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最終章 / 第278話
小鳥のさえずりが聞こえる。瞼を閉じていても明るい。ゆっくりと瞼を開くと、茶色と赤褐色の瞳が霞む視界に入った。
何度か瞬きをし、上体を起こす。と同時に、鍛えられた腕が背中に回った。
「私、どうしてここに……」
「三日前にロビーで倒れてたの。私、ビックリしてしまって……!」
赤褐色の瞳、茶髪を纏めた女の人は私の左手を握り、咽び泣く。
「ともかく、ミエラが帰ってきてくれて良かった。本当に良かった」
茶色の瞳と髪をした男の人はにっこりと微笑む。
この人たちは私の父と母だ。そしてここはエメラルドにある領主の屋敷――。
「そうだ、ミエラ、温かいものが飲みたくないか?」
「私たちは少し部屋の外にいますね」
「うん」
私はもう日本に住んでいた花岡実結ではない。魔導師のミユ・デュ・エメラルドでもない。エメラルドの辺境伯の娘、ミエラ・アークライトだ。
何となくベッドから抜け出し、フカフカの白いカーペットへ足をつけた。そのまま鏡の前へ移動する。
「えっ……?」
右目は生まれ持っての焦茶色だった。ところが、左目は魔導師の頃と同じ、新緑を思わせる緑色をしている。
――神の目を持ってもらったままだけれど――
こういうことか、と一人納得し、鏡から目を逸らした。
日本の私の部屋の二倍はありそうな広さの自室の中央に置かれているテーブルと椅子の元へ行き、何を考えるでもなく座った。
私はこれからどうなるのだろう。スティアを選択した所で、クラウ──ううん、クローディオに会えるのだろうか。そう思った時には部屋を飛び出していた。
すれ違うメイドたちに「お嬢様!」とお辞儀をされたけれど、そんなのを気にしている場合ではない。廊下をひた走り、階段を駆け下り、玄関へ――。
玄関を守る近衛兵が私の行く手を阻む。
「お嬢様を外に出す訳にはいきません」
「お部屋へお戻りください」
「ちょっとなの! ちょっと外を覗くだけだから! 何ならついてきてもいいから!」
鎧の向こうにある二人の瞳に訴えかけ、両手を胸の前で握りしめる。
どうやら効果があったようだ。二人の兵は顔を見合せ、長剣の刃先を天へと収める。
「本当に少しですからね」
「遅ければお呼びしますから」
「ありがとう!」
二つある焦茶の大きな扉のうち一枚を押し開け、外へ飛び出した。屋敷の門を出れば大通りに繋がっている。もし、その雑踏の中にクローディオが隠されているのだとしたら――叫ばずにはいられなかった。
「クローディオ! いるなら出て来てよ! クローディオ〜っ!」
人目があるのも全く気にならず、その場に崩れ落ちた。そこへすっと手が差し伸べられる。
「クロー──」
「父さんと母さんが心配してるよ」
顔を上げてみれば、赤褐色の瞳、茶色のウェーブがかかった髪を結んだ男の人が微笑んでいた。
「お兄ちゃん……」
「気になる人でも見つけたの?」
「気になるって言うか……運命の人」
「ミエラは凄いことを言うなぁ」
兄は「あはは!」と笑ってみせる。
運命の人が一番合っていて、それ以外には説明しようのない言葉なのに。ムッと頬を膨らませると、兄はバツが悪そうに頭を掻く。
「とりあえず、中に入ろう。身体が冷えてしまうよ」
そうだ、冬のまだ冷たい風が吹き抜けているのを思い出した。ゆっくりと立ち上がり、差し出された手を取る。
兄と一緒に部屋へ戻ると、父と母がこちらへ駆け寄ってきた。テーブルの上では紅茶の湯気が立ち上っている。
「ミエラ、お前がお転婆なのは分かってる。でもな」
「今日だけは部屋にいて。私たち心配なの。分かって」
「うん……」
項垂れる私の声を聞くと、父は三回手を叩いた。兄は驚いた顔で父を見る。
「メイドなら分かるけど……でも近衛兵を呼ぶなんて――」
「今日だけだ。本当に今日だけ、な」
二回手を叩くのはメイドを呼ぶ時、三回手を叩くのは近衛兵を呼ぶ時と決まっているのだ。
「ミエラには悪いけど、これは貴女の身体をしっかり休ませるためなの。分かって」
哀愁を漂わせ、両親と兄は去っていってしまった。部屋の外で、「ミエラを頼む」「かしこまりました」というやり取りが聞こえた。
「私、こんなことになるためにスティアを選んだんじゃ……」
紅茶に涙が一粒落ちる。
クラウがいないスティアに一人、ポツンと取り残されたかのようだ。
「う……ふ……。会いたい……会いたいよ、クラウ……」
魔導師を辞めてから三日しか経っていないのに、こんなにも寂しく、心細いなんて。
いっそ、私がサファイアへ行けばいいのだろうかとも思ったけれど、この考えはすぐに打ち消した。エメラルドでさえ土地勘のない私がサファイアへ行ける筈もない。行けたとしても、クラウと入れ違いになってしまえば意味がない。
窓辺に近付き、星空を眺めた。北斗七星を探しても、オリオン座を探しても、やはり見つけられない。
「クラウ、アリア、アレク、フレア……」
この星空の下で、皆は何をしているのだろう。私はここにいるよ。
布団に潜り込み、一人肩を抱いた。
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