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第3話 / 全4話
次の日。午後18時。わたしは神域課の資料室にいた。
「あった。これだ」
倉庫の奥から、一冊のファイルを取り出す。背表紙には「犬神誘拐・消失事案について」と書かれていた。
自席に戻り、資料を読んでいく。
やはり、そうだ。
12年前の5月。今と同じ季節。今回と同じように、神社からご神体が消えた事案があった。そのとき女の子が巻き込まれ、神域課に助け出された。わたしはそのニュースを見て、神域課にあこがれた。今回の事案にデジャヴを感じて調べてみたら――ビンゴだった。
『本事案の調査においては、今年度から新規導入された神格探知機を使用した。探知機の反応を辿ることにより、対象乙の拠点と思われる久万高原町の岩屋を発見。現地に急行したが、何らかの儀式が中断された跡が残されたままで無人であった。以後、対象乙の足取りは判明していない』
『儀式内容について分析を行った結果は次項を参照されたい。大まかには何らかの神格から神力を抽出、生贄として別の神格に注入することを目的としていたと結論付けられた』
『なお、神域課での調査は以上となる。これ以降は、神域課課長の指示により、公安当局に引き継ぐものとなった』
公安! 案件を横取りされている。きっと、悔しかっただろうな。そんなことを思いながら、最後のページをめくる。
「これは――」
真ん中に、一枚の護符。そのまわりに、びっしりとポストイットが貼られていた。メモを一枚ずつはがして、机の上に貼っていく。
『儀式はたぶん、途中で止まった。でも、奴を取り逃がした』
『護符の式神に邪魔をされた』
『12年後。戌年。2030年。5月の満月の夜。次があるならこの日だ』
『奴は諦めてない。次はもっとでかいことをする。公安、ちゃんと捕まえろよ』
『隠神刑部。奴は、あれになるつもりだ』
隠神刑部。タヌキの神様。四国では、最上位クラスの狸神。そして今は、2030年。5月の、満月の夜。
こうしちゃおれん! わたしは立ち上がり、守衛室へ向かった。
---
市庁舎の地下は、不思議なほど静まり返っていた。
公用車を出すため、無人の駐車場を歩いていく。
ふいに、あたりの空気が生臭くなった。
ぐるるるるるるるる。
獣の、うなり声。
声が出なかった。黒い影。夜の中から立ち上がってくるかのように、ぬるりと現れた。
大きさは、大きい犬くらい。でも、犬じゃない。そもそも生き物じゃない。たぶん。
こいつはいったい――。
わたしはたじろぎ、後ずさった。資料で見たことがある。これはたぶん、"式神"だ。
ぐるるるるる。距離を縮めてくる。がり、がり。それが動くのにあわせて、アスファルトが引っ掻かれる音がした。前足を見る。熊みたいな手。鉤爪が生えていた。昨日見た、本殿の床板の傷。あの傷はきっと――
「そうか。あんた、犯人の手下やね。でも、どうやってわたしを――」
「においを辿られたんじゃない?」
急に声をかけられた。飛び上がりそうになった。
「うわっ! びっくりしたやんか!」
いつの間にか、そこに零さんが立っていた。
「ごめんごめん。驚かせちゃった? いや、あんまり真剣な顔で考え事してるもんだから、邪魔しちゃ悪いかなって」
「もう! やめてくださいよ! というか、なんでここに? 待ち合わせは道後の駅前でしたよね?!」
「うーん。ともくんから、君を迎えに行くように言われたんだよ。その犬の臭いがついてるから、って」
零さんが、式神を指さす。
「あいつのにおいが、わたしに? なぜ?」
「清見ちゃん、たしか事件が起きた神社に行ったんでしょ。それでその時、その辺を触ったりしたでしょ」
「! は、はい。触り……ました……」
重松でのことを思い出す。語尾が小さくなる。たぶん今わたし耳まで赤くなっとる。
「それなら、においは残るよ。奴さんにとっては、辿るのも簡単だ。もちろん、放っておくこともできたとは思う。でもまあ、邪魔されたくないんじゃない? だからこうやって、追いかけてきた」
「なるほど。じゃあ逆に――きゃあ!」
目の前に、式神。飛び掛かってきている。大きな口。鉤爪。だめや――
「大丈夫。――ほい」
零さんの声。いつのまにか、わたしの前にいた。ぺたり。式神の頭に、何かを貼った。
「半額シール?」
昨日、彼がくれたシール。それと同じものを、式神に貼った。
それだけなのに――
式神が、苦しみだした。どんどん小さくなり、やがて、一枚のお札に変わってしまった。見覚えのある文様が描かれている。さっき見たファイルの最後のページ。そこに貼られていたのと、同じ文様だった。
「これは一体……」
呆然と立ち尽くす。零さんが、地面のお札を拾い上げて言った。黄色いシールが貼られていた。
「こういうのってさ、だいたい制限時間があるんだよ。次の日の朝までとか、そういう感じ。それを半分にした」
「今もう、7時近いでしょ。それが半分になったなら、もう時間切れってこと」
「俺のシールはね、これを貼ったものを、なんでも半分にできる。簡単な手品だよ」
あっけにとられて、わたしは口をあんぐりと開けた。シール一枚で、式神を倒してしまうなんて。
「れ、零さん。あんた一体……」
「あれ、言ってなかったっけ。俺はね、元神様なんだ。まああんまり宣伝してないからね。それより、行くんでしょ? 久万高原」
彼が公用車に向けて歩き出す。わたしも続いた。
「なんで行き先が?」
「だって、隠神刑部でしょ。あいつの岩屋は――久万高原にある」
零さんが言った。その姿が一瞬、影みたいに暗くなったような気がした。
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