読み込み中...
読み込み中...
第9章 記録 / 第26話
カウンターで一万オンスを支払い、昨日の絵本を受け取る。ここにまだ手掛かりが残っていればいいのだけれど。『忘れられた国の歴史』――題名を睨み付け、視線を避ける。一回の読書室には人がいたため、三階へと戻った。司書から借りた手袋をはめ、はらりと表紙を捲った。
一ページ目は色とりどりの花畑と青い屋根の立派な城があるだけで、文章に違和感は覚えない。
二ページ目、三ページ目とくまなく文章の不自然さを計ったけれど、何も感じなかった。
四ページ目、そして五ページ目で、一つの文章に目が釘付けになる。
国の悲しみと絶望を背負い、今は魔王城となったティンブロ城に住んでいると言います。
今は魔王城となったティンブロ城――これだ。魔王城が元ティンブロ城なら、私にも行く理由が生まれる。エスメラルダのルーツを探せるし、記憶の断片も繋がるかもしれない。
「私、やっぱり魔王城に行かなきゃ」
「ローレンスはいいのか?」
「今はとりあえず置いておく」
ノエルは「そっか……」と呟いてリックスとアヴリルを見る。
「二人もついてくるだろ?」
「何言ってんのー。今更じゃんね」
「俺はオフィーリアを見捨てたりはできないからね」
アヴリルは意地悪そうな笑みで、リックスもこの時ばかりは微笑み、ノエルに返事をしていた。
「じゃあ、行き先は決まったことだし、オフィーリア。カフェ行こ!」
アヴリルは私の右手を取り、引っ張り始めたのだ。
「この本を返さないと……!」
「そんなのノエルとリックスに任せておけばいいって!」
女子会は夜からだと言ったのに。まだ夕方にもなっていない。アヴリルはマイペースだな、と苦笑いをするしかなかった。
手袋はリックスに渡し、アヴリルと二人で階段を駆け下りる。図書館に併設されているレトロなカフェに入り、奥の席を目指した。やはり客はいるので、できるだけ目立たない所に行きたかったのだ。
席に着くと、ウェイトレスがメニューと水を持ってきてくれた。
「あっ」
アヴリルが小さな声を上げる。
「どうしたの?」
「お金、持ってきてないじゃん」
「あ」
急かされるまま出てきたので、そんなことは全く考えていなかった。無銭飲食扱いにされたらどうしよう。手に汗を掻き始める。
「その時はその時。聖女の印が利かなかったら、オフィーリアを人質に差し出してノエルから財布をふんだくってくればいっか」
「アヴリル、言い方……」
必要に迫られたなら、支払いをする気はあるらしい。それならばいいか、と私もグラスに口を付けた。
「あたしはチョコバナナパフェにするけど、オフィーリアはどうする?」
「んー。ブルーベリーヨーグルトパフェにする」
「オッケー」
値段は見ずに、食べたいもので選んでしまった。たまになら許されるだろう。だって、私はまだ十八の少女なのだ。好奇心くらいは持ち合わせている。
アヴリルがウェイトレスを呼び、注文を通す。ウェイトレスが去ったところで、アヴリルは早速、私の方へ向き直った。
「ねえ、オフィーリア。怖くないの? 魔王城に行くの」
「怖いけど……行くしかないから」
「ふーん。怖いんだ」
アヴリルは数秒言葉を咀嚼すると、にこっと笑う。
「やっぱりオフィーリアって普通の女の子じゃん」
「誰か違うって言った?」
「言ってないけど、言動が大人すぎるなーって思ってたんだよね」
そうなのだろうか。色々ありすぎて、自分では分からない。唸る私に、アヴリルは笑い声を上げた。
「私はアブリルが羨ましい」
「何でー?」
「思ったことをすぐ口にできるでしょ? 私はそれができないから」
「これでも苦労してるんだよー? 『お調子者』とか、『空気読め』とか、結構言われるんだから」
でも、そう言われても直さないのがアブリルなのだ。自分はこれでいいのだと線引きできているような気がして、そういうところも羨ましい。
そんな話をしているところで、顔の高さまでありそうな巨大なパフェが運ばれてきた。これを一人で食べきるのは無理なのではないだろうか。
「ここのパフェ、デカ盛りで有名だからさー。夕食後じゃ食べきれないと思ってねー」
そういうことだったのか。苦笑いをし、スプーンを手に取った。食べられるところまで食べきってみせる。食料を無駄にはしたくない。
一口頬張ると、ヨーグルトの酸味と生クリームの甘味がほどよく合わさって、私の凝り固まった心を解してくれる。
「そういえば……」
今は私とアヴリルしかいない。この場で聞き出してみるのもいいだろう。
「アヴリルはどうして私についてきてくれるの?」
「えっ? そんなの、モンスターをたくさんボコせるからに決まってんじゃん」
アヴリルはきょとんと私を見る。
「家族はいないの?」
「いるよ? 弟。だから、現金は全部家に残してついてきたんだけど」
なるほど、そういうことだったのか。私たちと出会った時に財布が空だったことに、やっと説明がついた。
だからこそ、そこまでして私についてきてくれる理由が他にあるような気がする。もっと気になってしまったところを、ぐっと堪えた。
「それより、リックスのあれ、なんなの?」
アヴリルは遠慮する様子も見せず、身を乗り出す。
「あれは昨日の回復魔法が原因なの」
「えっ? ただの魔法でしょ?」
「ただの魔法なんかじゃない」
そう、私とリックスの中では。あの絶叫を聞いた者なら、回復魔法なんて地獄でしかない。
「骨を動かして、細胞を再生するんだよ。苦痛を伴わないけがない」
「……どういうこと?」
「回復魔法を施された人は、痛みに叫んで、身をよじるの」
他の客の耳が気になってしまい、そこだけ小声になってしまった。スプーンを持つ手に力が入り、唇を噛む。
アヴリルは眉間にしわを寄せ、首を傾げた。
「そんなの、あたし覚えてないけど」
「うん。何故か忘れちゃうみたいなの」
一度目も、今回もそうだ。回復魔法を施された者は何も覚えていない。その苦しみで私だけが切り刻まれるかのように。
「それを見たリックスがああなったと。なるほどねぇ」
アヴリルは何度か頷くと、私の方を見て目を細めた。
「それはオフィーリアのせいじゃないよ。リックスが弱いだけ」
「でも――」
「他人の苦痛までオフィーリアが背負うことはないんだよ」
そう、なのだろうか。私だけが傷付いて丸く収まるなら、それでいいと思っていた。でも、その考えそのものが間違っているのだとしたら。私はもっと自分に優しくしていいのだろうか。
胸がじんわりと温かくなると同時に、目頭が熱くなる。
「そんなわけないじゃない。貴女はもっと苦しみなさい」
感傷に浸っていたところで、誰かの声が聞こえた気がした。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する