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第1部3章『罪無き者の贖罪』ペレジス-虚栄の惑星 / 第56話
>>Iris
どうにか無事に地下保管庫から物証となる絵画と手帳を回収して宿に戻ることができた。ここでふと、まだ時計を現地時間に合わせていなかったことに気がついた。確かこの惑星は私たちの故郷よりも自転が少し長く1日が26時間だったはずだ。
私の時計は航宙船の標準時である24時間制のままだったからあとで直しておかないと。そんなことを思いながら確認した今の現地時間は……どうやら宵の口あたりのようだ。
保管庫での騒ぎでは顔をしっかり見られたわけではないけれど、あれだけ派手に暴れたのだからこのまま街中で潜伏し続けるのは無謀だろう。
本来なら手帳に記された手がかりを辿って、さらに証拠を固めるべきなのかもしれないけど、それだとベルンハルトに備えられてしまう。ここは一気に攻勢に出るべきかもしれないね。だけど告発に適した場が思いつかない。私邸へ正面から乗り込むわけにもいかないし。
「アイリスさん、これを見てください」
そんな事を考えていると、ウォルターさんが自分のフォトンタブを差し出し、画面に映し出された映像を指差す。そこには荘厳な内装が施された部屋が映し出されていた。これは……。
「評議会の様子がリアルタイム中継されています」
「警備が手薄だったのは、こちらに人手を割いていたから?」
「そのようですね」
「場所はわかる?」
「ええ、町の中心にある議事堂で……ここからだと1ブロック先ですね。……しかし、昔みた議事堂とずいぶんと内装が違うな……」
私達は画面に集中した。映し出されているのは「議事堂」だというけど、違和感がある。元々この星の議事堂は合議制の精神を尊重して評議員たちが円卓を囲んで議論を行うと聞いていた。ギルドネットの情報によれば、評議員全員が対等な立場で意見を交わすのがこの星の統治のありかたのはずだった。
しかし、今画面に映っているのは「円卓」ではなく、まるで「謁見の間」だ。一段高い台座に座っているのがベルンハルトだろう。
ギルドの標準制服ではない、無駄に飾り立てられた衣装を身に纏った酷薄そうな壮年の男。その椅子は黄金と宝石で飾られ、明らかに君主の王座を意識したものだ。他の評議員たちは全員、彼の前に立ったままで、背筋を伸ばしてベルンハルトの言葉を待っている。
「……これで評議会なんて、笑わせてくれるよね」
口ではそう言ったけど、呆れて笑うこともできない。映像の中では、ベルンハルトが威圧感を漂わせながら話しているが、その言葉には一切の意見を求める様子がない。一方的に宣言し、指示を下しているだけだ。
彼は意見を聞くでもなく、評議員たちの視線も気にすることなく自らの指示が当然であるかのように話を進めている。
「……合議制なんて、建前に過ぎないということですか」
ウォルターさんはが淡々と言うが、その声にはわずかに怒りが滲んでいる。この光景こそ、ベルンハルトがこの星を支配している象徴であり、何よりの証拠だ。
ベルンハルトが何を思ってこの映像を中継しているのかはわからないけど、私にはそれがどうしようも無く愚かな行為に思えて仕方なかった。なせならこの映像は……。いや、その前にすべきことがある。
「ウォルターさん、この映像保存できる?」
「やってます」
さすが監察官、抜かりないね。できるだけ保存してもらって、あとで私達の端末にも転送しておいてもらおう。もちろん別に二度見するためじゃないけど。
「評議会はまだ続きそう?」
「議事の様子をみると、先ほど始まったところのようですから、最低でも2時間は続くかと」
「じゃあ、今から乗り込めば間に合いそうだね?」
「今から、ですか?」
「ええ、ベルンハルトを追求するなら皆が観ている前の方が良いでしょ?それに、時間をかけても事態は好転しなさそうだし」
「……わかりました」
ウォルターさんは私の決断を信じてくれたのか、それ以上は何も言わなかった。
その後、告発の手順や相手の言動への対応について確認を行った。あとは出発の前にやっておきたいことがある。さすがにさっきまで走り回って汗まみれのままネット中継に映るのは、乙女としてはちょっと……いや、かなり抵抗があるからね。メディアの前に出るんだから、シャワーを浴びて髪ぐらいは整えておかないと。
装備や衣装の準備をしながら私はアリサに一つ提案をした。強制する気は全くない。彼女が自分の意志で決めてくれれば、それでいいと告げて。アリサは一瞬考えて、決意に満ちた瞳で答えてくれた。
「それが……ベルンハルトを追い詰める手助けになるのですね?」
「ええ、私はそう信じてる。それに、結果的に貴女を救うことになるとも」
「それなら、私には拒む理由はありません」
知り合ってまだほんの一日なのに、彼女はもうずいぶんと変わった。いや、本当は最初からこういう強さを秘めていたのだろう。長く封じ込められ、錆び付いたその心が、殻を破って本来の輝きを取り戻しつつあるだけなのだろう。
私達にできるのは、その輝きが二度と曇らないよう、輝きを曇らせた「原因」を排除する事だけだ。
シャワーを浴びたあと、先に入浴を済ませていたアリサに戯れで化粧を施してみた私は、ものすごくすごく後悔した。
アリサはすっぴんでもものすごい美人だったけど、化粧をするととんでもなく化けた。絶世の美女?いや、これはそんなレベルじゃない。傾国の――もしくは傾星の美女だ。
私だってまだ16歳だから肌艶には自信がある。しかしアリサ白い肌は――確かに傷はあるけれど、それでも――絹のようになめらかで、全女性の憧れと言っても過言ではないレベルのきめ細やかさだった。私は、恐る恐るアリサに実年齢を聞いてみた。
「私ですか?今年で43歳になりました」
「テロマーは恐ろしい化け物だ……!」
衝撃のあまり思わず口にしてしまったが、それが侮辱では無く驚きによるものだと理解してくれたのか、アリサはただ笑っていた。
もしかしたら街の女性がアリサを避けていたのって、嫉妬が理由だったんじゃないの……?呆然としていると、速攻でシャワーを終えたトワが出てきた。ウォルターさんもいるのに、全裸で。平然として。
「アリサ、すごい綺麗」
「トワ様、ありが」「その前に、服っ!」
いつものやり取りだけど、今日はいつもより厳しめにトワにお説教をした。
その後、私達は身だしなみを整えた。トワはいつも通りの格好。すでにトワがギルド章持ちだという事がばれている可能性があるので、公然とギルド章を首から提げてもらっている。
アリサには身長差があっても着られる私の服を貸し、上からいつもの外套を羽織ってもらった。
私とウォルターさんはギルドの制服。これからギルドの一員として告発に向かうからね。
「アイリス、その服格好良い。何の服?」
「でしょ……って、これギルドの制服だよ?」
「初めて見た」
トワもギルドの一員なのに、と思ったけどよく考えたらうちの故郷で制服を着てる人なんて一人もいなかったっけ。何せ全員ギルド所属だったから制服で区別する必要なんてなかったし。
15歳で成人して正規のギルドメンバーになった時点でトワにも制服は支給されてるはずだけど、この子の事だから試着どころか開封もせずに放置してるだろうし、当然のことながら、旅立ちの荷物にその制服は入ってないだろう。
「うん、まぁ何というかトワらしいよね」
そう結論づけながら私は背面に装着したヒップホルスターにブラスターを収納する。
派手な銃撃戦になったらその時点で私達の負けなので、今回は予備カートリッジは無し。さすがに議事堂へ入るのにこれ見よがしにブラスターを身につけているのはまずいから、制服の上からギルド支給品のロングコートを羽織ることにした。
「アイリス、イグナイトはいる?」
「今回はなしでいいよ。っていうかトワ、さっきの閃光手榴弾!あれ、一体何だったの?」
「どこにでもある、普通の閃光手榴弾?」
「いやアレ、喰らったやつら思いっきり吹っ飛んでたよね?普通のやつだと数秒ふらつかせるぐらいだからね?」
「あいつらは根性が無かった」
「根性論じゃないよね?そういえば研究中にトワが自爆したとき、夜まで帰ってこなかったのって……」
「あれは寝不足のせい」
馬鹿威力のトワ謹製閃光手榴弾は結果的にはとても役に立ったんだけど、過剰威力すぎるので一応クレームを入れておく。すると横で話を聞いていたアリサが何故か熱い視線をトワに向けながら譫言のように口走った。
「トワ様、素敵です……」
「もっと褒めて」
「今の話、素敵な要素なんてまったく無かったよね!?」
私のツッコミにもアリサは動じた様子をみせない。もしかしたらアリサ、天然系の恋愛脳だったの……?
「いや、青春ですな」
「今の話、青春的な要素も無かったよね!?」
ウォルターさんまで訳のわからないことを言い出した。いや、本当はわかってる。私の緊張をほぐすためにわざとそう言ってくれてる事は。……ただしトワとアリサは除くけど。
準備が整ったので議事堂へ向かう。ウォルターさんに中継の様子を確認してもらったが、まだ「合議」は続いているようだ。
議事堂の前には当然のように警備員がいた。ギルドの制服を着ているところを見ると、保安部所属のギルド職員なのだろう。さすがに公の場に傭兵崩れを配置する訳にもいかないだろうしね。
見渡すだけで視界に入る警備員は8人ほど。おそらく視界に入らない場所にも配置されているはずだ。地下が手薄だったのも納得の人員配置だね。
私達が議事堂の正面へ近づくと、警備員たちはこちらに鋭い視線を向け、全員が一斉に動きを止めて私達を警戒した。だが、ウォルターさんと私がギルドの制服を着ていることがわかると、警戒の色がわずかに和らいだ。
とはいえ彼らも服装だけで信用するほど甘くはない。ブラスターの銃口をこちらに向けてこそいないものの、全員がさりげなく入り口の前で位置を変え、自然な形で立ち塞がる陣形を取っている。つまらない人間の下にいるわりに仕事は出来るようだ。
そして、一人が前に出て、公式な警告を告げた。
「議事堂内では現在、評議会が行われております。ギルド関係者であっても、立ち入りは許可されません」
警備員の声には微かな緊張が滲んでいる。こちらがギルドの制服を着ているだけに、完全に排除するには一応の理由が必要だからだろう。だが、その眼差しには、私達が無理に入ろうとすれば捕縛、あるいは射殺も辞さないという暗黙の意志が見て取れた。
だが、こちらもこんなところで油を売っている時間は無い。私はウォルターさんに軽く頷いた。
「ウォルター・クレマン。ギルド統括局から派遣された監察官だ」
そう言いながらウォルターさんは自らのギルド章を掲げた。ギルド章、そして監察官という名乗りに警備員の間に動揺が走る。おそらく彼等は監察官の来訪がもたらす結果がどの様なものかを理解しているのだろう。
「ベルンハルト支部長の不正疑惑を告発するために来た。通らせてもらう」
その言葉が告げられた途端、警備員たちは目を見交わしながら静かに道を開け始めた。平時なら支部長命令が最優先だけど、監察官の調査や告発が絡む場合には話が別だ。しかし、入り口の前にひとりだけ立ちふさがったままの人物がいた。それは、白髪交じりの髪を持つ初老の警備員だった。
彼はウォルターさんの方には目を向けず、後ろに控えていたアリサに視線を向け低く静かな声で問いかける。
「シノノメ管理官補殿。勝算は、おありか」
短くも重いその問いかけに、アリサは一瞬驚いたように彼を見つめたが、すぐに真剣な表情で頷いた。
「……はい」
その一言に、老警備員は微かに目を細め、険しい顔のまま無言で道を譲ってくれた。彼の硬い表情には何か深いものが込められているように見える。あえてアリサを名指ししたところを見ると、警備員としての職務だけではなくアリサ本人を案じてくれているのだろうか。
評議室へと続く通路を進みながら、私はアリサに声をかける。
「さっきの人は?」
「……以前は保安部の大隊長を務めていたヴァルトさんという方です。父と長い付き合いで……。でも、父の一件があった後、ベルンハルトに降格されて」
「そっか、他にも降格された人が?」
「はい、父と関係の深かった人達は皆……。降格された人はましな方で、追放されたり投獄されてしまった方もいます。皆、父や私のことを案じてくれただけなのに」
表情を取り戻しつつあるアリサの顔に浮かぶのは悔しさと憤り。
「……みんなを助けるためにも、がんばらないとね」
「はい」
力強く頷くアリサを伴い、私達は足早に評議室への通路を進む。やがて目の前に現れたのは、豪華さを通り越して悪趣味なほどに装飾が施された、大きな扉。
「ここです」
ウォルターさんに言われるまでもなく、これが評議室であることは一目で分かる。
私は深呼吸をし、扉に手をかけ、ためらいなく一気に開け放った。
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