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第8章 図書の国 / 第21話
その国は、誰でも受け入れてくれる場所だった。ただし、金銭的に余裕のある者だけに限られる。門番は通行許可証を要求しないし、城よりも巨大な図書館にも無料で入ることができる。ただ、宿代がとんでもなく高額なのだ。
アヴリルが律儀に代金を支払っていては、いつか痛い目を見る――そう言っていた意味をようやく理解することができた。
「おひとり様、一泊七十万オンスですが……旅の方が払えます?」
図書館に併設している宿屋のオーナーが、黄緑の瞳を嫌らしく細める。七十万オンスなんて、私たちの故郷で二ヶ月は生活できるような金額だ。逆に言えば、十分な貯蓄がなかった私たちには払えるような金額ではない。
それでもノエルは財布を確かめ、紙幣を数える。その隣でアヴリルは口をへの字に曲げた。
「ノエル、本気で払う気?」
「いや、払えない……」
「だったら、オフィーリアの出番じゃん」
アヴリルは後ろで控えていた私の元へとやって来て、私の手首を掴む。そのまま引っ張りカウンターに近付くと、オーナーに私の左手を掲げてみせる。
「これでも泊まらせないって言うつもり?」
「せ、聖女様……!?」
急にあたふたし始めたオーナーに、アヴリルは畳みかける。
「この宿を焼き払ってもいいんだよ?」
「そ、それだけは……! 火の元が割れれば死罪に……!」
「じゃあ、泊めてくれるよね?」
アヴリルが口角を上げると、オーナーは首をもたげた。
「……三〇八号室をお使いください」
落ち込んだ雰囲気を醸し出し、オーナーは一つの鍵を用意してくれた。ところが、リックスは眉間にしわを寄せる。
「野郎とレディが同室?」
「こちらにも運営がありますから……」
「リックス、これ以上、無理は言えないよ」
なんとかリックスの片手を引き、気を引いてみる。何とか納得してくれたのか、リックスもようやく頷いてくれた。
ノエルが鍵を受け取り、四人でオーナーに背を向ける。すると、「貧乏人の癖に……」と小言が聞こえたのだ。アヴリルが振り返り、オーナーに睨みを利かせる。一触即発になるかと思いきや、オーナーは苦笑いをするだけに留まった。アヴリルの目が鋭くなったものの、先頭を切って歩き出したので私たちもそれに続く。ノエルはアヴリルの横に、リックスは私の横に、それが私たちの定位置となっていた。
赤いカーペットに白い壁、焦げ茶の調度品に豪華なシャンデリア――私が立ち入ったことのない、豪華な宿だ。
階段を上り、三階へと入る。廊下が一段と広くなったように感じられた。
「私たち、場違いじゃない?」
「聖女がそんなことを言ってどうするの!」
アヴリルは私を肯定しようとしてくれたのだろうか。ノエルの横で笑いながら、こちらに振り返る。ノエルとリックスもアヴリルの言葉を否定しようとはしなかった。
三〇八号室のドアプレートが見え、ノエルがその鍵穴に鍵を挿し入れて回す。小気味のいい音が鳴ったので、躊躇いもせずにドアを開ける。
そこにあったのは、まるで小さな城のような豪華な部屋だった。四人では大きすぎる広さに、セミダブルのベッドも四つ用意されている。布団には金の装飾も施されており、調度品は廊下のものと同じ焦げ茶色だ。シャンデリアまでもがついている。無料で泊まらせてもらって、これで文句は言えないだろう。
「……悪いことを言っちゃったかな」
リックスは荷物を置きながら、苦笑いをする。
「こんな豪華な部屋だとは思わなかったからな。ま、しょうがないだろう」
「そうだよ。聖女を泊まらせるんだもん。これくらいしてもらわないとね」
ノエルもアヴリルも待遇のよさを褒めているのに、どこか視点が違う。それも二人らしいか、と小さく笑ってしまった。
今一度、部屋を存分に眺める。この煌めく世界で寝つけるのだろうか、と不安を覚えつつも、次の行動へ移ろう。
「荷物も置いたし、図書館に行こっか」
「そうだな」
四人で頷き合い、再び廊下へと出た。
図書館のゲートをくぐると、まず見えてきたのはうず高く積まれた本棚だった。私たちの身長の四倍はあるだろうか。それが二階、三階と続いている。世界中の本を集めていると聞いたから、このどこかに私たちが追い求めている答えが眠っているはずだ。
「って、この本棚からどうやって本を探すの?」
足よりも声が先に出ていた。アヴリルは両手に腰を当て、無尽蔵に広がる本棚を見遣る。
「どっかにカウンターがあるはずなんだけどなぁ。あれかな?」
アヴリルが指さした方には、僅かな空間と小さな人だかりができていた。
「とりあえず、行ってみよー!」
「おー!」
アヴリルの掛け声に、リックスが答える。最初は犬猿の仲なのではないかと思っていた二人だったけれど、意外と息は合うらしい。
人だかりを抜け、カウンターに辿り着いた。それはいいのだけれど、またしても問題が発生した。案内に『図書の検索、一回一万オンス』と書かれているのだ。
ここでも金銭が発生するのか。開かれているようで、全く開かれていない図書館だ。アヴリルはまたしても私の片手首を掴み、司書の元へと悠々と歩く。
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