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第3章 王都へ / 第7話
一瞬だけ行き交う人たちの視線を集めてしまった。堪らず俯いているうちに、喧騒が耳に届き始める。
「流石、王都だなぁ」
リックスの声に顔を上げてみる。畑や牧場なんて一切見当たらない。石造りの立派な建物が立ち並び、赤い国旗もたなびいている。視界の奥には王の居城――ハンスヌーン城が凛とした佇まいを見せていた。
私たちは明日、あの場所に行くのだ。自然と手に力が入る。
リックスは頭を掻き、ふぅと息を吐く。
「とりあえず、宿を探そっか。事情が知れて騒ぎになるのも嫌だし」
「そうだな」
「……どっちに行く?」
大通りは左右にも、前方にも広がっている。闇雲に探していては日が暮れるだろう。かと言って、どちらに進めばいいのか分からない。私が小さく唸り声を上げていると、ノエルが都の案内板を見つけたのだ。その瞳は地図の中へと吸い込まれていく。
数分もかからず、目的のものを探し当てたらしい。
「あった。左の通りに行ったら宿屋がある」
「オッケー。行こっか」
リックスは返事をすると、息もつかずに私の左手を握る。
「こうしないと、また聖女だなんだって言われるから」
どこか言い訳のような、私ではなくて自分に言い聞かせているような話し方だ。口まで若干、尖らせている。
それが気に入らなかったのかもしれない。
「こうした方が自然だろ?」
今度はノエルが私の右手を掴む。まるで、幼い子供を守るかのような二人の行動に、心臓が僅かに高鳴ってしまうのだった。
宿屋は都の中でも門に近い場所にあった。中に入ると、まだ準備中なのか主の姿はない。
「すみませーん!」
リックスが声を張る。それでも、誰も現れなかった。
「ちょっとロビーで待たせてもらおっか」
ロビーと呼べるほどの広さはない待合所のベンチに腰掛け、小さく息を吐く。リックスの手はしっとりと汗が滲んでいる。二人を巻き込んでしまったことを、今更、後悔してしまう。
ふわりと足元から風が巻き起こった。
「オフィーリア。俺たちのことでも考えてるのか?」
ノエルに図星を突かれてしまい、上手く返事ができない。口を結んでいると、リックスは大袈裟に笑ってみせる。
「俺たちは好きでここに来たんだよ? オフィーリアが悩むことじゃないって」
「それは……そうだけど。二人はちゃんと親にお別れの挨拶できたのかなって」
「そんなことを心配してたんだ」
細い息を吐くリックスに、俯いてしまった。私は、母に旅立つことを知らせれば絶対に止められていただろう。でも、二人は違う。ただの幼馴染が聖女になってしまっただけだ。二人には何の関係も、責任もない。
ノエルは小さく息を吸い込む。
「俺は、親が送り出してくれた。反対しても、どうせ行くんだろう? って」
対して、リックスは嘲笑気味に視線を前方に向ける。
「俺なんか、オフィーリアが危ないことをしないように見張るんだぞって言われたよ。息子の心配より、息子の友人の心配かよって」
そうだ、私が知っている二人のご両親はそんな印象だ。ノエルの家は互いに信じ合い、リックスの家は自分よりも他人、言ってしまえばお節介――そんなことも思い出せなくなるくらい、私は遠くに来てしまったらしい。
滲んでしまった視界を悟られないように、瞬きを我慢する。
そんなことを話していると、待合所を少女が通りかかったのだ。私たちを見つけるや否や、階段の上へと視線を向ける。
「お父さーん! お客様来てるよー!」
やはり返事はない。少女は飛び出し、階段を駆け上る。そのまま部屋の一室に入ると、再び待合所は静寂に包まれた。
しかし、数秒でその部屋から一人の金髪の男性が顔を覗かせる。その慌てた勢いのまま、階段を下りてきた。
「……すみません! 全然気づかなくて!」
男性は息を切らしてカウンターに立つので、私たちも帳面に名前を書き連ねていく。その時に、左手の印を見られてしまったのだ。
「聖女様?」
「い、いえ、私は……」
男性は口をぽかんと開け、私の左手を凝視する。
「なんてことだ……。ついに……」
男性はそれ以上の言葉を口にすることはなく、ぽろぽろと涙を流し始めてしまった。
「……聖女様から、お代はいただけません」
この人に、何か深い事情があるのだろうか。勘ぐる隙もなく、男性は首を横に振る。
「それは、流石に申し訳ないので――」
「いただけないんです」
カウンターには水溜まりが出来上がっていく。
ノエルとリックスは顔を見合わせ、小さく頷き合う。
「俺たちは聖者でもなんでもないので、俺たちのお代は受け取ってくれますよね?」
「それも、お断りはしたいところですが……経営がありますので……」
「じゃあ」
リックスが会話をしている隙に、ノエルは大きな財布を取り出していた。そのままノエルが会話を引き継ぐ。
「俺たちの宿代です。少しだけ料理を豪華にしてくれれば、言うことはありませんので」
差し出された紙幣を見て、男性は目を見開く。
「でも、それじゃあ結局、三人分の宿代――」
「二人分です。そういうことにしておいてください」
ノエルからは、普段なら纏わない気迫を感じる。男性はぐっと押し黙り、受け取った紙幣を握り締めた。
その男性の雰囲気が、もう会うことが叶わなくなってしまった私の父に少しだけ似ていた。
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