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第21話 / 全21話
翌日から、従業員の皆さんの接し方が変わった。
廊下ですれ違うたびに、「佐藤さんお疲れ様です」と名前で呼んでくれるようになった。
やっと受け入れられた、という感じ?
それに前に比べて、はっきりと妖の姿も見えるようになった。
ぐっと目に力を込めると、人の姿に重なるように、妖の本当の姿が浮かび上がってくる。
まあ・・・綿貫さんとかはあんまり変わらないんだけど(笑)
昨日の盗撮犯はあの後パトカーが来て、救急車で搬送されていった。
証拠として壊れたカメラが押収されて、僕が撮った証拠も携帯メールで送信した。
心なしか、インフォメーションセンターの皆さんの空気も変わった。一番変わったのは千代子さんのご主人の浩介さん。大浴場で昏倒してからは殆ど話すことがなかったのに、急に親しく声をかけてくれるようになった。
今日は、千代子さんと浩介さんの倭田夫妻に挟まれて和やかに仕事を進めている。
「佐藤さん、予約の仕事どう?慣れた?」
浩介さんが気さくに声を掛けてくる。
「はい、だいぶん慣れましたよ」
「そっか!良かった。判らないことあったらバンバン訊いて!」
「そういえば、浩介さんは今何の作業してるんですか?」
「ん、ワシ?来週の宿泊の手仕舞い」
「手仕舞い?そうそう、手仕舞いって何ですか?」
「手仕舞いってのは・・・その日の予約受付を締めて客室在庫を引き上げる作業ね」
客室在庫?あぁ、宿泊日の客室を商品在庫としてみてるのか、なるほど。
僕は浩介さんの作業する画面を見させてもらった。
『維新電信』の画面ではなく、ブラウザで開いた別の画面を操作している。
「これ何ですか?」
「これ、ネットに出してる旅行サイトの客室在庫を一括管理するやつね。佐藤さんたちが打ってる予約カルテもここから出力されてるんだ」
へぇ・・・そういうのはしっかりクラウドなんだ・・・ネット遅いから重くないんだろうか。
「作業、重くて大変じゃないですか?」
「重く?重いって?」浩介さんが不思議そうな顔で僕を見る。
「あー、動作が重たいっていうか・・・」
「へぇ、『遅い』じゃなくて『重い』っていうんだ、おもろいな」
「ははは、すいません」
「いやいや・・・そうだなぁ、確かに遅いけど、これが普通だし」
・・・普通じゃないよ(笑)
やっぱりネット回線がボトルネックだな。契約とか調べなきゃ。
* * *
いつもどおりノルマを終えて、お昼休み。
僕は昼飯を食べに従業員食堂に降りた。
・・・今日は『ハズレ』だ。
食堂のおばちゃんが「日本そばでラーメンを出す」やつだ。
しょうがない、今日はパンにしよう。
従業員食堂では、宿泊客の朝食に出して余ったパンや、予備で作ったパンをお昼に無人販売している。
全品100円。小さいパンは2個で100円で売っている。
欲しいパンを番重から取って、代金箱に取った分のお金を入れる、田舎でよくある野菜なんかを無人販売するスタイル。
透明な募金箱みたいな料金箱には、100円玉だけでなくなぜか1円や5円なんかも沢山入ってる。
ここにお金入れればいいのね。
僕はきれいに並べられたパンを覗き込んだ。
チョコクロワッサンに、クイニーアマンに、チーズタルト・・・甘いやつが多いのは、女性が多くて肉体労働主体の職場だからかな。しかし、今日の胃袋は総菜パンを欲している!
隅っこに、ソーセージが入った揚げパンや、ピザトーストがあった。これだ!
僕はソーセージ揚げパン、ピザトースト、カレーパンっぽい揚げパンをチョイスした。
財布から300円を取り出して、募金箱、じゃなくて代金箱に落した。
落ちた勢いで1円玉が中で弾けた・・・1円、多くない?(笑)
パンのお供はドリップコーヒー。
挽きたてをカップで入れてくれるタイプ。こっちも100円だ。
熱々のコーヒーを片手に、空いている席に座る。
最初はカレーパンっぽい揚げパンにかじりつく・・・ん?カレーじゃない。濃厚なコクの・・・ビーフシチュー!
なんじゃこりゃ?うめぇ!
—あっという間に平らげてしまった。
口の中には濃厚な牛肉とブラウンソースの余韻が残っているが、そのままピザトーストに噛り付いた。
こっちも美味い。
美味いパンをコーヒーで胃に流し込んでいると、パン売り場の前で綿貫さんがもぞもぞと何かしていた。
おもむろに代金箱を掴んで中の硬貨を覗き込み、小刻みに振ってジャラジャラと音を立てた。
その様子をじっと見つめていると、つぶれたアンパンがこっちを見た。
僕は最後のソーセージパンを咥えたまま、苦笑いしながら頭を下げた。
代金箱を両手に抱えたまま、綿貫さんがつかつかと僕に歩み寄って来た。
「アンタ!ちゃんと金払ったんだろうね?」
綿貫さんが僕を睨みつけたまま、代金箱を目の前に突き出す。
「え?もちろん。3個で300円、入れましたよ」
「そうか、ならええ」
(こわっ・・・)
「どうしたんですか?」
ソーセージパンを飲み込んで、料金箱を覗き込む綿貫さんにおそるおそる声をかけた。
「いっつもさぁ、金があわないんだよ!誰かがパンパクッてるんだよな!」
「パンだけに、パクっと?」
(ガシャン!)
軽い冗談のつもりだったが、直後代金箱が僕の頭に振り下ろされた。
「アンタも手伝いな!」
——その後、硬貨でギッシリの重たい代金箱を持たされて、綿貫さんと総務まで戻った。
総務のカウンターで、綿貫さんが代金箱の小銭を大きなトレーにぶちまけた。
「ほら、一緒に数えて!」
山盛りの小銭を、ひとつしかないコインカウンターに詰めていく。
・・・自動計算機、ないのかよ。
全部数えるのに二人がかりで10分かかった。
そりゃそうだ、コインカウンターひとつしかないし。
計算結果は、5,111円。
「おかしいですね」
「おかしいだろ? 番重が二つ空いてたから、60個くらい売れてるはずなのに、51個分しかない」
「つまり・・・小銭でごまかして不正にパンを盗っている従業員がいると?」
「前からちょっと合わないことはあったんだけどさあ・・・だんだんエスカレートしとるのよね」
「パン泥棒、とっ捕まえますか?」
「どうやって?」
「任せてください。実家にいいものがあるので、明日持ってきます」
* * *
翌朝、実家の玄関で使っていた小型のセキュリティカメラを、パン無人販売コーナーの天井に取り付けた。
「そんなもん付けたらバレるんじゃないか?」
持ち込んだ脚立の下で、綿貫さんがしかめっ面でこっちを見ている。
「そんな、スネークじゃあるまいし、そう簡単に気付きませんよ」
「スネーク?レッドスネーク?」
「へ?」
「・・・なんでもねえよ」
(ガンッ!)
へそを曲げた綿貫さんが、脚立を蹴った。
「おおおおぅおっっと・・・あぶ!」
あやうくバランスを崩して落ちそうになるが、天井に手をついてなんとか耐えた。
* * *
——夕方、あっさりと犯人が判った。
パン泥棒は、調理場のパートのおばさんだった。
手早くパンを10個ほど袋に詰め、財布から小銭をジャラジャラと代金箱に放り込む姿が映っていた。
「どうします?」
一緒に証拠を見ていた綿貫さんに尋ねた。
「鈴木課長に報告する。アンタも来て」
というや否や、僕の制服の袖をひっつかみ、上座席に座る鈴木課長のところへ。
・・・事情を説明すると、鈴木課長は僕には何も言わず、「会長と社長に報告しよう」と立ち上がった。
今まで気付かなかったが、役員室は総務課の真向かいの大きな鉄の扉の向こうにあった。
——コンコンコン。
「失礼いたします!」
頑丈そうな鉄の扉をノックし、先に鈴木課長が中に入った。
扉越しに、話し声が聴こえた後、綿貫さんと僕は中に通された。
扉の向こうは、意外と狭い空間だった。
手前の左側の机に、目が窪み骨ばった顔の秘書、藤乃さんが立ち上がって「奥へどうぞ」と通してくれた。
右側にも机があり、専務が座って仕事をしていた。
その奥にひときわ大きな机が3つ並んでおり、左から女将、会長、社長がこちらを向いて座っていた。
その後ろには、落ち着いたデザインの木製のキャビネットが壁を埋め尽くし、上には立派な神棚も設えてあった。
「どうした?何かあったんかね」
どっしりと構えた会長が、太い眉をハの字に曲げ、目を細めて笑いかけた。
きれいにオールバックに整えた白髪と大きな鼻。山伏の格好をしていれば、ひと目で判る大天狗様だ。
仕立てのよいグレーのスーツに身を包んだ姿は、「会長」という肩書きにふさわしい威厳をはなっている。
鈴木課長が一礼した後、会長に歩み寄った。
「会長、実は・・・」
僕と綿貫さんが、鈴木課長の後ろに控え、課長が報告するのを静かに聞いていた。
「——それで、処分はどうしましょうか?」
報告し終えた後、鈴木課長が会長に問いかけた。
それまで目をつむり、黙って聞いていた会長は、組んでいた腕をとき、両手を静かに机の上に置いた。
「注意はしとかんといけんじゃろうね。鈴木課長、料理長に本人を呼び出してそれとなく注意するように伝えとくれ」
「はい・・・会長、それだけで良いのですか?他の従業員に示しがつかないのでは?」
「そうじゃの・・・いまパンはいくらで売りよるんか?」
「1つ100円です」
鈴木課長の代わりに綿貫さんが答えた。
「100円か!それタダにはできんのか?」
「え?」
「会長、材料費からすると100円でも赤ですが」
「でも朝食の余りじゃろ?」
「はい」
「ならタダにせぇよ。食うに困ってそんな事するんじゃろうが?」
え?会長、そこまでする?
「いや会長、それは・・・確かに朝食会場から下げたパンですが、従業員用にも作って出してますので」
—それは初耳だ。余ったパンだけじゃなかったんだ。
「じゃ、下げたもんは無料、従業員用は50円にせえ」
ええぇ?マジ?
「はぁ・・・かしこまりました」 鈴木課長は渋々頷いた。
「いつからやれる?」
「では、来週からそう変更します」
「おう、頼んだよ」
会長の眉が再びハの字になった。
「おーそうじゃ、今パートさんの時給いくらかね?」
「部署によりますが、1,100円くらいです」
「ちゃんと昇給しとるんか?」
「ええと、最近は・・・」
歯切れの悪い鈴木課長を見据えた会長の眉が大きくつり上がり、大きな声を発した。
「昇給しとらんのか!何をしとるんか!なら半期のタイミングでええから、皆昇給させい」
「え!?」
鈴木課長が驚いて声を上げ、禿げ上がった頭が急に紅く染まった。
「みな物価が上がって生活がきついんじゃないか?じゃからそんなくだらん盗みもするんじゃろうが。鈴木課長、会社の利益の前に従業員の幸せもちゃんと考えんといけんぞ。ええな」
・・・会長の鶴の一声で、パートさんたちの昇給まで決まってしまった。てっきり懲戒解雇とかになるのかと思いきや、逆にパン無料に時給アップ?ありえなさすぎだろ・・・
「おー佐藤くん?最近大活躍らしいのう?」
会長が後ろに控える僕に声をかけてくれた。
「いえいえ、そんな大したことでは」
「こないだ言っとった『なんちゃらネット』の話、市長にもようゆうとったから。何億もかかるからどうとかいいよったけえの、ならワシが県にもゆうちゃるって言ったら恐縮しとったわ。じゃけえ、もう少し辛抱してくれの?」
マジで市長に!?って県にも言うって・・・会長何者なんだよ!?
「まあ、みんながわろうて仕事できるのが一番じゃ」
会長はいつものようにガハハ!と笑った。
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