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第9章 記録 / 第25話
蔑みの視線を無視し、図書館へと入る。私たちは迷わずにカウンターの前へと向かった。
「すみませーん、本を取ってもらいたいんですけどー」
目を丸くする司書を無視し、アヴリルはのんびりと言う。
アヴリルとノエルが怪我一つなくここに立っているのが不思議なのだろうか。司書は一度だけアヴリルとノエルを見比べると、小さく首を振る。
「どの本ですか?」
「三階にあるティンブロ国王家の家系図」
「五千オンス……と言いたいところですが、昨日の落下でここにありますから。少しお待ちください」
検索だけではなく、司書の仕事全てに金銭が絡む仕組みなのだろうか。司書が背を向けたところで、思い切り溜め息を吐きたくなった。リックスに至っては、司書を睨みつけている。
アヴリルはリックスの顔を覗き込み、眉間にしわを寄せた。
「ねえ、リックス。さっきからどうしたの? 今日おかしくない?」
「……オフィーリアの苦痛を知らないから、そんなことが言えるんだ」
アヴリルとノエルには聞こえるか聞こえないかという声量で、リックスは呟く。
「私は大丈夫だから」
私の言葉にもリックスは顔を歪めたまま、反応らしきものをしてくれなかった。
頬を膨らませるアヴリルの肩をノエルが叩き、何かを囁く。私の方までは聞こえてこなかったので、何を伝えたのかは分からない。それでも、アヴリルの表情が僅かに和らいだので、よしとしよう。あとでノエルにお礼を言おう。心に決めたところで、司書の女性が戻ってきた。
「お探しの本です」
その手には昨日アヴリルが抱えていた、えんじ色の分厚い本があった。
「ありがとう! みんな、行こ」
アヴリルはその本をひったくるようにして受け取ると、居心地の悪い視線を躱すように床を蹴る。群衆の視線に耐えられなかったのは私だけではないらしい。
三階に着くと、誰もいない読書室に四人で腰を据える。
「絵本の通りなら、エスメラルダで最後のはずでしょ? それなら、最後のページに……」
アヴリルは裏表紙から本を捲り、家系図の最後を探す。
「あった」
ノエルの指差す場所には、確かにエスメラルダの文字があった。たったそれだけなのに、その文字だけ強調されて見えるのは何故だろう。
兄弟姉妹はいないらしく、エスメラルダの父方に当たる従兄弟の線を辿るとランハルトという名だけが刻まれていた。
「オフィーリア、ランハルトっていう名前に覚えは?」
「……ううん」
私の夢にはまだ出ていない名だ。ノエルの言葉に首を横に振り、ローレンスとオスカーの名を探す。しかし、どこを探しても彼らの名前は載っていなかった。
「エスメラルダの存在は証明されたけど、ローレンスは……」
家系図だけでは限界があったらしい。他にローレンスが載っていそうな蔵書と言っても、私には思い当たらない。
諦めて本を閉じようとした時、エスメラルダの生まれた年に目が行った。創世歴五〇八年――今から約五百年前だ。
ローレンスが待っているはずがない。あの絵本が真実を伝えている物とは思えなくなってしまった。
「もう一回、あの絵本を読んでもいい?」
絵本が嘘であるなら、それでいい。もう一度だけ確かめて、私が魔王城へ行く理由を私なりに見つけたい。ローレンスがいようがいまいが、私には『魔王城へ行け』と王に言われた命がある。
アヴリルは口を尖らせ、小さく唸る。
「いいけど……あれ閲覧制限かけられてるっぽいよ? また一万オンス払うの?」
「オフィーリアのためだ。それくらい出してやろう。あと二万オンスは払える計算だしな」
「どういう計算で言ってるんだか知らないけど……それならいっか」
にこっと笑うノエルに、アヴリルは肩を落とす。そして、向かいに座るリックスを見遣った。
「リックス。今日は全然、喋んないじゃん。いっつものノリはどこに行ったのー?」
「……そういう気分じゃないんだよ」
リックスはあからさまに溜め息を吐き、頭を掻く。絶対に昨日の出来事を引き摺っている。リックスにあの現場は見せるべきではなかった。今になって後悔してしまう。
リックスは立ち上がり、私たちに背を見せる。
「絵本を読むんだろ? 行こうぜ」
そう言うなり、読書室から出ていってしまった。
「絶対、後で何があったか聞き出してやるんだから」
「アヴリル、それは止めてあげて」
さらにリックスの心を抉りかねない。どうせなら、私の口から伝えよう。ただし、図書館を出てから、だ。
一つだけ名案が閃き、アヴリルの耳に口を添えてみる。
「夜になったら女子会しようよ」
「えっ!? いいの!? どこで!?」
「せっかくだから、カフェのパフェ食べようよ」
「うん! オフィーリアの奢りね!」
結局はこうなるのか。ちらりとノエルの方を見てみると、苦笑いを返されてしまった。お礼に加えて、詫びも入れなくては。目を瞬かせ、ノエルを見詰めてみた。
「リックスを待たせてるんじゃないのか?」
ノエルはアヴリル、そして私の肩を叩き、リックスの元へと急ぐ。後れを取るまいと、私たちも頷き合って続くのだった。
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