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第一章 火の魔法 FER(フェル) / 第1話
父親の掌の上で火が踊っていた。
その瞬間⸻
知らない記憶が激流となって、カイエの脳に流れ込んできた。
「……ぅあ……あ」
ドクドクと、心臓が早鐘を打つ。
呼吸の仕方がわからない。
カイエはその場に崩れ落ちた。
しぬ?
こわい。
視界が歪む。
その時、一羽の鳥が音もなく舞い降りた。
金色の瞳。白と黒の羽。
鳥は顔を傾け、倒れたカイエを興味深そうに観察している。
記憶と感情がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
今までの自分と、その前の自分。
情報の濁流に押し流され、カイエは身体の感覚さえ失いかけていた。
「たす、けて……」
鳥はその声に応えるように、ゆっくりと翼を広げた。
(……え?)
次の瞬間。
白黒の輪郭が解けた。
淡く空間へ広がった光が再び収束し、人よりも大きな獣の姿を形作る。
白と黒の毛並み。
大きな獣はカイエを優しく咥え上げ、そのまま歩き出した。
高熱でぼんやりした意識の中、カイエは運ばれるがままだ。
獣は部屋の奥のソファーにカイエを横たえ、その顔を覗き込んだ。
感情のない金色に、うつろな琥珀の瞳が写る。
(……さっきは、とり、だった)
カイエは目の前の存在から目を離せなかった。
いつの間にか呼吸が戻り、鼓動も落ち着いている。
その様子を見た白黒は、伸びをするように体をしならせた。
輪郭が再び曖昧になる。
そして今度は白黒の猫となり、カイエの横に丸まった。
(……つぎは、ねこ……)
その不思議な光景に、混乱していた思考が少しだけ静まる。
重くなった瞼がゆっくりと閉じていった。
◆◆◆
練武場近くの部屋で熱を出していたカイエを、掃除に来たメイドが見つけて大騒ぎになった三日後。
目覚めてからというもの、カイエは大事なことを忘れたくなくて、何でもノートに書いていた。
たくさんのことを思い出したのに、それが思い出せなくなっている。
そんな感覚に襲われていたから。
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『
きょうは りす。
おやつが木の実のクッキーだから?
まだわからない。
』
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当の白黒リスは、テーブルの上でクッキーを貪っている。
(もぐもぐ。)
カイエは白黒をじっと見た後、前のページをめくった。
===============
『
きょうは ねずみ。
なくしたブローチをもってきた。
とてもえらい。
』
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『
きょうは ねこ。
やねでひるね。
お昼から夕方までいた。
ねむるのが好き?
』
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⸻コンコン
「カイエ、入るぞ」
返事も待たずにカイエの寝室へ入ってきたのは、父のグレンだった。
「パ……とうさま」
カイエはノートを閉じ、両手を広げる。
(……パパ?)
知らない言葉が頭をよぎり、カイエは少し戸惑っていた。
その様子には気づくことなく、グレンは娘を抱きしめてから、ベッド脇の椅子へ腰掛けた。
「熱がやっと下がったみたいだな。調子は?」
「もう大丈夫!」
「まったく、心配したぞ」
グレンはカイエの茶色い癖毛を、ぐしゃぐしゃと撫で回した。
「きゃー!」
楽しそうな親子を、白黒リスはクッキーを咀嚼しながら眺めている。
「そんなに魔法が見たかったのか?」
「うん」
「じゃあ見せてやろう」
グレンは立ち上がり、掌を上へ向けた。
「フェル」
ぽっ、と小さな火が浮かぶ。
カイエは、息を呑んだ。
(燃えてる…… でも、木がない)
発火。
(……はっか?)
再び知らない言葉が浮かび、カイエは目を見開いた。
娘の驚いた顔に調子に乗り、グレンが続けて暖炉を指差す。
「フェルティア」
ガンッ⸻
軽い音と共に火球が飛び、暖炉へ吸い込まれた。
(火が……とんだ)
射出。
(しゃしゅつ?)
知らない言葉を知っている。でも思い出せない。
「どうだ、すごいだろ?」
「……うん」
カイエは父に曖昧に頷きながら、しばらく暖炉から目を離せずにいた。
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