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第11話 / 全13話
酒場という場所は嫌いだ。
騒がしく、酒臭い。酔っぱらいに絡まれると面倒だ。
叶うことなら一生足を踏み入れたくないと常に思っている。
……だが、情報だけはどこよりも集まる場所。
「聞いたか? 黎明の神子の連中が、二日後ローデルに現れるんだと」
耳に飛び込んできた“黎明の神子”という言葉。口元まで運んでいた酒杯を置き、聞き耳を立てる。
隣の席では商人らしき男たちが噂話に花を咲かせていた。
「おいおい、そんな簡単にあいつらの情報が手に入るわけないだろ!」
「いや、今回は本当らしいぜ? 貴族の護衛依頼まで出てるって話だ」
「へぇ? で、それはどこからの情報なんだよ」
「知らねえよ! 噂で聞いただけだ!」
信憑性の欠片もない会話。
酒杯を手に取り、ゴクゴク、と残りを勢い良く飲み干した。
席を立ち、少し多めに代金をカウンターに置いてから出口へと足を進める。
「少し多いぞ、姉ちゃん」
店主の声掛けには振り返らず、質問を飛ばす。
「ローデルまでは、どのくらいで着く?」
「馬なら二日掛からないくらいだ。徒歩でなら三日かそれ以上ってとこだな」
「そう。なら、その多い分は情報代」
その返事を聞くと、店主は苦笑した。
「まさか、噂を信じたのか?」
足を止め、小さく呟く。
「信じた訳じゃない。ただ、確かめに行くだけ」
酒場を出ると、すぐにローデルへと進み始めた。店主曰く、徒歩だと三日ほどだと。
なら、明日にはつくことができるだろう。
地面を軽く蹴った。靴底から“氷”が伸びる。
刃のように鋭く形成された氷が石畳に触れた瞬間、足元だけが薄く凍りついた。
靴底を覆う氷の刃が地面を削る。体が風を切り、白い霧が一直線に伸びた。
「風が気持ちいい」
蹴る。滑る。蹴る。
紺色の長い髪を靡かせ、馬ですら追いつけない速度で疾走した。
◇◇◇
一日も経たずにローデルへと着いた。
大きな門を潜り、街へと足を踏み入れる。
街の様子はいつもと変わらない。住民は皆いつも通り過ごし、混乱している様子も無い。
黎明の神子の噂はやはり嘘だったのか。
だが、連中の噂が流れることなんて今までほとんどなかった。やっと手に入れた手掛かりが、ただのイタズラだなんて腹が立つ。
それに、イタズラだとしても誰がこんな事を、なんの意味があってしたのか。
違和感を覚えながらも、情報を得るため酒場へと向かう。キレイな建物が並ぶ街。どこを見ても、ただの日常しか目に入らない。
「そういえば、貴族を狙ってる連中が来るらしいね」
ふと耳に入ってきた会話。
「あぁ! そうだよ、もうすぐ黎明の神子が来るらしいね。ようやく“天罰が下る”のか」
“天罰が下る”?
「アイツら、好き勝手しすぎたのさ。三年前に一度大人しくなったと思ったのにねえ。最近は本当に酷いよ」
「……」
歩いていると、酒場についた。古びた看板に、“サカバ”とかすれた字で書いてある。
店内に入り、ギシギシと音を立てる椅子に腰掛けた。
周りを見渡すと冒険者らしき人間が、十人ほど酒杯を交わしている。
酒臭い匂いに不快感を覚えながら、メニューの一番下に大きく書かれているリンゴジュースを一杯頼んだ。
「聞いたか? もうすぐ信徒達が来るって話」
信徒という言葉が聞こえた。
目を瞑り、耳を傾ける。
「そりゃ知ってるだろ! この街じゃ、知らねえやつなんてもういねえよ! 貴族達は護衛付けてるって話だけど、信じてねえやつもいるんだってなあ」
「俺は信じてねえぜ? あの黎明の神子達が情報漏らすはずねえじゃん!」
そう、奴らが情報を漏らすなんてこと、今までに無かった。ただの噂だと流すのが普通の反応だろう。
だが、今回はなにか違和感がある。
誰かが、意図的に噂を流しているような——
「でもさあ、誰かを誘き出すために噂を流しているって説もあるらしいぜ?」
誰かを“誘き出すため”?
「ほら、最近神子アリステラに似てる人間が冒険してるって話だ。それを誘き出そうとしてるんじゃね?」
「おまたせ、お嬢ちゃん。リンゴジュースね」
目を開くと、そこにはリンゴジュースが置かれていた。木製のジョッキを手に取り、口元へと運ぶ。
程よい甘さの濃厚なリンゴジュース。
「美味しい」
「だろ? うちの自慢のリンゴジュースなんだよ。ただ、ここに来るやつはほとんど酒目当てだから、出番は少ないんだけどな」
心の中で思ったはずが、口に出てしまっていたらしい。
ハッと手で口元を抑え、店主に目を向ける。
「アンタ、見ない顔だけど……あの噂を聞いて来たのか?」
「そう。ワタシは信徒を追ってるから」
一口、二口と、どんどん喉に流していく。
「奴らが狙ってるのは貴族だけって話だ。今回は手を出さないほうがいい」
「何故? 貴族が狙われているなら助けなくてはいけない。そうでしょ?」
はぁ、と店主はため息をつく。
「ここの街の貴族は腐ってる。噂を聞いた奴は皆当然の報いだと思ってんだ。どうか、手を出さないでくれないか」
無事に貴族達が狙われ、痛い目を見る為に邪魔をするなと。
「約束はできない。ワタシは奴らを潰さないといけないから」
気付けばジョッキの中には一滴も残っておらず、全て胃の中へと飲み込んでしまっていた。
代金をカウンターに置き、酒場から立ち去った。
◇◇◇
いつの間にか外が暗くなっていた。
宿を取り、ベッドで横になる。
連中が来るのは二日後。
ふと、一人の女の顔が頭をよぎる。うぐいす色の髪、無駄に豊満な胸。そして、“水色の魔法石”。その姿を思い出した瞬間、眠気が少し遠のいた。
——本当に、迷惑な女だ。
胸元に光る同じ見た目の魔法石を握り、目を閉じる。
いつも邪魔をして来た女。
胡散臭く、うるさい女。
いつもならすぐに追いかけてきたはずなのに、なんで今回は追いかけてこないんだ。
感じたことのない感情が、胸を覆う。
「死んでなければ、話を聞くくらいはするか」
気がつけば、深い眠りへと落ちていた。
◇◇◇
目を覚ましたのは、昼が過ぎた頃だった。身支度を済ませ、宿を出る。
街の正門近くまで足を進め、入口が良く見える木々へと身を隠した。
黎明の神子が本当に来るなら、ここから街に入ってくるはず。視界に入った瞬間、叩く。
ただ、それだけだった。
門番達は交代を繰り返し、いつの間にか行商人も姿を消していた。
日が暮れ、闇が空を包む。
耳に入ってくる音は鳥の鳴き声のみで、人の気配は無い。
数時間経っても変化はなく、何かが現れる様子はなかった。
次第に辺りが明るくなってくる。
野生動物と自然の音しか聞こえてこなかったが、次第に人間の生活音が大きくなってくる。
「……来ない」
空を見上げると、そこには眩しい光を放つ円が、高い位置にまで昇っていた。
噂が嘘だったのか、あるいはまだ来ていないだけなのか。
どうだったとしても、今はただ待つことしかできない。今日一日ここで見張って……。
広場が騒がしい。
——まさか。
広場の方に視線を向け、目を閉じる。
異常な魔力量の人間が、二人。
奴らは、既にこの街へ侵入していた。どこから、なんて考えている暇はない。木々から飛び降り、広場の方へ体を向ける。
パラパラと氷が靴を覆おうとする、が。
「クソ……」
約半日の間集中を切らさず警戒をしていたせいか、上手く魔力を練ることができない。
仕方なく、石畳を勢いよく蹴り、地面を走った。
血痕、地面が燃えた跡。
「遅かった」
眼の前に広がるのは、戦闘の痕跡の残った広場だけ。信徒の姿も、戦っていた相手も見当たらない。
信徒と対立している人間が、自分以外にもこの街に来ていたのか。
それなら、今だけはその人達に任せよう。ワタシがすべきことは体を休めることだ。
この体調のままでは、ろくに戦うことも出来ない。
「……情けないな」
ひとまず宿に向かい、体を休めることにした。
◇◇◇
うるさい鐘の音が鳴っている。
今は何時だ?いつの間にか夜が明け、日が進んでいた。
窓から外を見ると、少しずつ人が集まってきている。
すぐに身支度を済ませ、広場へと向かった。
これから何が始まるのか、誰も何も知らない様子だった。
鐘の音は未だに止まらない。かれこれ十分程鳴らし続けている。
昨日の混乱に乗じた誰かのいたずらなのではないか。そう話し始めた途端、一人の少女が無から現れた。
白いローブを纏った少女は、胸に黎明の神子の勲章が光っている。
……そうか、転移魔法で街の中に入ってきていたのか。
「神滅の魔剣士、ヘクトル・エルカディオン! 白銀の少女アリステラと共に旧礼拝堂に来なさい! 他の人連れてきたら殺しちゃうからねー!」
——白銀の少女アリステラ
その名を聞いた瞬間、広場の喧騒が遠のいた。
ずっと探していた、追い続けていた相手。
ようやく見つけた。
だが、分からない。何故彼女を探すのか、アリステラはこの女の味方のはずではないのか。
……いや、そんなことはどうでもいい。
「逃さない」
瞳の奥から憎しみが浮かび上がり、多量の魔力が全身から溢れ出した。
必ず奴を仕留め、黎明の神子を潰してやる。
胸の奥で感じた違和感を、殺意が覆い隠してしまった。
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