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第3章 王都へ / 第6話
ノエルとリックスは馬車の中でも故郷の話題には触れなかった。二人なりに、私に配慮してくれているのだろう。その親切心が私の心に針を刺す。
車窓を見てみても、景色は変わり映えしない。草原がどこまでも続いている。王都まではずっとこの調子なのだろうか。
「王都の方まで来ても、寂れてるんだね」
「そりゃ、モンスターがいるからな。人は群れてないと襲われる」
「モンスターって、どこから湧いたんだろう」
「流石の俺も、そこまでは知らないな。三百年前の文献にはモンスターも載ってるらしいけど」
リックスとノエルの会話を流し聞きしながら、小さく息を吐いた。
モンスターがいるから、聖女なんてものが存在しているのだろうか。モンスターさえ消せば、私はただのオフィーリアに戻れるのだろうか。そこまで考えて、首を振る。モンスターを滅するなんて、私にできるはずがない。
「オフィーリア?」
「私は……この力で何ができるんだろう」
「それは……うーん」
リックスは天井を眺め、口を尖らせる。ノエルはリックスに呆れ顔を向け、片手で肩を小突く。
「考え込むなよ。オフィーリアは存在が光なんだ」
「光……?」
「ああ、魔法は人に希望を与えられる」
そう、なのだろうか。聖女になってからは嫌な目にしか遭っていないので、想像がつかない。小さく唸り声を上げてしまった。
ノエルは小さく笑い、その瞳に私の姿を映す。
「俺の希望でもあるから、そんなに悲しい顔をしないで――」
「お前ばっかり、いい所を持っていくなよ!」
リックスは意地悪そうに笑い、ノエルの肩を思い切り叩いた。
「痛いだろ!? せっかく、オフィーリアが治してくれたのに」
「自業自得だよ」
膨れっ面を向け合っていたものの、すぐに二人は笑い始める。昔からこうだ。喧嘩を始めても、数分で仲直りをしてしまう。仲の良さは誰にも負けないのだな、と私までもが小さく笑ってしまった。
草原は突然、終わりを告げる。前方には灰色の石を積み上げた城壁が立ちはだかっていたのだ。馬車とはここでお別れだ。
「ありがとうございました」
代金を支払おうとしても、御者は一切受け取ってくれない。私たちを強引に馬車から引き摺り下ろすと、荷物も置いて引き返していってしまった。御者のこの行動は優しさの裏返しなのだろうか。それとも、ただ関わりたくなかっただけだろうか。考えてもやはり分からない。唇を噛み締め、なんとか立ち上がる。
「オフィーリア、大丈夫か?」
「うん、平気」
実際は膝がじんじんと痛む。でも、泣き言は言えない。故郷を飛び出したのは私なのだから。微笑んでみせるとノエルは苦笑いをし、リックスは手を差し伸ばしてくれた。
「今度は俺がいい所を見せる番だ」
「ありがとう」
わざわざ口に出して言わなくてもいいのに。笑いながらリックスの手を取ると、ノエルは反対側の手を取る。
「……おい!」
「相変わらず、詰めが甘いな」
ノエルが涼しい顔を見せるので、リックスは口をへの字に曲げてしまった。これには大笑いしてしまった。こんなに素の自分を出せたのはいつ振りだろう。故郷を出てからたった数日しか経っていないのに、聖女じゃない私は遠い過去の存在だ。
「そこのお前たち」
突然の声に、一気に現実へと引き戻される。鎧が軋む音を響かせながら、二人の騎士がこちらへと近付いてくるのだ。
「入国を希望か?」
「はい」
「入国許可書は?」
そんなものは申請したことがない。三人で首を横に振ると、騎士たちは顔を見合わせ、馬車の停泊所を指差す。
「入国許可書がないんじゃ、入国は認められないな。帰ってくれ」
「そんな……。俺たち、帰る場所がないんです」
リックスが懇願の眼差しを見せても、騎士たちの表情は変わらない。
「そんなことを言われても、規則だからな」
なんとかならないのだろうか。私の居場所は故郷にはない。
「お願いします。仕事ならしますから」
「でも――」
「お願いします!」
叫ぶのと同時に、突風が騎士を包む。ようやく騎士たちが私たちのことを真剣に見てくれたような気がした。
「今のは……魔法か? いったい誰の……?」
「この中に聖者がいるのか?」
『聖者』という言葉に心臓が飛び跳ねる。『聖女』ではない。まだ私だと決めつけられていない。
三人で顔を見合わせてみたけれど、揺れる二人の瞳が待っているだけだった。
「三人とも、左手を見せてください」
騎士の声色には拒否権を持たせない威圧感がある。間を置いたものの、ノエルとリックスは左手を差し出す。仕方がないので、恐る恐る私もそれに倣った。
「聖女様でしたか。それなら話は変わるな。是非、国王陛下に謁見されて欲しい」
一気に騎士たちの表情は緩み、城門にかかるロープを引く。すると、ゆっくりと固い城門は開かれた。
「城の騎士には後で指示を出しておきます。明日には入城できるでしょう」
心臓が激しく鼓動を始める。国王に会えば、私の運命が決まるかもしれない。口の中に広がる唾液を一気に飲み込んだ。
ノエルとリックスの後に続き、確実に城門をくぐる。私たちが大通りへ出たのを見届けたように、城門の閉まる音が辺りに響いた。
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