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第2話 / 全13話
「その話、ワタクシにも詳しく聞かせてください」
英雄を説得している最中、あと人押しというところで見知った顔の女が割り込んできた。
その女は一つ空いていた椅子に腰掛け、自分用の飲み物を注文し始める。図々しいにも程がある。そんなことを思いながら声をかけた。
「これはこれは、お久しぶりですね。カリスタ。英雄のお供として、名を馳せているそうじゃありませんか」
昔から凄い人だと思ってたんです。なんて笑顔で伝えるが、カリスタは眉をひそめる。
「気持ちの悪い話し方をやめてくださいませんか?ワタクシ、貴方のその話し方嫌いなんです」
約一年ぶりの感動の再会というわけにもいかず、英雄のために作っていた外面を真っ向から否定された。
仮面のように貼り付けた笑顔が少し崩れ、言葉に詰まる。
「え、ヘクトルさんっていつもこんな感じなんじゃねえの??いいよ別に、いつも通り話してくんね?それに、英雄様とか言う呼び方照れくさいからやめてくれ。カイトでいいよ」
瞼がピクリと動いたのがわかった。こんなことで怒りを覚えていたら、この先やっていけない。少し呼吸を落ち着かせてから、また口を開く。
「じゃあ、お言葉に甘えて、いつも通りの感じで話すことにする。カイト、俺のこともヘクトルでいい。改めてよろし」
「で?カイトを元の世界へと帰すとは、一体どういうことなんですか?」
言葉を言い切る前に、話を遮られた。
英雄を元の世界に帰す。やはりそんな大事件、お供としては聞き捨てならないのだろう。
「カイト様は今まで様々な事柄を解決してきました。英雄としてはもう充分な程に活躍されています。これ以上頼るのではなく、彼の居場所に帰すのが私たちのできる最善の恩返しなのではと、そう考えているんです」
もう一度説明するか、と口を開こうとするが、ヘクトルの代わりにヴェルナスが颯爽と説明をしてくれた。
「まあ、一理ありますね。カイトはどう思っているのですか?」
カリスタは熱を帯びた視線をカイトに向けている。
……なるほど、惚れているのか。
帰らないでくれ、そう目が訴えているのがわかった。
あと一押しというところだったのに、この女はいつも邪魔をしてくる。
「俺は、俺は。正直に言えば帰りたいよ。なんでこんなことしなきゃいけないんだって、そう思ったことは一度だけじゃない」
——いける。
「……でも、今はまだ帰れない。」
「なっ、何故?? 今すぐにでも帰りたいんじゃないのか??」
思っていた通りに物事が進んでいる。そう油断していた矢先に、思いがけない言葉が耳につんざく。
「俺、やらなきゃいけないことがあるんだよ。どうしても、やらなくちゃいけない。それが終わってからでも良ければ、帰るのを手伝ってくれないか?」
これだけ英雄として称えられてきたのに。伝説の勇者だとまで言われているのに。まだなにかやることがあるのか??
……いや、でもそれでいい。
今すぐに帰りたいと言われても、その方法がまだ分かっていない。それなら、そのやりたい事とやらを手伝うついでに調べていけばいいじゃないか。
「分かった。じゃあ、こういうのはどうだ?そのやりたい事とやらを俺が手伝う。カイトの故郷への帰り方も、まだ調べ始めた段階なんだ。だから、そのやりたい事を手伝いながら一緒に調べて回る。戻り方を調べるにも、多分俺だけじゃ厳しいからさ……。お互いの目的のためにも協力をし合わないか?」
「いいのか??! あの“神滅の魔剣士”ヘクトル・エルカディオンが手伝ってくれるのなら、心強い!」
——神滅の魔剣士。久しぶりに呼ばれたその名に、心臓が締め付けられる。もう、剣は握れない。騎士として呼ぶにも不相応な人間になってしまったのに、まだその名で呼ばれることがあるとは。
「あぁ、勿論。剣はもう握れないが、魔法はまだ使える。きっと役に立って見せるさ。それでは、交渉成立ということでいいか?」
左手を差し出しながら、最後の確認を取る。これで了承されれば、コイツを英雄じゃない、ただの人間に戻すことができる。俺が、ただの人間から英雄に戻ることができる。
「剣が握れない…? いや、魔法使いとしてもとても優秀だと聞いてる。改めて、これからよろしくな、ヘクトル!」
満面の笑みで、警戒心というものを知らなそうな顔で手を握り返してくる。
勝った。これで、これで俺は——。
「よろしく、カイト」
◇◇◇
一度家に帰り、旅へと出かける準備を始める。日用品、金、そして剣。もう使えないことなんて充分理解しているはずなのに、やはり騎士として備えておかないと気がすまない。
「ヘクトル。申請が通れば、すぐにでも追いつく。無理だけはしないでくれ。」
準備の手伝いをしてくれたヴェルナスが、心配そうに声をかけてきた。ヘクトルと違い、毎日騎士としての努めを果たしているヴェルナスは急な思いつきで旅に出ることは出来ない。
「心配するな、大丈夫だから。……どうしてもヤバくなったら、最終手段を取るだけだ」
「それがダメだと言ってるんだ!」
急に大声で怒鳴られ、全身の毛が逆立つのがわかった。荷物を詰めていた左手から物が落ち、手が震え始める。
「ぁ…。すまない、違うんだよヘクトル。キミが心配で仕方ないんだ」
「分かってるよ。ありがと」
誰よりも心配してくれているのがわかる。わかっている。
「俺の方こそ、ごめんな」
心の底からの本音を零し、力いっぱい抱きしめた。
コンコンコン。
「おーい! 準備できてるかー?」
3回のノック音と共に、元気な憎き男の声が聞こえてきた。
もう少しヴェルナスとの時間を過ごしたかったが、これ以上遅くなると日が落ちてきてしまう。
旅に出る準備は全て終え、荷物を持ち、剣を腰に備え立ち上がる。
「終わってる。思ってたより早かったな」
ガチャリと扉を開き、黒髪の男と目が合う。微笑んでから目を逸らし、外に視線を移す。
——今日は風が強そうだ。
「それじゃあ、行ってくる。待ってるからな、ヴェルナス」
約18年間、殆ど毎日顔を合わせていた男と離れることになるなんて。最近は食事の際も、風呂の際も、いつも手助けをしてもらっていた。また会える。たった数日離れるだけだ。それなのに、何故か足が進まない。
お家を、出たくない。
離れたくない。
「ヘクトル。左手を出してくれないか?」
ヴェルナスから差し出された手に、言われた通り左手を重ねた。
薬指に冷たい感覚が伝わる。
「……行ってらっしゃい」
◇◇◇
家を出て、街を出て、ただまっすぐ、道を歩いていく。
「ちなみに、聞くのを忘れてたんだが…。カイトのやらなきゃいけないことって、一体何なんだ?」
この協力関係において一番重要な所を聞き忘れ、自分の策略が成功したことに喜び、簡単に承諾してしまった。もしこれで世界を滅ぼす、なんて言われたらどうしてしまおうか。
そんなことを考えながら返答を待つ。
「黎明の神子って知ってる?いや、知らないわけねえわな。俺は、そこの神子アリステラって人を救いたい。その為に、黎明の神子を壊滅させたいんだよ」
——黎明の神子。
非道な連中だというのはこの国の人間なら皆知っている。知らないはずがない。
ヘクトルも、その連中の恐怖を知っている一人だった。
なんで、よりによって黎明の神子なんだよ。右手が震える感覚がある。痛い。熱い。
「ヘクトルと俺ならやれるよ。心配すんなって!」
軽くそう言うカイトに対し、怒りを覚えた。
いや、常に怒ってはいる。だが、いつも以上に舐めた態度なのが許せなかった。
「いや、二人だけじゃ流石に無理だ。まずは一緒に戦ってくれる仲間を見つけないと」
本当なら絶対に手伝いたくなんかない。
あの日の痛みも、血の匂いも、あの声も、全てが頭にこびりついて離れてくれない。
でも、もし倒せたら?
黎明の神子を壊滅させれば、また俺を【英雄】と呼んでくれるかもしれない。どうせ戦うのは俺なんだ。手柄も俺のものになる。
本当は嫌だ。怖い。
それでも、
——また英雄になれるなら。
「絶対に壊滅させるぞ、カイト」
「あったりまえよ!」
ここで覚悟を決めないと、きっと何も変わらないままだ。
◇◇◇
新たな仲間を手に入れるため、まずは村に行かなくてはいけない。黎明の神子の情報も聞き出したいが、地図も何もなく、近くに村があるかどうかもわからない。
自分は計画性のない人間だということを、今更思い出してしまった。
周りには草や木、野生動物がいるだけ。近くに人が住んでいるような様子はない。
——草が、爆ぜた。
「 風 」
短い一言。
その瞬間、空気が“反転”した。
現れた魔獣の巨体が、踏み込みの勢いごと宙に持ち上がる。
抵抗もなく、まるで見えない手に掴まれたように浮いたまま——
空中で裂ける音が響いた。
次の瞬間、原型を保てていない肉片が飛び散る。
「この感覚、久しぶりだな」
何事もなかったようにヘクトルは手を下ろした。
戦闘など一年以上していなかったはずだが、体は毎日していたかのように自然と動く。あんなに、戦いが怖かったはずなのに。
「すっごぉ!! やっぱ最強は違うなあ! マジでかっけえ!」
先程まで少し後ろで見ていた男が、駆け足で寄ってきた。
「俺は戦闘がダメダメだからさ。マジで尊敬してるわ」
カイトは頭をポリポリとかきながら苦笑していた。
——戦闘がダメダメな英雄など、聞いて呆れる。
◇◇◇
歩いても歩いても、村が、街が見つからない。久しぶりの外出だったヘクトルは体力が落ち、倒れそうなほどフラフラの状態で歩いていた。
「このまま何も宛がなく歩いていても意味がない。動物に聞いてみよう。なにか教えてくれるかもしれない」
「動物にって、え? 動物の話すことわかる感じ?」
すごいすごいとはしゃぎながら、どんな感じで話せるのか、どんな動物でも大丈夫なのか、と質問が止まらない。
ヘクトルはそれを全て無視し、周りを見渡していると一羽の鳥を見つけた。
闇魔法で鳥籠を作り、素早く鳥を捕まえる。
抵抗も出来ずに囚われの身となったそれを手元まで持ってき、額を鳥籠へと当てた。
「さて、見せてもらおうか」
目を閉じ、籠の中の小さな鳥と意識を共鳴させる。見たもの、匂い、聞こえた音。今までの全ての感覚をこの身で感じる。
これは、肉を焼く匂い。近くに村がある。
人の声。西の方角。
あとは、あとは何か感じれるものはないか。
——風を切り、空を飛び回る感覚。
「——っはぁ! ゴホッ、けほっ、ぅ…」
ヘクトルは膝から崩れ落ち、右肩を抱え込むようにうずくまった。
鳥との感覚が切断され、自分の感覚へと意識が戻る。
闇魔法で作られた鳥籠は消滅し、囚われていた鳥は空へと飛び去っていった。
強い風が吹く。
先程までは感じていた感覚が、今はもうそこに存在していない。
自分の体には“ソレ”が無かった。
「おい! ヘクトル、大丈夫か!?」
心配しているカイトの声が聞こえてくる。
うずくまった体は動かない。動きそうになかった。
あぁ……
——風が、怖い。
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