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第1話 / 全13話
新たな【英雄】が誕生してから一年。
街には英雄の銅像が建てられていた。
右手には一本の剣を手にしており、左手は腰に手を添えている。
よくある、英雄の像そのものだった。
街の人々は毎日英雄の話をしている。
「隣町で信徒が暴れていたところを、死に物狂いでやっつけたらしい」
「剣も魔法も上手く扱えないのに、勇敢に立ち向かったんだと」
「何も持っていなくとも、立ち向かう精神が【英雄】なんだ」
「“ニセモノ”の英雄とはまるで違う。カイト様は“ホンモノ”の英雄だよ」
ベッドから上半身のみを起き上がらせ、窓の外を見つめる。
青い髪、紫の瞳。右目には眼帯をつけており、寂しそうな表情で村人の話を聞いていた。
「起きていたのか。あまり無理をしない方が良い。落ち着くまではゆっくりしていいからね」
優しい口調で話しかけてくる赤髪の男。手には盆を持っており、パン、スープ、ミルクとスプーンが並べてある。
「朝食を持ってきたから、調子が良ければ食べないか?温かいうちに食べたほうが、きっと美味しいよ」
エメラルドのようなキレイな瞳でこちらを見つめてくるその男は、名をヴェルナス・エルカディオンという。
この国、グランヴェル帝国にて努めているとても優秀な騎士であり、その腕は騎士団の中でも二番目に優秀とされている。いや、今となっては彼が一番と言っても過言ではないが。
「あぁ、食べる。スマン、頼んだ」
◇◇◇
この国には英雄が存在している。
かつて、英雄として称えられていたその男。
ヘクトル・エルカディオン。
日本という国から転生した、異世界転生者だった。
この世界に生を受けてから、ヘクトルは様々な才能に恵まれていることに気付いた。
剣を振るえば、海が割れた。魔法を使えば、民が歓喜した。
自分は恵まれた存在なのだと、幼いながらにも確信していた。幼い、とは言っているが、前世での記憶も持ち合わせているため、精神年齢的には成人済みと変わらなかったが。
成長していくにつれ、その才能も完璧なものへと変わっていった。
異世界転生といえば、チート無双だろう。地位も名誉も、全て自分のものにしたい。そうできる。そのためだけの才能はすでにこの身に宿っているのだから。
14歳になった頃、騎士団に入ることにした。この溢れる才能を使い、冒険者として無双をするのも良いが、国のために戦い、王を守り、地位と名誉、全てを手に入れたいと、そう思った。
騎士団に入ってからは順調だった。順風満帆な人生とは、こういう物を言うのだろう。本気でそう思っていた。騎士団の中では圧倒的に剣技が優れていた。騎士団の中では圧倒的に魔法の才能に溢れていた。
このまま、幸せな人生を送るんだ。無双して、このまま伝説の【勇者】となり、結婚して、死ぬんだと。そう、思っていた。
——新たな【英雄】の誕生に、全ての民が歓喜していた。ニセモノの英雄なんか、既に忘れ去られていた。
「……許せない。アイツの方がニセモノの英雄だろ」
口から憎しみの言葉が溢れた。そこは、お前の居場所ではない。歯をギリギリと噛み締め、殺意がみなぎる。
絶対に許さない。お前を必ず、その場から引きずり下ろして見せる。
◇◇◇
とある事件をきっかけに、ベッドから動かない生活が続いていた。動くとしたら、トイレと風呂だけ。風呂の場合は食事同様、ヴェルナスに付き添ってもらう生活を送っていた。
「新しい英雄とやら、今は王都に来ているんだってな」
「あぁ、そうだよ。つい昨日、私も顔を合わせた」
食事の手伝いをしながら、ヴェルナスが応える。ヘクトルが新しい英雄について興味を示しているのは前々から分かっていた。
スープをすくい、スプーンをヘクトルの口へと運ぶ。彼はそれを受け入れ、口を開け、咀嚼し飲み込む。
「……俺も、会ってみたいな」
その声色を聞くに、ただ単純に興味を持っただけのように聞こえた。自分から英雄の名を奪った男に対し、そんな純粋な興味を示せるだろうか。いや、彼は心優しい“元英雄”。きっと、本当に純粋な気持ちなのだろう。
「ヘクトルが興味を持つなんて、中々珍しいね。散歩がてら、明日にでも会いに行ってみるかい?丁度、非番なんだ」
「ありがとう。いつもゴメンな」
盆に乗っていた食べ物を全て平らげ、ごちそうさま。と一言伝えると、明日に備えてベッドに横になった。
「アイツを英雄の座から下ろすために、どうすべきか——」
殺す。なんて物騒なことはしたくない。証拠を消すのは簡単だが、居なくなった英雄を永遠と探し続ける輩が現れてしまうだろう。そうなった場合、“黎明の神子”のような、面倒な連中になってしまう可能性が高い。それが一番最悪だ。そういえば英雄、キリュウ・カイト。彼は、自分と同じように異世界転移してきた日本人だろう。それならば簡単だ。
——日本へと帰せばいい。
かつて、この世界に日本から異世界転移してきた男がいた。その男は、どうしても日本へと帰らなければならぬ。そういい、帰る方法を探し求めていた。そして、最終的には故郷へと帰ることができたという。
その方法を探すんだ。見つけるんだ。
そして、
——俺がまた【英雄】となるんだ。
◇◇◇
早々と朝食を済ませ、顔を洗い、街へ飛び出す準備をする。
久しぶりに部屋着以外に袖を通した。
騎士団に所属している人間は非番の場合でも剣を腰に備え、騎士団の人間だとわかるように最低限の格好をしなければならない。今となっては、剣を備えていたとしても使うことができないのだが。
騎士団の決まりなので、仕方なく相棒を手に取る。
「久しぶりだな。何もかもが」
騎士団の証であるその服に腕を通し、剣を備え、新しい英雄に会いに行く準備を終える。カイトが英雄として名を馳せる少し前から、ずっと引きこもっていたのだ。最後に外に出たのは1年以上前。
あの任務の時だ。
強い風が吹く。前までは心地よいと感じでいたそれが、今では苦痛を思い出す最悪のトリガーとなってしまった。
風に打たれ、あったはずの場所に存在しない“ソレ”が、バサバサと揺れる。
「あそこだよ。英雄、カイト様とはここで待ち合わせをしているんだ。さあ、椅子に座って休もう。飲み物も好きなのを頼むといい」
具合が悪くなってきた所で、ヴェルナスが声をかけてきた。ずっと側で支えてくれた彼は、誰よりもヘクトルを理解してくれる人間となった。
きっと、これも具合が悪そうなのを察して声をかけてくれたのだろう。
「そうか、ありがとう。やっと新しい英雄様に会えるんだな」
笑みが溢れた。ここで英雄を説得し、日本へと、アイツの故郷へと帰すことができれば……英雄の称号はまたこの手に戻ってくるはずだ。必ず方法を見つける。
そのためにも、英雄本人の力も借りなければならない。
椅子に腰掛け、注文を済ませた。
少し、緊張している。噂でしか聞いたことがない“英雄”という称号を持つ男。彼もヘクトルと同じようにその立場から離れたくないのだとすれば、殺すほか無くなってしまう。
「お、ヴェルナスじゃん。もう付いてたんだ?やっぱ騎士様って思いやりの精神が凄いんだな。尊敬尊敬」
座って休んでいると、知らない声が話しかけてきた。敬語も知らない子供か。
……いや、ヴェルナスを知っている。
それなら、こいつが——
「こんにちは、アンタがヘクトルさん?俺の名前は桐生絵斗。ヴェルナスにはお世話になってんだよ。まあ、2日前に出会ったばっかなんだけどさ」
「英雄……」
この礼儀知らずな男が、新しい英雄。コイツが。こんなふざけた奴が?巫山戯るな。英雄の名に相応しくない。
コイツさえ居なければ。この場ですぐにでも殺してやりたい。コイツの存在を消してやりたい。俺の居場所を奪った張本人。
許せない。許せない。
「どうしたんだい?ヘクトル。キミが会いたがっていた英雄様だよ」
カイトの目を見つめ、何も言わずに数十秒の沈黙。殺意が相手に伝わらぬよう抑え込むことに必死過ぎて、言葉を交わすことを忘れていた。
「す、すまない。……申し訳ない。僕の名前はヘクトル・エルカディオン。名前くらいは聞いたことがあるといいんだけれど」
ヴェルナスに対する態度とは違い、表情を作り、できる限り丁寧な言葉で話しかける。一つに括られた青く長い髪を後ろに払い、敬意を評した態度で言葉をかけた。
「勿論、知ってるに決まってんじゃん!超絶有名人でしょ?ヘクトルさんって!」
少し興奮気味で応えるその男は、机に両手を叩きつけ、前のめりになってこちらを見つめてくる。
まるで憧れの有名人にでもあったかのような様子だった。
「それより、ヘクトルさんなんよね?俺と会いたいって言ってくれたのは」
「そうです。英雄様の様々なご活躍をお聞きし、僕から一つ提案をさせていただきたいと思いまして」
「ヘクトル?一体、何を言っているんだい?ただ英雄に会って、話をしてみたいだけだと言っていたのに…」
黙れ。と言わんばかりに、ヴェルナスの前に手の平を出し、言葉を静止した。
「英雄様は、異世界から来られたとお聞きしています。この国では、かつて同じように異国から転移してきたものがおりました。その者は、とある方法を使い、元の世界へと帰っていったそうです」
「——」
「僕は、英雄様を元の世界へと帰すお手伝いをしたいのです。勿論、英雄様のこれまでのご活躍はこの国の民として、とても感謝しております。ですが、突然こちらの世界に転移し、様々な事柄を押し付け、英雄と称して祭り上げられているのは、あまりにも……」
あくまで、突然英雄にさせられたキリュウ・カイトが可哀想だから。見た目的にもまだまだ若いと見える。そんな人間に、急に全てを押し付けるなんて。
我ながら熱烈な演技だと感心してしまう。
絶対に、元英雄としてその座から引きずりおろしたい。というのは悟られてはいけない。
「いいのか?帰っても。いいのか……」
突如見ず知らずの場所へと転移してき、与えられたたった一つの能力のみで様々な事柄を解決してきた。それは勿論、壮絶な苦しみを、痛みを伴ったものだろう。できる事なら、もうこんなことなんてしたくない。それが英雄の本音だった。
「勿論です。英雄様には既に、この国は幾度も救われています。これからも救い続けろなんて、そんなことは誰も思いません。僕が、誰にも思わせません」
左手を差し出し、言葉を続ける。
「僕が必ず、貴方を帰します」
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