなさい! 指が綺麗だなと思って……」
いや、こんなこと言ったら気持ち悪いかな?
でも、もう既に言葉は口から発してしまった。取り返しなんてつかない!
恐る恐る雪さんの様子を伺うと、こちらを向いていた瞳が逸れていることに気付いた。
やっぱり、気持ち悪かったかも……。
「ありがとう。照れちゃうな」
サラリと細い指で髪を耳にかけ、目を細めている雪さん。綺麗だな、なんて思ってたら、熟れた林檎のような赤さが目に入った。
「雪さん、もしかして本気で照れてたり……?」
「えっ……?!」
真っ赤に染った耳を手で覆い隠す雪さん。
目を見開き、恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。
綺麗なだけじゃなく、こんなにも可愛い人だなんて。
「美雨ちゃんに褒められたから、照れるのも仕方ないでしょ……」
みるみる真っ赤に染まる頬。
そんなことを言ってもらえるなんて、私はとても幸せ者だ。
もしかしたら、雪さんも私のことが……??
いやいやいや、そんな勘違いをしてしまってはいけない! きっと、雪さんはとても照れやすい人なのだ。
「照れてる雪さんも素敵ですね。可愛い」
耳にかけた黒髪が、また少し顔にかかってしまっている。素敵な顔をしっかりと見たいのだ。雪さんの髪の毛とはいえ、邪魔される訳にはいかない。
雪さんの顔に手を近付け、顔にかかる髪をまた耳にかける。
「なっ……」
「ふふ、また赤くなりましたね!」
照れている雪さんのことを眺めながら、私は気付いてしまった。
これは、初恋だ。
そして、
——私は雪さんを押し倒したい、と。
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