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束縛未来のカタストローフェ 合宿訓練編 / 第7話
「えっ!? じゃあ、救済の英雄の一人として有名な、桐原達城さんの弟さんなの?」
カフェの四人掛けのスペースにて、そう驚きの声を上げ目を見開いたのは沢渡だった。
模擬戦終了後、俺たちは正門を出て十分ほど歩った先にあるカフェに来ていた。
昔ながらのモダンなデザインが非常に洒落ている。春花が好きそうな店だ。
俺は、窓際一番奥の席で話を聞き流しつつ外を眺める。
またこれだ。で、次の言葉は大体二通りだ。
英雄の弟さんだからすごいんだね。もしくは……。
「桐原君は、英雄の弟さんなのに、六組なんだね」
沢渡にとっては何気ない一言だったのだろうが、俺にとってはうんざりするほど聞かされている一言で。
窓の外を見続ける俺の腕にやわらかい感触が押し付けられた。
「真輝。ふてくされないの」
左を見ると、仕方ないでしょ? と顔に書いてある春花がいた。
……まあ、春花がそういうなら仕方ない。だが、次はない。
「レディーは沢渡愛里さんと言ったかな?」
春花の対面になぜか座っていやがる山下が、横の沢渡のほうへ優しく笑いかけていた。
キモイな、いちいち。
「あ、はい。沢渡です」
「僕、軍人家系の人間だからね。そういう色眼鏡で見られることが多いんだ」
「え?」
「でも、僕は色男だからね。軍人という柄でもない。なのに他人からは、武勇に秀でた肉親と比べられてしまうのが、少しばかり嫌になるときもある。まあ、それだけの独り言さ」
山下はそういうと、完璧すぎて気色悪いウィンクを沢渡に向けていた。
それに沢渡は。
「あっ……」
何かに気づいたように俺のほうを見てくると。
「ごめん!」
頭を下げた。別に、謝ろうがそれに意味はない。最初に出た言葉が本心だろうからな。
「違うの!」
違う? 何がだよ。
二度目はないと思っているんだが、それでも言いたいなら勝手に言訳すればいいさ。
沢渡はゆっくりと顔を上げ、少し迷うように目を泳がせた後、口を開いた。
「私も、同じだったから」
「……は?」
どういう意味だ。
「私のお父さん、沢渡和重だから」
「っ! お前、それ……」
少々動揺してしまった俺の斜め前で、わざとらしく驚いたようなリアクションをした山下が、軽く俺に笑顔を見せてきた。
お前、知ってやがったな?
「私もね、救済の英雄の娘なのにって、よく言われてたから」
いや、だが、沢渡の場合は少し話が違くないか?
沢渡和重は強力な使い手だったわけではない。それどころか、そもそも能力がないはずだ。
あくまで、対特殊害生物戦闘の指揮をとり、特殊害生物対策の根幹を作り上げた人物というだけだ。
もちろん、沢渡和重は全日本使い手協会の発起メンバーの一人であるということや、齢三四にして現会長の座に就いた有名人であることも事実だが、同じというには少し違う気がする。
「……私、鈍の使い手だから」
「っ……」
鈍の使い手。
それは、特殊害生物を殺すための武器を顕現させることはできないが、特殊害生物出現の感知と身体能力の向上という使い手における最低限の能力のみが発現した者たちの蔑称だ。
要するに使い物にならないって意味だな。
当然、公的には使い手とみなされるからこそ、特務科高校への入学も半強制だ。
ただし……戦場に出ることがあるとすれば、特殊害生物の探知機として運用されるのが関の山だが。
「私もね、同じだなって思って言っちゃったの。でも、言葉が悪かったよね。本当にごめんなさい」
「いや……」
対特殊害生物用の武器が顕現できない理由は、能力値が低くすぎることが原因とも言われるが、実際は定かじゃない。
つまり、低能でも顕現能力がある俺以上に、その言葉の重みを感じていたことだろう。
不意に訪れる沈黙。
なんとも言えない重い空気だ。
店内に流れる、歌謡曲だか流行りの曲だかわからないものだけが耳に入ってくる。
せめて、ほかに客でもいてくれればガヤでまぎれたのかもしれないが、そうもいかない。
こういう時は春花がどうにかしてくれないものか。と、横を見てみるとメニュー見てやがる。しかも釘付けだ。
くそ、どうしたもんか……。
「僕、一つ気になることがあるんだがいいかい?」
今回ばかりは俺ににやけ面を向けてくることを許してやろう。
「なんだ?」
「いやなに。家のものに稽古をつけてもらっていた僕よりも、圧倒的に強かった。やはり、お兄さんに?」
「いや」
それは違うな。
「お姉ちゃん!」
横を見ると、春花が顔を上げていた。
会話に入ってくるタイミングが少し遅いぞ。
というより、その説明じゃ俺以外わからないだろうな。
と思っていると、山下は納得したようにうなずいた。
「なるほど。岸直美少佐殿か。確かに納得だ」
こいつ、何でも知ってるな。卒業後は諜報部隊にでも配属してもらったらどうだ?
訝しみつつ山下を見ていると、その横にいる沢渡は不思議そうに山下を見ていた。
「山下君。その、岸直美少佐って人が春花ちゃんのお姉さんで、すごい軍人さんってことで、あってる?」
「その通りさ。軍関係者で知らないものはいない。エースオブエースだよ」
「へぇ、姉妹そろって、すごいんだね」
どうやら、本気で感心しているらしいな。
……あと山下。もうこれ以上、気色の悪い笑みを俺に向けてくるな。供給過多だ。
「友よ。そう、邪険にしなくてもいいだろう?」
邪険にされている自覚があるなら、さっさとどっか行け。
「あ、あの……」
俺が山下を睨みつけていると、沢渡がおずおずと申し訳なさそうに手を挙げてきた。
「私も、強くなれるかな?」
「……は?」
何言いだすんだこいつは。
「私、ずっとあきらめてた。でも、今日の桐原君見て、もし、能力値が低くても強くなれるならって……」
「簡単に言うな」
「そう、だよね……」
空気の抜けた風船のように身を縮こませた沢渡は、心なしか体を端に寄せていた。
「友よ」
「……」
友じゃねえよ。と言ってやりたかったが、珍しくまじめな顔をしてやがるな。
「沢渡さんを鍛えてあげたら良いんじゃないかい?」
「お前がやれ」
「レディーのためであれば、一肌も二肌も脱いであげたいのは山々なんだけどね。生憎、僕では力不足だよ」
だからと言って、俺がやってやる義理はない。
「友は、グラースって知っているかい?」
「なんだよ、藪から棒に」
国際手配されている宗教団体で、特殊害生物を神の使いとかのたまっている奴らだろ。
「……それが?」
「主な活動内容は知っているだろう?」
使い手の養成機関や国営の使い手関連施設を襲撃し、使い手の誘拐を行っている。
要するに、宗教団体の皮をかぶったテロ組織ってわけだ。
「で?」
「僕たちだって、狙われるかもしれないだろう? その場で殺さず、わざわざ誘拐するということは、何かの儀式に使っているんじゃないかって噂もある。顕現能力もないとなれば、能力に依存しない戦い方を身に着けておくのは自衛の手段として最適だと僕は思うよ」
「……」
特務科の授業は、対特殊害生物戦を想定したものだろう。
国防大まで上がれば、軍人としての基礎訓練もカリキュラムに入ってくるらしいが、現状ではそこまではやらないだろうから、言いたいことはわかる。
だが、なんで俺がそんなこと……。
「真輝、やってあげればいいじゃん」
横を見ると、なんでやってあげないの? という顔を春花はしていた。
「俺の仕事じゃない。教員の仕事だろ」
「愛里ちゃん、やる気あるみたいだし、強くしてあげれば良いじゃん。強い使い手が少しでも増えれば、多くの命を助けられるかもしれないよ?」
ね? と、春花は付け加えてきた。
笑顔で春花にお願いされたんだ。……仕方ない。
「はぁ……、わかったよ。見てやる」
俺の言葉に、沢渡はぱっと明るい笑顔をこちらへ向けてきた。
「本当!? ありがとう」
「言っておくが、ついてこれないようなら、それまでだ」
「うん! よろしくお願いします!」
意気込むのは結構だが、音を上げるなら早くしてくれよ。
面倒くさいな、と、俺が再度ため息をついた、ちょうどそんなタイミングだった。
「さて真輝! 話し終わったよね! もう、おなかの虫が大暴れなんだよぉ! 私、この、昔ながらの喫茶ナポリの大盛りが良い! もう、頼んでいいよね!?」
しびれを切らしたらしく、そう言った春花のほうを見ると、メニューを指さしながら目をキラキラさせていた。
「好きにすればいい」
「うん! 好きにする!」
春花に続き、俺も適当に目についたものを注文することにしよう。
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