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第10章 エスメラルダ / 第27話
悪意に満ちた視線までもが向けられている気もする。それは酷い頭痛となり、私を襲った。顔を歪め、頭を抱える。
「ちょっ……オフィーリア、どうしたの?」
「頭が……」
割れるように痛い。次第に意識は遠くなり、身体は横へと倒れた。
「オフィーリア! ねえってば!」
アヴリルの声もくぐもって聞こえる。
そうして目を開けてみれば、私はドレスを身に纏っていた。豪華すぎる部屋で椅子に腰かけ、自分の手を見詰めている。はっと我に返って窓の外を見てみると、色とりどりの花が揺れていた。
そうだ、私はエスメラルダだ。何をぼんやりしていたのだろう。
以前、ローレンスが手当てをしてくれた指を擦り、小さな吐息をつく。私に芽生え始めたこの『会いたい』という気持ちは何なのだろう。呼び付ければ済む話なのに、今はローレンスに自分の意思でここへ来て欲しい。
そんな時に限って、ローレンスではなくオスカーが現れるのだ。
「エスメラルダ殿下、昼食のお時間です」
「分かった」
気持ちも込めずに返事をし、ゆったりと腰を上げる。昼食のメニューは何だろう。久しぶりに海産物を食べたいな、などと考えながら廊下を開ける。ダイニングへ着くと、壁際でローレンスが私に微笑んでくれたのだ。頬が熱くなると同時に、目を逸らしてしまう。
父王と母は既に席に座り、何かを話し込んでいる。私の到着を察すると、父王は咳払いをした。
「エスメラルダ、大事な話がある」
その表情は真剣そのもので、他愛のない話をするふうでは全くなかった。私も父王と母の向かいに座り、神経を尖らせる。
「エスメラルダ、お前には隣国に行ってもらおうと思ってな」
「視察ですか?」
「そうではない」
では、旅行だろうか。首を傾げてみせると、父王は静かに瞼を閉じた。
「隣国の王太子との結婚だ」
「結婚……?」
完全に寝耳に水だ。その言葉を聞いただけで、私の心の何かが崩れていく音がした。
「暴虐者の襲撃があっただろう。そのお詫びに、という話でな」
「……私の意見は聞かないのですか?」
詫びにも何も、私は隣国へ行きたいなどと一言も言っていない。本人を抜きにして話を進めるのはあんまりなのではないだろうか。
「ローレンスとオスカーも連れていってもいいのですよね?」
「何を言っている、行くのはお前一人だ」
そして、父王は決定的な一言を私に投げつける。
「お前は私に従っていればいい」
私はこれまで、騎士や民衆を駒のように扱っていた。それも父王や母の教えだ。そもそも私は父にとっての駒でしかなかった、というのだろうか。私に自由な意思はないのだろうか。自業自得なのに、父王との圧倒的な壁を見せつけられているような気がした。
「……私は嫌です」
首を横に振り、涙を溜める。
「私は絶対に、この国を離れません!」
昼食なんてどうでもいい。自然豊かなこの国を、慣れ親しんだこの土地を、ローレンスが美しいと言ったこの場所を――何よりローレンスと離れたくはない。乱暴に席を立つと、床を蹴っていた。ただ、走る、走る。
気付いた時には花畑の真ん中でしゃがみ込んでいた。声を上げ、泣きじゃくる。
どうして物事はいい方向に進んでくれないのだろう。私が幸せを感じた途端、するりと手の中から落ちていく。ずっとローレンスと一緒にいたい。それだけの願いなのに。
「エスメラルダ殿下」
背後からふわりと声が降ってくる。心臓が嫌に飛び跳ね、何故か反抗心が湧いてくる。
「そんな他人行儀に呼ばないで」
「では、なんと?」
「エスメラルダでいいでしょう?」
ローレンスが苦笑いをする声が聞こえると、その姿が正面に回ってきた。ローレンスは私と同じようにしゃがみ込むと、優しく微笑む。
「エスメラルダ様、城に戻りましょう」
「嫌です!」
「では、どこに行かれるのですか?」
「この国を放浪してもいいでしょう」
もう父王とは顔を合わせたくない。私の初めての抗議を、父王は何とも思っていなかった。
「どうやってです? 着る物は? お金は?」
そんなことを言われると、何も言い返せなくなってしまう。着る物はドレスしかないし、お金なんて触ったことすらない。
父王は私の逃げ道を完全に塞いでしまっている。絶望にも似たどす黒い感情が心に湧きかける。私を駒としか扱わない父王なんていらない。私を縛りつける城なんていらない。そこまで考えて、自分の愚かさにまた惨めになる。
「ローレンス、一緒に逃げましょう?」
その呟きは震えてしまった。
「……私はエスメラルダ様と国に忠誠を誓っています。国王陛下の意に反することは……申し訳ございません」
「私は、貴方と……ローレンスと離れたくないのです!」
収まっていたはずの涙が再び溢れ出す。両手で顔を覆うと、ローレンスはそっと私の身体を引き寄せた。
「私が忠誠を誓ったのがエスメラルダ様だけだったなら……。そう悔やまれてなりません」
では、ローレンスも私と同じ気持ちでいてくれるのだろうか。想いが通じた時が今だなんて。運命は残酷すぎる。
涙は滝のように流れ、止まってはくれなかった。
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