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物流倉庫編 / 第9話
楓が土鍋の蓋をとり、ふわっと立ち上る湯気を、アキラはじっと見つめていた。
「うまそうや~ん」
湯気の向こうで、覗き込んでいる楓の目の色がキラキラしていた。
「あんたのぶんはあるじゃろ!あきらくん、遠慮せんでええからようけ食べてね」
カウンターの向こうから女将さんが笑顔で皆に手招きしていた。
「皆さんのも同じ雑炊じゃけど、小皿の梅干を少しずつ入れて食べてくんさい。さっぱりしますよ」
ぞろぞろと男性陣が、女将のいるカウンターに集まり、食事のお盆を受け取っている。
アキラはれんげで土鍋の中の雑炊を少しだけ掬った。
湯気をまとった淡い琥珀色のスープに、ふっくらしたご飯が浮かんでいる。
「あきらくん、熱いから軽くふーふーして、ふーふー」
自分の食事を運んできた紗綾が、お盆を置きながらアキラに優しく声をかけた。
「ふーっ、ふーっ」
息を吹きかけ、アキラはゆっくりと口に運んだ。
温かい。でも、美味しい!という感情は湧かなかった。
味がしない。いや、ほのかな塩味は感じる。
もうひと口。掬う。
「ふーっ、ふーっ」
息を吹きかけ、口に運んだ。
やっぱり、味を感じない。
(ママのごはんがたべたいな)
胸がくぅっ、と締め付けられるような、苦しい感覚。
「どしたん?あつかった?」
楓が湯気越しに首を傾げた。
アキラは首をふるふると左右に振って、今度は多めに掬って、息を吹きかけ、口に運んだ。
「しっかり食べんと、おねーちゃんみたいに強くなれへんで」
楓はうどんを掬いながら、ニカッと笑った。
「うん」
掠れるような小さな声でアキラは頷くと、まだ口の中にご飯が残っていたが、強引に飲み込んで、また多めに雑炊を掬って、息を吹きかけ、口に運んだ。
でもやっぱり、美味しいはずの雑炊は、あまり味がしなかった。
「あきらくん、ゆっくりでいいよ」
隣で食べ始めた紗綾は、少し心配そうな目でアキラを見ていた。
(たべないとつよくなれない)
またひと口、口に運ぶ。噛む。噛む。飲み込む。
(たべたらつよくなれる)
またひと口、口に運ぶ。噛む。噛む。飲み込む。
(たべていけばおおきくなれる)
またひと口。噛む。飲み込む。
(たべていけばつよくなれる)
またひと口・・・またひと口・・・またひと口。
(つよくなったら、パパとママを助けにいける)
(ぼくがよわいから、パパ、ママが連れていかれた)
(ぼくがよわいから、パパ、ママを助けられなかった)
目の奥で、父と母の最後の姿、声がフラッシュバックする。
今日の出来事なのに、もうすごく遠く感じる。
——玄関を開け、両親のもとへ駆け寄ろうとしたその時、
(あきら!くるな!)
(あーちゃん!でちゃだめ!)
目の前を横切る巨大な影
激しい風圧で押し戻される玄関のドアに吹き飛ばされ・・・
ほんの一瞬のできごと
恐る恐る玄関のドアを開けたら・・・
パパもママも、何も・・・なかった——
「あきらくん!」
紗綾が口に運ぼうとするアキラの手を止めた。
紗綾は心配そうにアキラを覗き込み、
「待って、そんなに慌てて食べちゃだめ。ゆっくり噛んで、ね?」
と、制止した手を回し、やさしくアキラの背中をさすった。
(ぼくがよわいから、あのおじさん死んじゃった)
——激しい雨、風、雷鳴・・・
怪物に吹き飛ばされ、無軌道に跳ねながら破片をまき散らし、アスファルトの地面に叩きつけられ、動かなくなった、大きなロボット・・・
——怪物が飛び去って、ロボットの中から、自衛隊の人たちがおじさんを引っ張り出して——うごかなくなったおじさんを、大きな袋に入れて泣いている緑のお姉さんたち・・・
(いっぱい食べて、つよくなる)
(つよくなったら、あのおじさんの仇をとれる)
(パパやママもたすけられる)
(パパ、ママ、どうしてるかな)
(パパ、ママ・・・し)
アキラはれんげに山盛りで雑炊を掬い、ろくに息も吹きかけずに、大きく口を開けて頬張った。口の中がやけどしそうに熱かったが、気にせず噛んで、飲み込んだ。
味はまったく感じなかった。
目に涙が溜まって視界がぼやけ、れんげを持ったまま、涙をぬぐった。
そして再び、目に涙を溜めながら、ぼやけた視界で雑炊を睨みつけ、掬い、口に運んだ。
熱い雑炊を喉の奥に飲み込み、また涙をぬぐった。
紗綾はハンカチを取り出しながら静かに見守っていた。
その様子を楓は箸を止め両手を組み、頬杖をついて、眺めていた。
何か声をかけようと口を開きかけたが、やめた。
ふと横を見ると、隣に座った仙川が全然違う意味で涙目で固まっていた。
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