海辺にありながら、町の人々が「海」という存在を忘れて暮らす不思議な町。そこでは時刻を知らせる時計さえなく、人々はパンや草、薪などの「匂い」によって一日の移ろいを感じている。 郵便局で働く青年・薫は、ある日、自分宛てに届いた差出人不明の手紙を見つける。そこに記されていたのは、「明日の夜、海が町を忘れる」という不可解な一文だった。 やがて町では、海にまつわる記憶が少しずつ失われ始める。薫はその異変を追う中で、町が長い年月をかけて封じてきた過去と、自分自身の名前に隠された母の想いに触れていく。 「忘れること」は、人を苦しみから救うのか。それとも、大切なものまで消してしまうのか。 見えないものほど、失われたあとにその存在を強く感じる――。 海と記憶、そして一人の母子をめぐる、静かな幻想譚。
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