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第9章 招待状 / 第217話
「凄いよ、ミユ! 初めて文字を書いたなんて、全然思えないよ!」
「私も驚きました」
「私もビックリしてるの。身体が覚えてるって言ったら良いのかな。勝手にペンが進んで……書けちゃった」
「えへへ……」と照れ笑いしてみる。
とは言え、読み書きが出来るようになったかと聞かれると、不安が残る。今後、手紙や招請などをいつ受け取るか分からない。
この機会だ、勉強をしておいた方が良い。せめて午前中の間だけでも、読み書きの練習は出来ないだろうか。
「フレア」
「何?」
「午前中はスティア語の読み書きの練習したいの! ダンスは午後からしっかり練習するから! お願い!」
顔の前で手を合わせて懇願してみる。フレアは「はぁ……」と溜め息を吐き、右手を頬に当てた。
「ミユは言い出したら聞かないから。しょうがないなぁ」
「やった〜!」
思わずガッツポーズをしてしまった。それがいけなかったのかもしれない。その場にいる全員に笑われてしまった。
「じゃあ、俺が例文を書くから、読んでみて?」
笑いながらもカイルから大量の紙束をもらい、クラウは何やら書き始めた。私以上にやる気満々だ。
「ロイ、オマエらはもう帰って良いぞ。後はオレらで何とかなるからな」
「分かりました」
今度こそ、使い魔はここでの役目を終えてお辞儀をし、会議室から出ていく。アリアは「頑張って下さい」とだけ言い残し、私の傍から離れた。四人だけになった部屋で、語学の特訓が始まる。
「はい。じゃあ、読んでみて?」
クラウから紙を渡され、そこに書いてある文字を穴が空くほど見詰めてみる。まるで童話が書かれているようだった。
「昔々、あるところに……二人の男女がいました。合ってる?」
「うん、大丈夫だよ」
クラウが優しく目を細めるので、続きも声に出して読んでいく。
「想い合っているのに、相手に届かない。そんな日々が過ぎていきました。やがて、脅威が現れます。そいつは女性に死の呪いをかけました。何も知らない男性は指輪に想いを託しましたが、次の日に女性は呪いのせいで死んでしまうのです」
これはカノンとリエルの過去だ。自分のことである筈なのに、実感があまりない。それほどまでに、今を必死に生きているのだろう。
この文章にはまだ続きがある。目を通すと、クラウがアレクに口止めをした筈であった内容が書かれていた。読んでしまって良いのだろうか。じっと青い瞳を見詰めてみると、儚げな笑顔が返ってきた。
「続き、読んで?」
クラウにとって、触れられたくない過去であるに決まっているのに。流石に声に出す勇気は沸いてこず、心の中で読み上げる。
それから、男性にとっては地獄の日々が続きます。命を削って女性の墓前に何度立っても、彼女が甦ることはないのです。愛おしいのに触れられない。悲しみの海に沈みながら、男性も静かに死んでいきました。
クラウからのリエルの最期を伝えられた、初めての瞬間だった。視界は滲んでいき、切なさに溢れた雫が便箋を濡らす。
「こんな伝え方でごめんね。声に出しては、伝えられそうにないから」
ああ、こんな過去なんて、存在しなければ良いのに。便箋をテーブルに置き、両手で顔を覆った。
「オマエ、勉強中にミユのこと泣かせてどーすんだよ」
「だってさ」
「リエルの最期なら、ミユはとっくに知ってるぞ?」
「なんで?」
ほんの少し、間が開く。
「オレが言っちまったからな」
「は……?」
アレクは意地悪のつもりで私に過去を暴露したのではない。私があまりにも自分の気持ちに鈍感だったから、本心を気づかせるために言ってくれたのだ。
アレクを責めるのは間違っている。そう口にしようと思ったのだけれど、涙が止まってくれない。ことの行く末を見守るだけに留まってしまった。
「俺が今までどんな気持ちで隠してきたか分かってる!? 何考えてるのさ!」
「悪かったとは思ってんだ。詫びになるか分かんねーけどよー、一つ、オレの隠しごとも教えてやる」
「そんなので、詫びになんか――」
「ヴィクトの最期は……自死だ」
聞いた瞬間、心臓が止まるかと思った。驚きすぎて、涙も止まる。
フレアの顔からも血の気がさっと引いていった。
「アレク、今、なんて……?」
「こんな話はやめよーぜ。それよりミユ、アルファベットの書き方は分かるか?」
「なんと……なく……」
「Aはこうだ。んで、Bはこう」
アレクはクラウの傍にあった紙を一枚奪い、アルファベットを順番に書いてくれているようだった。まるで、何ごともなかったかのように。
「何ぼーっと見てんだ。オマエも書いてみろ」
「う、うん……」
心が衝撃を受け止め切れずにいる。心臓はバクバクと鼓動しているし、手には汗も滲んでいる。仲間の過去の一部を聞いただけなのに。その発端は、私の――カノンの死であることに違いはないのだから。
「ごめんなさい」
意思とは関係なく、口から零れた。
「なんで謝ってんだ」
「だって、カノンが――」
「今日は前世の名前を出すのは禁止な。変な空気にしちまって、こっちこそ済まねぇ」
肯定も否定も出来ず、自分で書いた歪んだ字が並ぶ紙に視線を落とす。
それでも勉強は再開される。クラウを見てみると、やりきれなさが滲んだ切ない表情でアレクをぼんやりと追っていた。フレアを見てみると、叫びたい衝動を抑えるような潤んだ瞳が待っているだけだった。
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