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第9章 記録 / 第24話
ノエルとアヴリルは大量の汗を流し、のたうち回り、夜まで起き上がることはなかった。食欲をなくしたリックスの向かいで静かに夕食を取り、ナイフとフォークを置く。
「オフィーリア、俺――」
「私、疲れちゃった。今日はもう寝るね」
「う、うん」
リックスは何も悪くないのに。謝罪を重ねられるのが嫌で、リックスを避けてしまった。シャワールームで部屋に備え付けのナイトウェアに着替え、自分のベッドにもぐり込む。
リックス、ごめんね。と何度唱えたか分からない。静かな部屋で一人、リックスが呟く。
「ノエル、アヴリル、ごめん」
風が吹けば消えそうな声量だった。リックスはまた涙を流しているのだろうか。気になるのに、瞼を開けない。
「オフィーリア、ごめん」
リックスが謝る必要なんてないのに。涙を流せなくてよかった。この時ばかりは、感情の欠落に感謝してしまうのだった。
* * *
鳥の鳴き声と共に目が覚める。ゆっくりと瞼を開けると、並ぶベッドで眠るノエルとアヴリルの前で膝をついたリックスの姿があった。まさか、夜通し泣いていたのだろうか。
一人きりで思い詰めさせてしまって、申し訳ないことをした。私だけが背負えばよかったことなのに。
「リックス、泣かないで」
ベッドの中で囁いてみると、リックスは瞼を腫らしたままでこちらを向いた。顔を両手で拭い、にこっと笑う。
「オフィーリア、おはよう。ノエルもアヴリルも、気持ちよさそうに寝息を立ててたよ。たぶん、助かった」
私も何も答えずに頷き、ベッドからのそりと起き上がる。
「リックス、ちゃんと水飲んだ?」
「あっ……忘れてた」
「駄目だよ」
テーブルに置いてあったグラスを一つ取り、洗面台で水を汲む。それを動けずにいるリックスに押し付けた。
それから数十分経っただろうか。先にアヴリルが目を覚ました。目を瞬かせて、自分の両手を見詰める。
「あたし、梯子から落ちたよね?」
「……うん」
「どこも怪我してない……。これって聖女様の加護?」
聖女に加護があるなんて聞いたことがない。苦笑いしようとしたところで、リックスが先に声を上げた。
「覚えてないのか……?」
「ん? 何をー?」
アヴリルは起き上がりながら、首を傾げる。
「そんなことって……。昨日のあれが、なかったことになってる……?」
「あれって何? あたしに分かんないことを話さないでって!」
いくら覚えていないとはいえ、昨日の苦痛を伝えるのは酷すぎる。口を閉ざしたリックスと一緒に、視線を落とすしかなかった。
「もう、二人とも何なのー!?」
「……アヴリル!」
アヴリルが不服そうな声を上げたところで、ノエルが突然叫んだ。その勢いのまま、ベッドから転がり落ちる。
「いてて……」
「ノエル、慌てすぎ。あたしは大丈夫だよー」
「よかった……」
ノエルはアヴリルを見上げ、ほっと息を吐き出した。
「ノエル、やっぱり覚えてないのか?」
「ん? 何のことだ?」
おどおどと話すリックス、ノエルは首を傾げる。
今回だけではない。ゴーレムに襲われてノエルとリックスが大怪我した時だって、二人は翌日に何も覚えていなかった。痛みが強すぎるがために、脳が防御反応として忘れさせているのだろうか。自分では回復魔法を受けたことがないので、考えても結論は出ない。
「……オフィーリアの回復魔法のお陰で、二人とも命が助かったんだ。オフィーリアにお礼を言っておけよ」
「えっ!? そうなの!?」
立ち上がって部屋の外へと向かうリックスに、アヴリルは両手を口に当てる。
「オフィーリア、やるじゃん! さっすが聖女様!」
「今回も世話になったな、オフィーリア。ありがとう」
ノエルもアヴリルも、私に笑顔を向けてくれる。それを素直に受け取ることができなかった。もう二度と回復魔法は使いたくない。その想いばかりが膨らんでいった。
昼食を食べ終わり、再び図書館へと赴く。その途中で、いつもとは違う視線が向けられていることに気がついた。
「あの二人……昨日、事故に遭った二人だよな?」
「何であんなにピンピンしてるんだ?」
そんな囁き声まで聞こえてくる。
「……一千万オンスだ」
耐え切れなくなったのか、リックスが小声で言う。アヴリルは首を傾げた。
「聖女の力が欲しいなら、一千万オンス寄こせって言ってるんだよ!」
「ちょっ……リックス!」
アヴリルはリックスの手首を掴み、首を横に振る。それでリックスの怒りが収まるはずもなかった。
「昨日は治療に三十万オンスかかるって医者も呼ばなかったくせに……! この国は何なんだよ……!」
「リックス、落ち着いて」
ここは事情を知っている私が場を静めるしかない。歩みを止めた雑踏に、声を張る。
「私は昨日、回復魔法を使いました。だから、二人は生きています。私は、絶対にこの国の冷たさを忘れません」
言い切ると、唇を噛んだ。
「……なんだよ、自力で助けられるんじゃないか」
「それで病気の人を救わないんだろ? 人としてどうなんだよ」
人間は都合がよすぎる。私の力を何だと思っているのだろう。爪が白くなるほどに、拳に力を入れる。
「……オフィーリア、涙拭いて」
アヴリルにそう言われるまで、自分の涙にも気付かなかった。
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