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第20話 / 全21話
「これは・・・」
2台のサーバーラックの間に、古めかしい木製の電話交換台が壁に取り付けられていた。
その木製の枠の中に、四角い鉄板と無数の丸いピンを差す穴が並んでいる。
「昔使っとったもんやに。何で残しとるんか知らんけど」
石川さんが目を細めながら苦笑いを浮かべた。
「初めて見ました。なんか、歴史的な価値がありそうですね」
僕は木製の交換台に触れてみた。
すべすべとした手触りで、当時からかなり立派な作りだったことがわかる。
「あ、佐藤さんの右のラックが電話交換機で、左のラックがネットのラックやに」
そうだった、ここに来た目的はそっちだった。
ラックの扉を開けて中を確かめる。
電話交換機はメーカー製で、埃ひとつなくしっかりと手入れされ、古めかしい印象はない。
ネットの方も見たが、専業メーカー製のUTM、ルーター、L2スイッチが整然と並んでいる。こちらも、しっかりと手入れが行き届いている。
機器はまったく問題なさそう。やっぱり『回線』の方に問題があるのか。
「ネットが遅いのは、やっぱり回線が来てないからなんですか?」
「せや、TTNが光ファイバー引いてくれへんからね。ネットは市のケーブルテレビしかないんよ」
「ケーブルも光じゃないとか?」
「せや」
僕は頭を抱えた。
「そのリアクション、わかる~」
石川さんがカラカラと笑った。
「・・・これどうにかならんですかね」
「どうにもならん」
うーん、やっぱり・・・山神支配人のいう通り、会長に動いてもらうしかないか。
(ピリリリリ・・・)
突然、電子音が鳴った。
石川さんが、ポケットから白いPHSを取り出した。
「もしもし? うん・・・ええ? わかった!」
石川さんの顔がだんだんと険しくなり、最後は少し語気が荒くなった。
「どうしたんです?」
「覗きや・・・盗撮魔が出よった!」
「え?」
「佐藤さん、悪いけどフロント戻って、防犯カメラに映っとらんか調べてんか? 私ら、現場いってくるに!」
—直後、石川さんは風になった。
ものすごい勢いで交換機室の扉が開き、一陣の風が廊下を駆け抜けていった。
すげ・・・あんな風になるのか。
あっけにとられた後、我に返る。
おっと、急いで戻らないと!
* * *
ホテルの前を流れる『湯女泣川』、その対岸の林の中で、1人の中年男が彷徨っていた。
おかしい。
坂を登ればすぐ道路のはず。なのに、いくら登っても林の中から抜け出せないでいる。
男は大きな望遠レンズのついたカメラを抱え直し、木々に囲まれた林の坂道を上へと目指す。
まだ昼時だというのに、次第に周囲が暗くなり、視界が遮られた。
――突然、真っ暗闇の中に、おびただしい数の目が浮かび上がった。
その目は徐々に男の周囲を取り囲み、男の動きにあわせて微かに動く。
さらに男の周囲を取り囲むように風が舞い上がり、男の頬を何かが掠めると同時に、肩にかけていたカメラのストラップがスパッと切れた。
落ちた衝撃でパキッ!と望遠レンズが折れる音と共に、カメラは坂道をゴロゴロと転がり落ちていった。
(ひぃぃぃぃっ)
男は逃げようと坂を駆け上がろうとしたが、蔦に足を取られてバランスを崩し、倒れ込んだ。
次の瞬間、男の身体を無数の蔦が絡みつき、うつ伏せのまま地面に縛り付けられる。
暗闇に浮かぶ無数の目が男を取り囲みながら近づき、ついに男の目の前まで迫ってきた。
(なん・・・)
男は何か言おうとしたが、声にならなかった。
絡みつく蔦が男の首に伸びてゆき、ゆっくりと締め上げていく……。
(ぐぼっ!……ごほっ)
男の意識は途切れた。
* * *
僕は大急ぎでフロント裏まで戻り、巨大なプラズマモニターの下に置いてあった防犯カメラのリモコンを操作した。
何人かのスタッフが見守る中、僕は少し緊張しながら操作を続ける。
ふっるいシステムで、リモコンを操作しても反応がゆっくりすぎてもどかしい……。
それでも何とか細かく分割されたカメラ映像から、川向こうの林が映る映像を探す。
これでもない・・・これも違う・・・あった!
画面には、ホテル前から川を渡れるように点々と置かれた飛び石と、川沿いの遊歩道、その奥に続く林が映っている。たぶん、この映像の録画を辿れば、犯人が盗撮している映像があるかもしれない。
リモコンを操作して、該当するカメラの1時間前からの録画映像を倍速再生してみた。
映像は画質が悪く、ぼやけた映像が続く。
しばらく映像を見続けていると・・・林の中で、何かが光った・・・Cameraだ!
画質が悪くて顔まではわからないが、緑色のフードを被った男が大きな望遠レンズをつけたカメラを構え、2階の大浴場へ向けているのがわかった。
僕は映像を止めて、スマホを取り出して画面を撮影した。
「よっしゃ! 証拠掴んだ!」
思わず声が出た。
誰かが後ろから僕の方をトントンと叩いた。
振り向くと、安住支配人がニコニコしながら立っていた。
「お! 証拠掴めたね。上出来上出来」
安住支配人が近くのデスクの内線電話の受話器を取り、ボタンを押した。
「安住でーす。佐藤さんが防犯カメラで証拠をおさえましたよ。うん・・・あーそう。ハハハ・・・了解です。じゃ、こっちで通報しとくのでそのままにしといて~」
安住支配人が受話器を置き、皆に聞こえるように大きな声を上げた。
「犯人も捕まえたってさ。今、林の中で気絶してるから、そのまま警察に引き渡そう」
事務所の中で小さな歓声と拍手が巻き起こった。
スタッフみんなが足を止め、僕に笑顔で拍手を送ってくれた。
僕は手にしていたスマホを高らかに上げ、ガッツポーズした。
なぜかみんなその姿を見て爆笑していたが、それでも良かった。
ここに来て初めて褒められた。それが嬉しかった。
安住支配人が近付いてきて、耳元で囁いた。
(佐藤さん、たぶん『映っちゃいけないもの』が映ってるからさ、警察来たらそのスマホで撮った画像だけ提出してね)
映っちゃいけないもの・・・?
警察へ連絡し始めた安住支配人をよそに、僕は再び録画映像の続きを確認した。
しばらく見ていると、林の中で突然真っ黒な球体が現れ、木々がその球体を取り囲むように覆いかぶさった。
そして、そこに大きな鎌を備えた『かまいたち』が物凄い速さで黒い球体の中へ飛び込んでいく映像だった。
球体の中から、カメラの望遠レンズらしき筒が、コロコロと転がり出た。
その後、暗闇が晴れて林の中から3人の制服姿の男性たちが現れた。
フロントのイケメンボイスの男性と、ラウンジの阿良川さん、そして経理の石川さんだった。
なるほど。そういうことね。
僕は思わず笑ってしまった。
警察への連絡を済ませた安住支配人が、画面を見て苦笑いしながら両手を交差し、✕印を作った。
「それダ~メだって。元に戻しといてね。すぐパトカー来るから」
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