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第10章 もつれる足 / 第219話
午後からは、フレアの宣言通りにダンスの練習が開始された。フレアが指を鳴らすと、部屋の片隅に置かれていた蓄音機からワルツが響き始める。
四人で会議室の奥にある広々とした空間に移動し、私とクラウ、アレクとフレアのペアが出来上がる。
「まずは、あたしとアレクで見本を見せるね。アレク、良いでしょ?」
「あぁ」
掛け声もなく、阿吽の呼吸でアレクとフレアの身体は動き始めた。
軽やかに踊る様はとても可憐だ。慣れた足取りで、きちんとアレクがフレアをリードしている。フレアも見ているだけで上品さが漂ってくる。思わず見惚れてしまった。
「これが完成形だと思って。ミユなら出来るって信じてるから」
フレアは踊りながら、華麗にウインクを決める。そんなに過度な期待をされても困ってしまう。
「まずはやってみなくちゃね。右手は俺の手を取って、左手は俺の肩に触れて」
「う、うん……」
言われた通りにやってみる。アレクとフレアを見れば分かるのだけれど、身体が妙に密着する。クラウは良いとして、この体勢で、オズや他の王と踊れというのだろうか。考えただけでも頭は熱で浮かされそうになる。
「ミユ?」
接近した状態でクラウに首を傾げられたので、頬が高熱を発した。顔を隠せる場所もなく、ただただ彼を見上げてみる。
まだ踊り続けているアレクとフレアの方から、二人の笑い声が聞こえた。アレクは呆れ気味に口を開く。
「これじゃ、先が思いやられるな」
「そんなこと言ったって……! この状態で王様と踊るなんて、私……!」
「それは俺も納得出来ないよ。出来るなら、俺から離れないでいて欲しいけど……あの招待状じゃ、無理かな」
「え〜!?」
そこでクラウには弱気になって欲しくなかった。ムスッと膨れると、クラウは苦笑いをする。ようやくアレクとフレアが足を止めた。
「そろそろ足を動かして。時間はないんだよ?」
「はい」
フレアの言葉に関しては、言い訳が出来ない。頭や口ばかり動いてしまって、練習は一歩も進んでいないのだ。迷いを振り切るようにクラウを見て、決意を新たにする。
「出来てなかったら、ちゃんと言ってね」
「分かった」
柔らかな表情な割には、目は真剣だ。流石は、私が好きになった人ではある。
音楽を聴きながら、タイミングを見計らう。
「えっと……どっちの足からどう動かせば良いの?」
「それは最初に聞くべきでしょ」
フレアからの厳しい野次が飛ぶ。クラウとアレクも笑うばかりだ。
「右足を下げてから、左足を下げて、右足を揃える。ここまでは良い?」
「多分」
脳内再生をしながら、クラウの説明を自分の中に落とし込む。
「じゃあ、やってみよう。せーの。ワン、ツー、スリー」
右足、左足、そして右足――クラウの足とぶつかりながら、何とか着地する。
絶対に、私の行く先にクラウが合わせてくれている。それでも、ステップを初めて踏めた瞬間だった。
「……出来た?」
「うん! 初めてにしては良い感じだよ!」
クラウは顔を綻ばせ、頷いてくれた。心がほんわりと温かくなる。
「やった〜!」
たった三歩だけかもしれないけれど、私にとっては大きな三歩だ。手を離し、クラウに飛びついた。彼の体温を感じるとともに、小さな動きに気づく。
「次は左足から、さっきと同じ感じで次に右足、左足」
アレクとフレアの歓声を聞きながら、クラウの言葉に耳を疑う。達成感を味わう時間もなく、復習する機会もなく、すぐに次に行くなんて。フレアやアレクだけではなく、クラウも私を完璧に仕上げる算段だ。私には喜びを分かち合う時間すらないらしい。
「喜んでくれないの?」
思わず不満が漏れてしまう。一瞬、クラウの表情が歪む。
「嬉しいよ。嬉しいけど、ちゃんと喜ぶのは仕上がった時にだよ」
「む〜……」
優しい声色ではあるものの、厳しい言葉に目を逸らしたくなる。
「ミユのことを信じてるからこそだよ。早く、体勢を立て直して。心の中で数をかぞえて」
「はい……」
これ以上は言っても伝わらないだろう。クラウの顔に笑みがないのだ。文句を言えば反抗と捉えられるだろう。
あの戦いの前に繰り広げた、魔法の特訓での鬼教師がそこにはいた。そこにアレクとフレアが加わっているから、私の立場はない。
「コイツ、容赦ないな」
「走り込みの時に、気づいてたんじゃないの?」
「まぁな」
手短なアレクとフレアの会話が耳に届く。
手拍子をして「ワン、ツー、スリー」と小さく数えるフレアの声を聞きながら、目に込み上げてくるものをどうにか抑える。何故、王たちはただの謁見ではなく、夜会を要求したのだろう。その判断が、ただただ恨めしい。ダンスの体勢を整えながら、王たちを呪う。
「次は六歩、一気に行くよ。せーの」
不満はあるのに言えない。そんな状況の中で、練習は夕飯前まで続いた。
* * *
空気の入れ替えのために窓を開ける。冬の乾いた空気が部屋を引き締めていく。足がだるい。ステップを踏もうとしても、もつれてしまう。
アレクは夕飯の準備に向かい、クラウとフレアと三人で席へと着いた。疲れた。もう動けない。テーブルに突っ伏し、唸り声を上げる。
「まずいよね。このままじゃ間に合わないよ」
「たった七日で仕上げてこいっていう王様たちが間違ってるの。ミユが異世界人だって分かってる筈なのに」
それなら、王たちに抗議してもらいたい。そうは思うけれど、口には出せなかった。窓の閉まる音が鳴る。
「じゃあさ、使い魔たちに抗議しに行ってもらう?」
「それじゃあ、あたしたちが負けを認めたようなものだもん。あたしの気が収まらない」
フレアの『気』に私を巻き込まないで欲しい。一言文句を言おうと膨れっ面を彼女に向けようとした時、クラウが口を開いた。
「それは俺も思う。対等な筈なのに、期間を押しつけてくるなんてさ。……ミユは大変かもしれないけど、やってやろうじゃん。恥はかかせられないよ」
「私は物じゃないんだよ~?」
身体を起こすこともままならず、顔だけを二人へと向けた。苦労するのは私なのだ。少しは私の意見も聞いて欲しい。
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