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第一部 ルー=ガルーの邂逅 / 第19話
「イオリ」
「ン~?」
テスト前になると、ムサシは再び図書室に現れた。
両耳を塞いでいたイヤホンを外し、音楽を止めた。
「女子泣かせたのって、マジ」
指が止まる。
すぐにまた、シャーペンを動かす。
「……泣かせたわけじゃないよ」
何事もなかったかのように、向かい合って、出題範囲を勉強する。
「自分のことで手一杯なんだよ、僕」
少し前に、同じ学年の女子に呼び出された。
――告白を、断った。
今し方の台詞と同じ言い訳をした。
ため息が出る。
ノートの隅に、四角形を書く。
意味は無い。
「……ふうん」
それきり。
四角形の中に、一回り小さな四角形を書く。また書く。もう一度書く。塗りつぶす。
「そっちは?」
「普通」
ページをめくる音がした。
「普通って、何さ」
シャーペンをノックすると、短く砕けた芯がノートの上に落ちた。
手で払う。
白いページが、芯の欠片で汚れた。
イオリのシャーペンは真新しい。
ムサシの文房具はどれも古い。
イオリのシャツは糊が利いている。
ムサシの制服は、すこし窮屈そう。
イオリの手は、やわらかい。
ムサシの拳には、新しい痣がある。
また、絡まれたんだろうか。
消しゴムで汚れを消した。
視線だけ上げる。
ムサシが、口を開こうとした。
「普通に――……」
「修学旅行、同じ班だよね」
「何。さっきから」
ムサシが、彼女と普通に帰って
普通に手を繋いで
普通にデートして
普通にキスをして
普通に――その先も
聞きたくない。
「……ごめん」
「女子に、何かされてんの」
「…何もされてないよ」
「俺、なんかした」
嘘はつきたくない。
喉が詰まる。空気に溺れそうになる。
「妬いてるだけ」
「……マジか」
ムサシが手を止めた。
「何時までいる、今日」
「え……決めてない」
「三人で帰ればいいだろ」
本気で、そう言っていた。
悪意はない。
無さすぎて、こっちが気圧された。
「い……いや、駄目でしょ」
「妬くぐらいなら、一緒に帰れよ」
「あのね、女子振ったばっかりの僕が君の彼女と歩いてたら、話がややこしくなるでしょ?」
「そこ、騒ぐなら外に出なさい」
司書の先生から、注意された。振り返り、ごめんなさいと頭を下げる。
ムサシは俯きながら、ペンを回した。
くるくると回転するペンが、読み込み中の表示みたいに見えた。
「……俺もイオリに話してえこと、ある」
「今じゃ、駄目なの?」
「出来れば……テスト終わってから」
えぇ? とイオリは机に突っ伏した。顔だけ上げる。
ムサシの表情が、少しだけ曇っているような。
助けを求めているように、見えた。
「別に今聞くけど」
「いや……」
「気になるじゃん」
「勉強しろよ」
「するけど……」
二人の元へ、一人の女子が来た。
ムサシの恋人、立花萌花だった。
「こんにちは……」
控え目な声。ちゃんと顔を合わせたのは、この日が初めてだった。いままで、いつもムサシが彼女を迎えに行っていたからだ。
「こんにちは、立花さん。あ、僕、二年の小倉です」
「はい、立花萌花です。あの、去年、わたし…先輩達にお花を選んで貰ったんです。憶えてますか?」
「えっ」
ムサシが低い声でボソリとこぼした。
「なんで君が『えっ』なんだよ。えっと……お母さんのコンサートで渡す花を選びに来た……よね?」
高校近くの花屋で、二日間の職業体験。冬の花屋は、冷たい水と花の重さで、指がもげるんじゃないかと思った。
店に来る客は少なく、配達が主な収入源だと知ったのもその時だ。そして、そんな数少ない、というか、二日目唯一の客が、彼女だった。
座れば? と勧めると、萌花はムサシの隣の椅子を引いた。
「はい。小倉先輩は、黄色いお花を選んでくれて、村瀬先輩は赤いお花を選んでくれて」
母、喜んでくれましたと笑う。
頬に浮かぶえくぼ。
サラサラの黒い髪。
制汗剤らしきシトラスのにおい。
校則どおりの制服。
無愛想で口下手で、目つきが悪くて、すぐに絡まれるムサシには、少し可愛すぎる。
「モエ、イオリに敬語、いらねえ」
「そ、そんな」
「イオリ、俺にはグイグイ来たから。一年の時」
「そう、ですか?」
「それは……それ、これはこれでしょ。立花さん困ってるじゃん」
ムサシは無言で萌花の顔を覗き込んだ。
ぱ、と顔を赤らめ、彼女は顔を伏せる。
「……触っていいか」
一言、ムサシは彼女に尋ねた。
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