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第一部 ルー=ガルーの邂逅 / 第20話
「は、はい」
俯いた萌花の頭へ、ムサシが手を伸ばす。
壊れ物を扱うように、そっと撫でた。
――口の中に、苦くて酸っぱい味が広がった。
『普通』
さっきの声が、唇の動きが甦る。
イオリは薄く笑いながら、ノートを閉じた。
でも、立ち上がれなかった。
「先輩達、テスト終わったら修学旅行ですよね」
帰るタイミングを逃した、と思った。
いや、萌花は萌花なりに、席を立たない二人に気を遣って口を開いたのかもしれなかった。
「まぁ……ね。終わったらね。僕、日本史と社会史と化学やばそう」
「が、がんばってください、先輩」
「がんばりまぁす。立花さんはどう?」
「はい。あの……時々センパイが、勉強教えてくれるんです。がんばります」
「へー、良いね。めっちゃアオハルしてるって感じ」
「……モエの方が、頭良いと思う」
「待って。それだと、この三人の中で僕が一番頭悪いってことにならない?」
「そんなこと……」
「ほら~ムサシまた立花さん困らせてる~」
「お、小倉先輩、ちょっと、声が……」
ムサシは、何も言わなかった。
「そろそろ閉めますよ」
入り口に座っていた司書の先生が立ち上がった。
他の生徒達も、ノートを閉じて立ち上がる。
イオリは二人と別れて、いつも通り、一人で電車に乗った。
イヤホンから、洋楽が流れる。たしか、失恋の歌だ。
『今日の一位は、魚座のあなた
新しい一歩を踏み出すのにピッタリ
ラッキーアイテムは、赤い花』
車内ビジョンに、星座占いが小さく映し出されていた。
テストの結果、イオリは初めて三教科で追試になった。
「じゃあ放課後、選択B2教室で追試な。遅れないように」
「きりーつ、れい」
昼休みは相変わらず、ムサシと一緒に昼食をとった。
イオリが持参する自分用の弁当と、ムサシ用のずっしりと重たい、丸いおにぎり。放課後は追試と、修学旅行の準備に追われる予定だ。
「は~ぁ……」
「追試?」
「そ。ごめんね、事前学習進んでないよね」
「……まぁ、そう」
「ごめーん……」
「別に」
真っ黒な、いつも通りのおにぎりと、コロッケパン。
それと、赤い水筒が増えた。どうやら萌花が、ムサシに持たせているらしい。
「そういえば」
プチトマトを頬張る。
口の中で弾けて、青みを帯びた甘酸っぱい果肉が潰れた。
「なんか、話あるって言ってなかったっけ」
ムサシの肩が跳ねた。
喉仏が、ゴクリと上下する。
「ムサシ?」
「……追試、全部終わるの、いつ」
「えっ。今日のが終わったら、あと……数学だけ」
ムサシは、緩く握った拳を額に当て、目を瞑った。
「土曜日、空いてるか」
「うん……」
「土曜日、十時に。南公民館」
「また急に決めるー。良いよ、十時ね」
「がんば」
「うん。ほどほどにね」
「それ、俺が言う方」
イオリは、んふっ、と笑った。
ムサシも、くっと笑った。
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