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1章【新命の始まり編】 / 第28話
紅蓮の炎と蒼氷の輝きが激しく交錯し、屋上を覆っていた闇をわずかに押し返す。
互いの刃がぶつかり合うたび、衝撃が空気を震わせ、砕け散った氷片が夕闇へと舞い上がる。レッドは神剣を構えたまま、静かに息を整えた。
肩で荒く呼吸をしているはずなのに、不思議なほど視界は澄み切っている。耳に届くのは風の音。床へ落ちる氷の欠片。
そして――目の前に立つ狂戦士の呼吸。それらすべてが、驚くほど鮮明だった。
(見える……)
世界が、今までとは違って見える。クロウが重心を移す僅かな癖。肩が動く角度。剣先へ力が集まる瞬間。
すべてが1本の線となって繋がり、その先の動きまでも自然と頭へ浮かんでくる。狂戦士もまた、その変化を感じ取っていた。兜の奥で紅い双眸が細められる。
「……なるほど。その眼か」
重く低い声が屋上へ響く。レッドは答えず、神剣をゆっくりと握り直した。
刀身を包む炎が、一段と強く燃え上がる。それは怒りではない。憎しみでもない。誰かを守り抜こうとする意思が、そのまま炎へ姿を変えたような輝きだった。
隣ではレイラも神斧を構える。頬にはまだ涙の跡が残っていた。けれど、その瞳に宿る光はもう揺らいではいない。
「レッド」
「ああ」
短い返事。今の2人に、多くの言葉は必要ない。互いを信じる気持ちは、もう言葉より先に伝わっていた。
レッドは静かに前へ出る。狂戦士を真正面から見据え、神剣の切っ先をゆっくりと向けた。
「この異変は――」
1歩、また1歩。足音だけが静寂の中へ響いていく。
「必ず終わらせる」
その言葉は、自分自身へ向けた誓いでもあった。そして――
「スキル――」
炎が爆ぜる。次の瞬間、レッドの姿は、その場から消えていた。
「っ……!」
狂戦士の瞳がわずかに見開かれる。一直線。迷いのない踏み込み。奇襲でも、死角を狙う小細工でもない。
真正面から一直線に駆け抜けるその姿は、まるで燃え盛る流星そのものだった。
「正面から来るとは……!」
クロウは即座に大剣を振り上げる。真正面から迎え撃つ構え。その瞬間だった。
「 【炎帝轟覇】――!」
レッドは神剣を振り抜くことなく、その場で大きく身を捻る。
神剣の切っ先へ凝縮されていた炎が、一気に解放された。
ゴオォォォッ!!
膨大な熱量が圧縮され、一つの巨大な炎球となってクロウへ襲いかかる。燃え盛る太陽を思わせる紅蓮の塊。
その圧倒的な熱量に、周囲の空気までもが歪んで見えた。
「なに……!」
狂戦士は咄嗟に剣を構え、防御姿勢を取る。だが――
(違う。狙いは、お前じゃない)
レッドは心の中で静かに呟いた。炎球は狂戦士の目前を掠めるように通過し、そのまま廊下の床へ激突した。
――ドォォォォンッ!!
そして爆音を立て廊下全体が激しく揺れる。床は大きく抉れ、コンクリート片が爆煙とともに吹き飛んだ。視界が一瞬で炎と土煙に包まれる。
狂戦士の視界も、また完全に遮られた。
「……っ!」
その一瞬。ほんの一瞬だけ生まれた死角。レッドは爆煙へ飛び込み、炎に紛れるように身を滑り込ませる。
(そこだ)
一筋の光を発するレッドの瞳が捉える。煙の向こう、狂戦士の無防備な脇腹。そして――次に身体が動く軌道までも。
神剣へ再び炎が宿る。迷いはない。躊躇もない。今しかない。レッドは地面を強く蹴り、炎を纏った神剣を渾身の力で振り抜いた。
炎を裂いて放たれた神剣は、一切の迷いなく狂戦士クロウの胴を捉える。
――ギィィィンッ!!
金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き、火花が激しく散る。クロウの黒き鎧が軋み、その巨体が大きく後方へ押し込まれた。
「……ぬっ!」
重々しい声が漏れる。これまで1歩たりとも揺らぐことのなかった狂戦士が、初めて体勢を崩した。
レッドは追撃の手を緩めない。踏み込む。さらに一歩。神剣を返し、そのまま連続で斬撃を繰り出す。炎を帯びた刃が、空気を切り裂きながら幾筋もの軌跡を描いた。
狂戦士は大剣を振るい応戦するが、わずかに反応が遅れる。その一瞬を、レッドは見逃さなかった。剣と剣がぶつかる。衝撃で火花が舞い散り、熱風が2人の間を吹き抜ける。
互いの距離は、もはや腕1本分もなく、視線と視線が交錯する。
「……小僧のくせに……!」
低く唸るような声が鎧の奥から響いた。その声音には、先ほどまでの余裕はない。レッドは静かに息を吐き、神剣を押し返した。
「よく耐えるな。さすがは――獄闇の狂戦士」
その声は驚くほど落ち着いていた。狂戦士は押し返されながらも、ゆっくりと体勢を立て直す。
しかし、その視線はレッドの剣ではなく――その瞳へと向けられていた。
「……その眼……」
ぽつりと漏れた声。レッドは首をかしげる。
「眼……?」
「違う……炎の色も……気配も……先ほどとは別人ようだ⋯⋯」
狂戦士はわずかに距離を取り、改めてレッドを見据えた。レッドの瞳には、物理的な光が宿っていたのだ。鎧の隙間から漏れる禍々しい気配が、一段と濃くなる。そして、彼はまるで確信したように呟いた。
「そうか……これが……『覚醒』……」
「覚醒……?」
聞き慣れない言葉に、レッドは思わず眉をひそめる。――『覚醒』。その意味はわからない。
だが、自分の中で何かが変わったことだけは、確かに理解していた。視界、身体能力、炎との一体感。すべてが先ほどまでとは比べものにならない。
狂戦士は静かに大剣を構え直した。その動作1つで、空気が震える。
「ならば……本気で貴様を殺す」
瞬間。黒い残像だけを残して狂戦士の姿が消えた。レイラの瞳が大きく見開かれる。
「速い……!」
常人なら目で追うことすらできない速度。しかし、レッドだけは違った。
迫り来る斬撃、風の流れ、踏み込み。足の動き。すべてが、まるでゆっくりと流れて見える。
(――見える)
自然と身体が動く。神剣を引き、半歩だけ身体をずらす。
轟音を立てて振り下ろされた黒き大剣は、紙一重でレッドの肩先を掠め、屋上の床を大きく抉った。爆風が吹き荒れるが、レッドは微動だにしない。
「速いな。でも――もう遅い」
そしてレッドは静かに告げる。それを目の当たりする狂戦士の瞳は揺れていた。
「 『炎神乱舞』――伍ノ乱」
神剣を天へ掲げる。その瞬間、刀身を包む炎が一気に膨れ上がった。
赤、橙、黄金。幾重もの炎が螺旋を描きながら天へ昇り、屋上全体を紅蓮の光で染め上げていく。
吹き抜ける風さえ熱を帯び、まるで世界そのものが燃え始めたかのようだった。レッドは静かに目を閉じる。炎が応え、神剣が応える。
そして――自らの意思が、炎と完全に重なった。
「燃え尽きろ」
やがて、その一言とともに、彼は神剣を振り下ろした。地面が裂け、深淵のような亀裂が走る。屋上を覆う炎が巨大な奔流となって渦を巻き、深淵の底から噴き上がる業火のようにクロウへ襲いかかった。
「 【 焔に抱かれし深淵の果て 】 」
そして、紅蓮の咆哮が、校舎全体を震わせていた。
後書き
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