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第8章 図書の国 / 第22話
「あのー、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう」
カウンターから顔を覗かせるアヴリルに、中年の女性はにこにこと微笑みかける。
「図書の検索をお願いしたいんですけどー」
「では、一万オンスですね」
お代をくれ、と言わんばかりに、女性はアヴリルの前に茶色のトレーを置いた。
「あたしたち、聖女一行なんですけど」
「それが何か?」
「資金がないの」
アヴリルが私の左手を女性に掲げようとしたところで、女性は目を鋭く細める。
「だから何です? 私は特別扱いはいたしません」
「ここを焼き払ってもいいんだよ?」
アヴリルの上等文句だ。アヴリルが口角を上げても、女性の表情は変わらない。
「ここを焼けば、世界の遺産が失われます。ここにいる者たちも焼け死にます。貴女にはそれをする勇気がおありですか?」
駄目だ、この人にはアヴリルの常識が通用しない。私が何とか言い包めないと。不安でいっぱいになりながら振り向いてみると、傍にはノエルとリックスの姿があった。冴えない表情ではあるものの、悲観しているわけではなさそうだ。
ノエルは財布を取り出し、紙幣を数える。
「三回なら聞けそうだな」
「三回も勿体ないでしょ!? どうにか一回にするの!」
アヴリルは人込みを避けて私たちに手招きをする。しゃがみ込み、策を巡らせているようだ。
「聞きたいのは、エスメラルダ、ローレンス、魔王城、伝承……。一回で全部聞くには……。もう~……」
それでも纏まらないのか、アヴリルは両手で頭を抱えた。
「……そうだ」
そこで声を上げたのはノエルだった。その瞳にはどこか自信が覗いている。
「司書の知恵を借りるんだ。エスメラルダ、ローレンス、魔王城、伝承。全部が載ってる本を探してくれって」
「それで見つからなかったらどうするんだ?」
「それは知識不足の司書のせいにする。本がないんじゃ、金を払う必要もないから返してもらう」
それは名案、と言ってもいいのだろうか。どこか司書を騙しているように思えて気乗りはしない。
「でも――」
「さっすがノエルじゃん! そうと決まったら聞きに行こー!」
私の否定の言葉はアヴリルに掻き消されてしまった。私とリックスの意見も聞かず、再びカウンターへと行ってしまった。金銭管理をしているノエルもその後を追いかける。リックスはその場でやれやれと頭を掻く。
「ノエル、アヴリルに似てきてないか……?」
「だいぶ、ね」
それも悪い方向に。どうか、二人で問題を起こさないで。そう願う他にはない。
アヴリルとノエルは話をつけたのか、先ほどの司書が奥へと消えていった。私とリックスもカウンターへと向かい、司書の動向を見守る。カウンターの奥にも本棚が続いていた。司書は梯子を使い、一冊の本を手に取る。そして、こちらへと戻ってきた。
「お探しの本はこちらですね」
その人は丁寧に、そっとこちらに差し出す。本は閲覧が制限されているのか、赤のハンコで『限』の文字が捺してあった。
「大変破れやすい書物です。慎重に扱ってください。手袋もお貸しいたします」
「分かりました」
この本の中に、私が追い求める全てのことが載っているかもしれない。鼓動は激しさを増し、喉は震える。
ノエルは手袋をはめると、慎重に薄い本へと手を伸ばす。題名は『忘れられた国の歴史』――怪しさは満点だ。
「読書室はあっち! ほら、行こー!」
一つのドアの前に掲げられたプレートを見て、アヴリルは子供のように跳ねる。嗜める者はおらず、彼女についていくしかなかった。
そうして四人で一つのテーブルに向き合い、表紙を捲る。
「何々? 昔、ティンブロという、それはそれは美しい国が――」
「静かにしろ」
本の内容を声に出して読み始めたアヴリルをリックスが叱る。私はというと、日焼けした紙に印刷された文字に釘付けだ。
* * *
昔、ティンブロという、それはそれは美しい国がありました。王女エスメラルダと騎士ローレンスは、仲睦まじく暮らしていました。しかし、天変地異が起きました。エスメラルダが禁忌の魔導書を使ったのです。
大地はやせ、空は暗くなり、ティンブロの人々は死に絶えていきます。魔導書を使ったエスメラルダも命を落としてしまいます。
しかし、ローレンスだけは生き残りました。国の悲しみと絶望を背負い、今は魔王城となったティンブロ城に住んでいると言います。ローレンスを終わらせられるのは、魔王城を元に戻せるのはエスメラルダだけ。
彼女を失った今、願いは夢幻と消えました。『エスメラルダを持った魂がやってくる』その伝承が真になるのかどうかも知らず。
ローレンスは今なお、エスメラルダを待っているのです。
* * *
「何だこれ、ただの絵本じゃんか」
リックスは舌打ちをし、苦々しい表情をする。
「司書のヤツ、一万オンスふんだくったな」
「いや、そうとは言えないかもしれない」
ノエルは本に描かれた禍々しい紫の空と黒い城を見詰めながら、口を引き結ぶ。
「根も葉もないところに、こんな話だけが残ってるはずがない。しかも、エスメラルダとローレンスっていう具体的な名前を残して」
私も信じる以外にはない。夢の一部に酷似している部分があるからだ。禁忌の魔導書――私には心当たりがある。
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