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束縛未来のカタストローフェ 合宿訓練編 / 第9話
入学してから一か月が経過した。
授業内容はと言えば、午前中は基本的に普通の高校と変わりない。
高校の教員資格を所有しているものが授業を担当し、進行していく。
ちなみに、小沼は現代国語の教師だった。
大きく違うのは午後の授業で、座学や模擬実戦訓練などと、使い手としての基礎を学ぶ。これを担当するのは、軍人だ。と言っても、使い手ではない。
一組から四組までは、週一で使い手の軍人がやってくるらしいが、五組と六組はそれすらない。使い手は国にとって貴重な戦力であるから、新人育成にまで多くの人員を回す余裕はないということだろう。
特に、落ちこぼれの面倒など見る暇はないらしい。
ゆえに五、六組の生徒はよほどセンスに優れている奴か、独学である程度理解してから入学してきた奴以外、まともに力を扱えていないのが現状だった。
まあ、使い手として何かができる奴なんて、いないに等しいということだ。
入学間もないピカピカの一年坊主には、そんな生ぬるい環境ですら相当に地獄の訓練らしく、胃の内容物を逆流させる奴は、後をたたなかった。
ゆえに、くたくたの体をどうにか引きずって放課後帰宅するものがほとんどだ。
これが、一年生の内は、部活はあってないようなものと言われる所以だろう。中には所属するものもいるらしいが、少数派だな。
そんな中、沢渡は根性を見せていた。
自分から言い出しただけはあって、それなりに覚悟はしていたようで、俺も一切手を抜いていないのだが、どうにかついてきていた。
まあ、その精神力だけは褒めてやってもいいだろう。
最近では、陽がほとんど落ちたころになって、模擬訓練用修練館から出てくるのが日課になっているほどだった。
今日も訓練を終えた俺たちは、修練館出入り口付近に設けられた受付用窓口専用IC読み取り端末に生徒手帳をタッチし、俺を先頭に出ていく。
まあ、俺の隣には春花がいるわけで、後ろをついてきているのは、毎度ヘロヘロで生まれたての小鹿みたいな足取りの沢渡だけだ。
話すこともできないままの沢渡のことなど気にせず春花と歩くものの、春花が沢渡の歩調に合わせて速度を定期的に落とすので、どうにも遅い。
心の中で不満を漏らしながらも、正門までやってきたところで。
「き、桐原君。今日も、ありがとう」
振り返ってみると、沢渡の表情はすべてを搾り取られた残りカスのようにげっそりとしていた。
「愛里ちゃん、また明日ーっ!」
「う、うん」
沢渡はどうにかといったように笑顔を作ると、左手のほうへ歩き出す。
左手には立派なたたずまいの三階建て庁舎があり、その横の通路へ向かっていっているのだ。
その奥に寮があるからな。
「真輝、帰ろー」
180度ターンをした春花は正門のゲートをくぐると、鼻歌交じりに歩いていくので、俺もその後ろをついていく。
春花は毎日本当に楽しそうだ。
「ちっちっちー♪ えっちっちー♪ 帰ったらまず、えっちっちー」
外でその創作ソングはやめろ。
誰か知り合いに聞かれていたらどうする気だ。
「あら? ずいぶん愉快な歌ね」
背後から聞こえたその声に、思わずため息をこぼさずにはいられない。
振り返りたくもなかったのだが、春花が先に足を止めて振り返ると。
「あっ! かいちょー」
声の主を見つけて手を振ってしまったので、俺も仕方なく振り返る。
すっかり陽の落ちた国道沿いの歩道で、街灯に照らさされた会長は、面白いものを発見したとでも言いたげに微笑んでいた。
「お邪魔だったかしら?」
「ああ」
「ふふっ……。これは、ストレートね」
会長は俺の前までやってくると、下から俺の顔を覗き込んでくる。
「不純異性交遊とは感心しないわね」
言葉とは裏腹に笑顔だ。
「何の用だ?」
「いえ、こんな遅くまで熱心だと思ったものでね。話しかけたのよ」
なんの話だ。
「そう怪訝な顔をしないで? 修練場を毎日放課後に借りている話は聞いているわ」
ストーカーかよ。
「わざわざ調べたのか?」
「いえ。山下さんから聞いたの」
「あいつ……」
定期的に顔を合わせると、訓練の進捗を聞いてきていたが会長に報告してたとはな。
ちなみに、俺は無視を決め込んでいたのだが、なぜかいつも近くにいる沢渡が自ら説明していたのだ。
「山下さんのこと、怒らないであげてね?」
「あんたが、調べさせたのか?」
「それは違うわ。山下さんとは、二年ほど前からそれなりに付き合いがあったのよ。それで、少し聞いてみたら教えてくれただけだから」
それを調べさせたって言うんじゃないのかよ。
「そう怖い顔しないで? ただ、感謝をしたかっただけだから」
「感謝?」
「ええ。沢渡さんのことよ」
「沢渡?」
どういうことだ。
「あの子、入学時の実技成績が最下位なのよ。知ってたかしら?」
初耳だ。というか、それでよく毎日俺のしごきについてこれているな。
「沢渡さん、顕現能力もない中で、努力もしないとなると……ね。そのうえ、あの見た目じゃない? 容姿が目立つと、それだけで奇異の目を向けられるのは私自身経験があるから、心配してたのよ」
会長も欧州とのハーフだとどこかで聞いたな。
特務科高校の特性上、どうしたって好奇の視線に晒されるのは仕方ないともいえる。
そして、同じようになるんじゃないかと沢渡のことを心配してたってか。
沢渡の場合は髪が桜色だからな。突然変異と自分でも言っていたし、悪い意味で目立ってるのは間違いないだろう。
「桐原さんは、グラースのことは知っているかしら?」
「……ああ」
「最近、活動が活発化しているのよ。だから、自衛手段を手早く身に着けてもらうために、今年は新入生の五組六組合同で特別訓練合宿を行う予定になったのよ」
山下もそういえば、グラースのこと言っていたな。
そんなに活動が活発化しているということなのだろうか。
「えーっ!」
まるで話に入ってこなかった春花が、急に大声を上げると俺の横にやってきて、ぶすくれている。
どうしたってんだ。
「かいちょー! 合宿ってどこでどのくらいやるんですか!?」
「え? ええと。来週の頭から、一週間よ」
「一週間!? そんなぁ……。場所は!?」
「新潟の妙高練兵場よ」
「そんなぁ……」
春花はがっくりと肩を落としてしまった。
「春花?」
「真輝ー」
春花は俺のほうを見上げると潤んだ瞳で、絶望したような表情を浮かべつつ言った。
「一週間エッチお預けなんて、そんなのないよ~っ!」
「春花……」
頼むから会長の前でそういうことをあけすけに言わないでくれ。
会長も不憫なものを見るように笑っているじゃないか。
「そうね。桐原さんさえよければ、あなたはメンバーから外してもいいわ」
「は?」
どうして俺を特別扱いする。達城の弟だからか?
「桐原さんが今回の合宿に参加しても、得られるものは少ないでしょうしね。であれば、一週間ほどは四組の末席でも……いえ、何なら特別に一組へ編入できるように口添えしてあげてもいいわよ?」
「っ!」
なんの狙いがあるんだ? そこまでする理由がわからない。第一……。
「あんたにそんな権限があるとは思えないんだが?」
俺の問いに、会長は笑みを浮かべた。
「私の階級は准尉よ? つまり、学生としては異例の階級持ちなの。その意味が分かる?」
「……」
准尉という階級が従来の意味で使われなくなって久しい。
現在、准と名の付く階級を持つものは、ある程度の権限を持つ予備役か、もしくは……。
「日本において重要戦力になりえるため出動要請が出される場合があるが、正規軍属ではない者であり、戦時国際法上、軍属とみなされる使い手」
「そうよ」
ご名答、と言わんばかりに会長はにやりと笑う。
「わたくしの階級が尉官である以上、そこまで大きな権限はありません。でも、わたくしの進言の重みは通常の准尉のそれではないわ。一週間くらい一組にねじ込むくらいはしてあげられる。その後は、あなた次第だけどね」
なるほどな。これは、願ってもない提案かもしれない。
正直、プライドだけで言えば、こいつの権力で一組に上がるなんて納得いかない。
でも、普通にやってたら三年間六組のままなのは間違いない。
何しろ、春花は喜ぶだろう。
そう思って春花のほうを見たものの、難しい表情で考え込んでいた。
「……どうした?」
俺の問いに「えっとね……」と返してきた春花は、会長のほうへ顔を向けると。
「愛里ちゃんは、参加しなきゃいけないんですよね?」
「沢渡さん? そうね、残念だけど、実力があるわけでもない人を特別扱いするのは、わたくしの会長の立場から考えても出来かねます」
「ですよね……」
頷いた春花は、真剣な表情で俺のほうを見ると。
「行ってあげて」
「え?」
「愛里ちゃんと約束したじゃん? 訓練をしてあげるって」
「え、ああ、そうだが……」
別に一週間ぐらい、いいだろ。
「愛里ちゃんは真輝を頼ってお願いしたんだもん。一週間の合宿中に真輝がいないのは不安だと思うよ?」
なんだって春花は、沢渡のことなんか。
「春花は、それでいいのかよ」
「うん。一週間も真輝に会えないのは、ほんっとーに、寂しいけど! でも、真輝は約束は守る人だし、そんな真輝が好きだもん」
「ったく」
恥ずかしいから、そういうこと人前で言うなよ。
でも、まあ、春花がそう言うんじゃ仕方ない。
「聞いての通りだ」
「あら、通じ合っている感じで妬けちゃうわね。でも、本当にいいの?」
「ああ」
俺は約束を守らなきゃならないらしいからな、仕方ない。
それに、地位は自分の力で手に入れてなんぼだとも思うからな。
会長は残念そうに眉をハの字にしながらも、口元に笑みを浮かべつつ。
「そう、仕方ないわね。じゃあ、また来週に」
来週?
「どういうことだ」
「どういうことも何も、来週の合宿には、警護として、わたくし率いる学徒隊も同行するのよ」
学徒隊というと、生徒会内に存在する実働部隊だったはずだ。
生徒の中でも上澄み層がかき集められた一組の中から、さらに最精鋭を特務科高校の武官が選定し構成される、有事の際に生徒を守るため戦う部隊だ。
「桐原さんの活躍、楽しみにしているわ。それじゃあね」
会長はにこりと笑うと、俺たちに背を向け正門のほうへと歩って行った。
それにしても、思っていた以上に越権行為が多い人物なのかもしれないな。
まあ、今はそんなことを考えても仕方ないか。
「春花。行くか」
「うん!」
俺と春花は再びマンションへ向け歩き出す。
横断歩道を渡り、住宅街へと入って行っても、春花に先ほどまでの元気が戻ることはなく、やはり少し気落ちしているように見えた。
何か言葉をかけてやるべきかと考え始めたものの、そろそろマンションが見えて来るだろうという距離であったため、黙って歩を進めていたのだが。
「っ! うおっ」
俺の腕をつかんだ春花は、そのまま通りからは死角になるような路地へ俺を引っ張った。
先ほどまで歩いていた道が横に見える、そんな薄暗い場所で俺の背が壁に押し付けられる。
冷たい無機質な背中からの感触とは対照的に、しなやかで心地いいぬくもりが俺の胸に飛び込んできた。
「やっぱり、さみしいな……」
堪えきれないというように、そう見てきた春花は、そのまま自身のワンピースセーラーのチャックに手をかけ、躊躇なく一気に下ろすと、無造作に制服を脱ぎ捨てた。
「真輝。寂しくなっちゃって……もう、我慢できないよ」
薄暗い路地裏にわずかに差し込む月明りに照らされた春花の肢体は、本来ならば決して肌を晒してはいけない公共の場である背徳感と相まって、とても妖艶な美しさをまとっていた。
「春花」
俺は春花を抱き寄せると、唇を重ねて、そのまま右手でブラのホックを外した。
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