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第12話 / 全13話
「ヘクトル!」
宿の扉が勢いよく開き、白銀の髪の少女が飛び込んできた。
「聞いた? さっきの声!」
「あぁ」
ヘクトルはベッドから起き上がり、アリステラに体を向けた。
普段はキレイに整えられているさらさらの銀髪は乱れ、胸が激しく上下している。
先程の話を聞き、動揺しているのだろう。
……旧礼拝堂。ローデルの外れにある、かつて黎明の神子が使用していたとされている古びた建物。
確かに、奴らにとっては都合の良い場所だろう。
「ヘクトルは、罠だと思う?」
不安そうにこちらを見つめてくる赤く綺麗な瞳。
「思う」
「即答ね…」
二人だけで来い。なんて言われ、罠じゃない方がおかしい。
何故俺を呼び出すのか。相手の目的は分からないままだが、向かわないという選択肢もない。
正直、貴族のことはどうでもいい。この街に住んでいる貴族の殆どは違法な取引に手を染めている。
証拠が掴めず取り押さえることが出来ていないだけで、極悪非道な連中だと言うのは誰もが知っていた。
貴族が連れていかれた時、街の住民に被害はなかったという。
誰も、貴族達を守ろうとしなかったのだろう。自業自得といえばそうだが、“英雄”はそんな貴族を守るために行動したらしい。結果だけを見れば守りきれてはいないものの、誰が相手だろうが守ろうとした。行動をした。
「……俺とは、大違いだな」
◇◇◇
「アタシ達は行かない方が良いみたいね」
カイトとエルミナも合流し、四人で食卓を囲んでいた。
普段なら三人前も軽々胃に収めるカイトだが、今日に限っては見る影もないほどに腕が動かない。
「どうしたの? カイト、体調でも悪い?」
無理して食べないでもいいわよ。と心配そうに声をかけるアリステラ。それに応えることもなく、ゆっくりと食事をするカイト。
どうせ、何もできていないことに対して後悔だの罪悪感だの感じているんだろう。自分は英雄なのに、なんて馬鹿みたいなことを考えているに違いない。
本当に、どこまでも癪に障る男だ。
「カイトとエルミナには、街の見回りを頼みたい。連中の考えることが完全にわかっていない以上、一般人に対しても何かしら仕掛けてくる可能性が充分にある」
「えぇ、わかったわ」
エルミナは頷き、食事を進める。
「アリステラのことは俺が守る。今、お前の役割を考えろ。馬鹿みたいなことを考えてる暇なんてない。わかるよな、英雄」
「あぁ、わかってるよ」
「……」
カイトの分かってなさそうな返事を聞きながら、ヘクトルはスプーンを口へと運ぶ。
「エルミナ、カイトが変な動きをしないようにしっかり見張っといてくれ」
「はぁーい。わかったわ」
「変な動きなんてしねぇよ! ちゃんとわかってるから、別に見張らなくても……」
机に両手を叩きつけ、勢いよく立ち上がるカイト。
嘘をつくのが下手な男だな。
「死ぬのも禁止だ。エルミナがそばに居るからそんな機会なんて来ないとは思うが、一応な」
「……」
カイトは下を向き、そのまま口を開くことはなかった。アリステラが心配そうにカイトを見つめている。
「私のことは気にしないでね。カイトは、街の人をちゃんと守ってあげて。あ、無理だけはしちゃダメよ?」
めっ、とカイトに指を指す。まるで、子供に対する接し方のようだ。
気付けば机に並ぶ食器は全て空になっており、腹の空腹も満たされていた。
「じゃあ、まかせたからな」
「本当に、無理しちゃダメだからね!」
「えぇ、いってらっしゃい」
「……」
代金を支払い、アリステラと共に旧礼拝堂へと向かい始めた。
◇◇◇
ローデルの街並みは、とても整備されている。綺麗な建物、美しい街並み。
初めて来る人間は皆口を揃えて言う。
“ここはこの国で一番綺麗な街だ”、と。
だが、綺麗なのは貴族たちが通る表だけ。裏通りに入れば、薄汚い建物が並んでいる。
旧礼拝堂も裏通りを進んだ先で、廃墟に囲まれ異様なオーラを放っていた。
薄汚い建物の間を抜け、周りを警戒しながら足を早める。
——付けられている。
人数は一人。
黎明の神子の人間か?二人できているかどうか、監視しているとか。……いや、違う。
「ねぇ、ヘクトル」
アリステラが言葉を発した。
ピシッ——
空気が凍る音。
反射的にアリステラの肩を掴み、後方へと引き寄せた。
目の前を巨大な氷槍が、何かを破裂させたような騒音で通過する。それに巻き込まれた廃墟が形も残らず抉られていた。
アリステラの方に目を向けると、顔を真っ青にしながら体を震わせている。
明確な、殺意。
先程からつけてきている人間の仕業だろう。信徒かと思っていたが、先程の攻撃……
——“氷魔法”
この世界には七種類の魔法が存在するが、氷魔法なんてものは存在していない。
だが、高精度の水魔法を扱う人間が温度を調節し、氷魔法を生み出したという。その魔法を使えるのは生み出した本人だけ。
足音が近付いてくる。ゆっくり、一歩ずつ。
「神子、アリステラ。見つけた」
紺色の長髪を靡かせながら現れた女。氷の粒が周囲を舞い、視線はアリステラから離れない。
噂には聞いていたが、本人と顔を合わせるのは初めてだ。
「お前、“セレナ・アークライト”だな」
ヘクトルはアリステラを庇うように前へと立つ。
「どいて。黎明の神子を壊滅させないといけない」
氷の粒が一つの大きな塊になり、ヘクトルを目掛け放たれた。
「右目を狙うなんて、性格悪いだろ」
ヘクトルは体を動かさず、ただ真っ直ぐとセレナの方を向いている。
「勝利に貪欲なだけ」
放たれた氷塊が眼帯に触れようとした瞬間、ただの水へと変わった。
バシャ、と音を立て、地面へ零れ落ちる。
「……ハズレ属性」
「意外と便利だぞ、火属性」
ヘクトルの周りには無数の青く光る火の粉が輝いていた。
「俺たちも目的は同じ。コイツは、あの神子アリステラとは別人なんだよ。見た目も似ていて名前も同じではあるんだが」
「……」
セレナは応えない。ただ、黙ってアリステラを見つめている。
白銀の髪。赤い瞳。顔立ちもよく似ている。
——だが、違う。
神子アリステラは、追い詰められた時ほどよく笑う女だった。“神から与えられし試練”だと、喜んでいた。
敵を前にしても、決して怯えることはない。誰かの背中に隠れることもない。助けを求めることもない。
なのに、目の前の少女は違う。先程から何度もヘクトルの様子を窺っていた。
まるで、答えを探す子供のように。
「そう……じゃあいい」
地面に落ちた水を鋭い槍へと変え、アリステラの首元へと向かっていたが、あと少しというところで消え去った。
「信じてくれるの?」
突然殺気が消えた女に対して、警戒しながら問いかけるアリステラ。
ヘクトルはふと視線を落とすと、アリステラの手が小刻みに震えていることに気付いた。
体の震えは収まったものの、まだ恐怖心は消えていないのだろう。
ゆっくりと手を伸ばし、震える彼女の手を握った。
「嘘をついてるようには見えないから。アンタ達、他にも仲間はいる?」
「あと二人。戦闘ができる訳じゃないが、回復の腕が良い人間、そして現英雄様。今は街の見回りを頼んでるところだ」
「もしかして、エルミナ?」
「えぇ、知り合いなの?」
セレナは目を見開き、数秒の沈黙のあと口を開いた。
「……ワタシは戻る。今街を襲われたら大変なことになるから」
地面を蹴り、靴底には氷の刃が現れる。
セレナは地面を削りながら、街の方へと去って行った。
氷魔法、中々応用が効きそうだな。
「こ、怖かった……」
声を震わせながら、アリステラは呟く。握っていた手の震えは収まったようで、ありがとうと感謝を述べられ手を離した。
はぁ、と息を吐いたあと、アリステラは勢いよく自分の顔掌で叩いた。
「こんなことで怯えてちゃダメよね! 今から敵に会うんだもの、しっかりしなきゃ!」
先程まで泣き出しそうな顔で怯えていたとは思えないほどに元気な声で、やる気に満ちた顔でそう話す彼女。
「ふっ……」
「何笑ってるの! 私は本気で、頑張ってるのにー!」
頬を膨らませるアリステラ。
その姿を見て、ヘクトルはまた思わず笑みが零れた。
笑ったのはいつぶりだろうか。昔は、よく笑う人間だった。
くだらない話をして、バカみたいなことで笑って。
ヴェルナスやカリスタをよく困らせたもんだ。
あの時は、そんな幸せな時間が永遠に続くものだと思っていた。
だが、全てを失ってからは何もかもが変わってしまった。
英雄では無くなり、ヴェルナスとの会話も殆どなく、ただ毎日ベッドの上から窓の外を眺めるだけ。
あの日から、ヘクトルの時間は止まったままだった。
……それでも今は、仲間達のおかげで少しだけ前に進めているような気がした。
隣で怒るアリステラを見ているとなんだか懐かしい気持ちになり、また笑みが溢れる。
——気付けば、最初にアリステラへ抱いていた疑念は信頼へと変わり始めていた。
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