読み込み中...
読み込み中...
第50話 / 全50話
「じゃあ、ソレイユ」
エルネスが微笑みながら私を見るので、思わず首を傾げてしまった。
「このログハウスに来てからも、その考えは変わらない?」
その問いに、はっとさせられる。この能力がバレたからこそ聖女になり、追放され、ルーナスやオーレ、それにエルネスと出会えた。私にとって、このログハウスは大事な拠り所になっている。そして、温かな時間を過ごせている。
エルネスにゆっくりと首を振ってみせた。
「私にこんなに穏やかな時間が巡ってくるなんて、全然思っていませんでした」
「そう思ってくれてるなら安心したよ」
「でも……」
私は揺れている。ここにいていいのか、何よりもここに留まっていたいのか。私は、この国の聖女――グロリアに会って、自分の生きるべき道を確かめたいと思ってしまった。自室にいるオーレには聞こえない程の声量で囁いてみる。
「私は、もしかしたらここを離れるかもしれません」
「行く当ては?」
「……グロリア」
エルネスは何かを察したのだろう。グロリアの名を聞くと、目を開いた。
ルーナスは想刻の手を止めず、静かに口を開く。
「でも、ソレイユの家はここにもあるから。つらくなったら、いつでも帰ってきていいから」
「……はい」
どうしてこんなに優しくいられるのだろう。遂に熱くなった目頭から雫が零れ落ちてしまった。
木屑の香りが漂う朝が訪れ、エルネスがやって来て、談笑が続き、日が暮れる。それを五回、繰り返した。未だに完成前の想刻は見せてもらえていない。勿論、エルネスも、オーレもだ。オーレなんて、何回膨れたか分からない。
そして六度目の午前、ルーナスはダイヤの欠片を取り出した。想刻が完成したのだ。
「できたんですか?」
「うん。見る?」
私とエルネス、そしてオーレがルーナスの元へと駆け寄る。差し出された想刻は、私の知らない微笑みを浮かべた私だった。私が笑うと、こんな表情になるのか。感慨深いものがある。
エルネスとオーレもじっくりと想刻を見詰めた。
「前の失敗作は、笑った目元が納得いかなくて。でも、今回は上手くいったと思う」
今回の想刻は目元が若干下がっており、優しい印象を受ける。
「ソレイユ、可愛いー」
オーレが言っているのは想刻のことだと分かっていのに、何故か私まで照れてしまう。ルーナスの手が揺れる度、ダイヤは窓の光を受けて煌めく。
「俺、今回の想刻をしてよかった。想刻師として恥ずかしいけど、今までは想刻なんて過去を縛り付ける枷、みたいに思ってたところがあったんだ。でも、改めて違うって思えた」
ルーナスは想刻を見て、にこっと微笑む。
「想刻は、依頼人が生きてきた証でもあるんだね。依頼人と想刻の対象者、二人一緒にね」
では、この想刻は私がいる証であると同時に、ルーナスの存在も認めるもの――想刻の意味が今までにも増して重くなって見えた。
これまで出会ってきた依頼人を振り返ってみる。離れ離れになった両親を待つ子、他人と駆け落ちをした恋人を信じる男性、失踪した恋人を探す女性、この頃の私は、まだ依頼人との距離を掴めずにいた。帰らぬ夫を待つ女性、病で子を失くした両親、喧嘩別れした友人、彼らの想刻を見た時の表情は忘れられない。馬車で子供を亡くした貴族、姉を厄災で亡くした女性、彼らはルーナスの価値観を揺らし続けた。グロリアを忘れられない騎士、彼との出会いが私を、この町を動かしたのだろう。そして、国王の依頼――本人の顔は見られなかったものの、王都への転居を勧めるほどにルーナスの想刻を気に入っている。
彼らは想いを伝えるのと同時に、失くした者から想われ、支え合って生きていたのだ。
いつもとは違う顔の筋肉が動いた気がした。
“ソレイユが……笑った?”
ルーナスとオーレの心の声が聞こえる。もし本当にそうなのであれば、リルージュ国で出会ってきた全ての人が私の心を解かしたのだろう。
「私は、この家が、ルーナスとエルネスとオーレが大好きです」
初めて自分の本心が伝えられた。はにかみながら、両手を握り締めた。
きっと、依頼人は途切れることはないのだろう。想いが潰えることなんてないのだから。
私は見届けよう。想いの行く末と、私自身の道を。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する