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2章【新たなる出会い編】 / 第35話
「ひ〜ま〜っ!!」
間延びした叫び声が、静かなリビングに響き渡った。その主――レッドは、床へ大の字になって寝転がったまま、力なく天井を見上げていた。
時計の秒針だけが、やけに大きく耳へ届く。カチ、カチ、と一定のリズムを刻み続けるその音が、部屋の静けさをより際立たせていた。
学校が休校になってから、すでに数か月。最初の頃は誰もが歓声を上げた。「やった!」「しばらく学校行かなくていい!」そんな声が、友人たちとのチャットなどでも飛び交っていた。
だが、人というものは贅沢な生き物だ。自由という時間は、長く続けば続くほど価値を失っていく。ゲームもやり込んだ。本も読み尽くした。動画も見飽きた。
トレーニングだって続けてみたが、それも3日と経たずに飽きてしまった。気がつけば、こうして天井を眺める時間だけが増えていた。
「……暇だ」
ぼそりと漏らした言葉は、誰にも届かず部屋へ溶けていく。
「……暇すぎる」
レッドは片腕を額へ乗せ、大きくため息をついた。窓の外では、初夏の柔らかな風が木々を揺らしている。空はどこまでも青く、雲はのんびりと流れていた。
こんなにも穏やかな1日なのに、自分だけが時間から取り残されているような感覚だった。もっとも、退屈なのは自分だけではない。
友人たちとの連絡も日に日に減り、誰もが暇を持て余していることは何となく伝わってきていた。――そんな時だった。
ピンポーン。
そんな静寂を破るように、インターホンが鳴る。レッドはゆっくりと体を起こし、気だるそうに玄関へ向かった。
「はーい……」
鍵を開け、扉を開く。すると、そこにはいつも目にする人物が立っていた。
「レッド〜! ドアあーけて!」
「……もう開いてる」
目の前には、満面の笑みを浮かべたレイラ。いつもと変わらない、底抜けに明るい笑顔だった。レッドは思わず苦笑する。
「お前……チャイム鳴らしてから叫ぶまで早すぎないか?」
「だってレッド、絶対ゴロゴロしてると思ったもん!」
「……よく分かったな」
「えへへっ♪」
胸を張って笑うレイラを見ていると、不思議と毒気を抜かれてしまう。いつものように親は仕事で家には誰もいない。このまま玄関先で話すのも何なので、レッドは軽く肩をすくめた。
「入るか?」
「やったー!」
レイラは嬉しそうに靴を脱ぐと、慣れた様子で家へ上がっていく。
「おじゃましまーす!」
「ほんと遠慮ないよな……」
リビングへ入るなり、レイラはソファへ勢いよく飛び込んだ。ぽすん、と柔らかな音が響く。
「ふぅ〜。レッドの家って落ち着く〜!」
「自分の家じゃないんだから、そんなにくつろぐなよ」
「えー? いいじゃん!」
そう言って笑う姿は、まるで自分の家で過ごしているかのようだった。レッドは冷蔵庫を開け、中からジュースを2本取り出す。
「ほら」
「ありがと!」
キャップを開ける音が重なる。しばらくは、静かな時間が流れた。窓から吹き込む風がカーテンを揺らし、グラスの中の氷が小さく音を立てる。
そんな穏やかな空気を破ったのは、やはりレイラだった。
「……でね!」
「うん?」
「何もすることないから来てみたけど、やっぱ何もないから帰るね☆」
レッドは思わず飲みかけていたジュースを吹き出しかける。
「いや、何しに来たんだよ!」
「えへへ〜」
「笑ってごまかすな」
レイラは悪びれる様子もなく、ストローをくるくる回していた。
「ちゃんと用事もあるよ?」
「あるのか」
「明日から学校再開だから、忘れないでねって言いに来た!」
「……それだけ?」
「それだけ!」
レッドは一瞬言葉を失う。しかし、そのあまりにもレイラらしい理由に、自然と笑みがこぼれた。
「ふぅ、もちろん覚えてる」
「ほんと?」
「さすがに忘れないよ」
「ならよかった!」
レイラは満足そうに頷くと、空になったグラスをテーブルへ置き、にっこり笑う。
「じゃあ――ジュース、おかわり!」
「結局それが目的だったろ……」
呆れながらも、レッドは再び立ち上がる。そんな何気ないやり取りが、妙に心地よかった。退屈で止まっていた時間が、少しだけ動き出したような気がしたのだ。
冷蔵庫へ向かいながら、レッドはふと窓の外へ目を向ける。青空の向こうには、穏やかな世界が広がっている。
――明日から学校。きっとまた、いつもの日常が戻ってくる。そう願った。
(……何も起こらないと、いいけどな)
胸の奥に生まれた小さな胸騒ぎを振り払うように、レッドは静かに息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝。長らく静まり返っていた校舎は、生徒たちの声で再び活気を取り戻していた。昇降口には久しぶりに顔を合わせた友人同士が集まり、「久しぶり!」という声があちらこちらから飛び交う。
笑い声、足音、教科書を抱えて廊下を走る音。そのどれもが、レッドにとってはどこか懐かしく感じられた。
「というより学校って、こんなに賑やかだったんだな」
思わず漏れた独り言に、自分で苦笑する。少し前までは、もっと賑やかにならないかと思っていたが人は環境が変わると感じ方まで変わるものらしい。
教室へ入ると、すでに多くの生徒が席についていた。
「レッド! おはよー!」
聞き慣れた元気な声が飛んでくる。窓際の席で大きく手を振っているのはレイラだった。
「朝から元気だな」
「だって学校だもん! みんなと会えるし!」
「昨日も色々会ってただろ」
「昨日は昨日! 今日は今日!」
意味が分かるような、分からないような理屈である。レッドは肩をすくめながら自分の席へ座った。
教室を見渡せば、休校中の出来事を話す者、宿題の答えを見せ合う者、机を囲んで談笑する者と、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
――変わらない日常。
その光景を見ているだけで、不思議と心が落ち着いていく。やがて始業のチャイムが鳴り、担任の教師が教室へ入ってきた。
「はい、席についてくださーい」
生徒たちが慌てて自席へ戻る。教室は徐々に静まり返り、教師は満足そうにうなずいた。
「さて、皆さん。長い休校期間も終わり、今日からまた学校生活が始まります」
教壇の前に立つ教師は、1度教室全体を見渡してから柔らかく微笑む。
「……とはいえ、皆さんには来週、もっと楽しみな行事がありますよね?」
その言葉を聞いた瞬間、教室の空気が一気に明るくなった。
「あっ!」
「 『学年旅行』!」
「楽しみー!」
あちこちから期待に満ちた声が上がる。教師は黒板へ大きく『学年旅行』と書き、その下へ丸印を付けた。教室中の視線が教師へ集まる。
「それでは、その学年旅行について説明します。まず最初に問題です。皆さん、今回の行き先は知っていますか?」
すると1人の男子生徒が勢いよく手を挙げた。
「はい!」
「どうぞ」
「最近話題になってる『ネアロニホン』ですか?」
「おぉ、それだ!」
「行ってみたい!」
周囲から賛同の声が上がる。教師は思わず笑みを浮かべた。
「いい予想ですね。でも――残念、不正解です」
「えぇ〜!」
教室に落胆の声が広がる。教師は黒板へ新たな文字を書いた。そこに記された名前は――『ゼログランド』。
「今回皆さんが訪れる場所は、この『ゼログランド』です」
一瞬、教室が静まり返る。
「ゼログランド……?」
「聞いたことあるような……」
「どこだっけ?」
戸惑いの声があちこちから聞こえる。教師は黒板を軽く叩いた。
「歴史の授業で習いましたよね。別名――『無の荒れ地』と呼ばれています」
「あっ! そうだ!」
「コードゼロがどうのって!」
「なんかあった!」
数人の生徒が思い出したように声を上げる。教師は満足そうにうなずく。
「ふふ、その通りですね」
レッドはその単語を聞いた瞬間、小さく眉をひそめた。
(……コードゼロ)
その名を耳にするだけで、胸の奥がわずかにざわつく。どこか遠い場所で鐘が鳴るような、言葉では説明できない違和感。教師は説明を続ける。
「ゼログランドは、かつて世界に起きた大災厄――《Code 0.0 ZERO》の影響によって生まれたと伝えられている土地です」
黒板には地図が映し出される。広大な大地の中央にぽっかりと空いた、不自然な灰色の地帯。
「現在では歴史的価値の高い場所として保護され、多くの研究者や観光客が訪れています。」
すると1人の女子生徒が手を挙げた。
「先生! 荒れ地ってことは……すごく汚い場所なんですか?」
「いい質問ですね」
教師は頷き、そう言ってチョークを持ち替える。
「ここでいう『荒れ地』とは、土や建物が壊れているという意味ではありません」
黒板へ一文字だけ、大きく書く。――異質、と。
「この場所は、世界のどことも違う特殊な環境を持つ土地なんです」
「異質……」
「なんか怖そう」
「でも逆に気になる!」
生徒たちの興味はますます高まっていく。その様子を見ていたレイラも、目を輝かせていた。
「なんだか、すっごく面白そう!」
無邪気な笑顔。その笑顔につられて、教室の空気も再び明るくなる。しかし――そんな賑やかな教室の中で、1人だけ。
レッドは黒板に書かれた《Code 0.0 ZERO》という文字から、どうしても目を離すことができなかった。
(……どうしてだろう)
胸の奥に、小さな棘が刺さったような違和感だけが、静かに残り続けていた。
後書き
ここまで読んでくださりありがとうございます!
さぁ、これより2章が開幕しました。
レッドたちの行く末がどうなるのか、ぜひ見守ってあげてください!
ここから物語もだいぶ動いてくいく⋯⋯かも⋯⋯!?
『水城ゆら』
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