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第2話 / 全4話
その日の午後は、会議から始まった。
「重松"神隠し"事案」
ホワイトボードに大きく書かれた文字。上座に座った課長の渋い顔。第一発見者として春日さんが報告を終えたあと、わたしも御削さんから発言を求められた。
「清見さん、何か気付いたことはありませんでしたか?」
「はい! ええと……本殿内には何かが暴れたような、争ったような跡がありました。わたしが思うに、これは人間というより、何か動物のようなものが暴れた跡のように思いました」
「なるほど。他には何か?」
「傷もまだ新しかったように思います。おそらくは一両日中についたものかと」
「つまり、今ならまだ我々だけで事態を収拾できる可能性がある。そういうことですね?」
課長が口を開いた。御削さんがうなずく。
「……そうですね。今のところ人的被害があったことを確定させる証拠は見つかっていません」
「それなら、早急に事態の解決に動きましょう。早速増員を――」
「はい! 課長! お願いがあります。わたしもこの案件の担当にしてもらえませんか?」
わたしは立ち上がって言った。椅子ががたがたっと音を立てて倒れた。うわ、やばい。焦っていたら、春日さんがさりげなく椅子を起こしてくれた。ありがとうございます!
課長が目を大きくして、言葉を飲み込んだ。一瞬目をつぶり、少しだけ考えたような仕草をして、もう一度口を開こうとした。
「課長、僕からもお願いしますよ。この子、まあなんというかそそっかしくて猪突猛進なところはありますけど、やる気だけはありますよ。そそっかしいですけど」
意外な助け舟を出してくれたのは、春日さんだった。そそっかしいって二回も言った! でも、うれしい。
「そうね。やる気はありますね。課長、よろしいですか?」
今度は御削さん。課長に促してくれた。課長がうなずいて、言った。
「わかりました。清見さん、応援に回ってください。ただ、あまり深入りはしないように。そうですね……今週中は調査に使って構いません。でも来週は通常業務に戻ってもらいます。金曜日の退勤までに、私宛に報告書を出すこと。いいですね? 御削さん、フォローお願いします」
「わかりました。清見さん、あとで私のデスクに来て」
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「あった。ここだ」
市役所から市内電車(路面電車)で松山市駅へ。そこから市外電車に乗り換えて、2駅。
「いよ立華駅」で降りた後、歩いて10分ほど。幹線道路から少し入った街中に、目的のお店はあった。
「こんばんは~。お邪魔します~」
店の裏手にある事務所。御削さんから「勝手にあけていい」と言われていたので、がらがらと引き戸を開けた。
中から、お漬物のにおいがした。
「社長、いらっしゃいますか? 奥様の紹介で来たんです……けど……」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、彼は現れた。
「おねえちゃん」
男の子。年のころは5歳くらいだろうか。この子がお子さん?
玄関からひょこっと顔を出して、こちらにやってくる。
「こんばんは。お名前は? お父さんいる?」
しゃがんで目線を合わせる。かわいい! 御削さんによく似てる。目元がそっくり。
賢そうな眼をしている。その子がわたしに顔を近づけて、くんくんと鼻を鳴らした。
「おねえちゃん、わんこのにおいがする。だんだん近づいてきてるみたい」
「え、わんこ? なになに、なんのお話なん?!」
「こら、ともくん。お姉さんを困らせたらあかんよ」
上の方から、別の声がした。見上げる。
男の人が、ひょいっと彼を持ち上げ、抱っこした。
「こんばんは。俺が社長の、御削です。――葵さんの、まあ、亭主です」
少しばつの悪そうな顔で、彼はそう言った。
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「それで? 葵さんはなんでわざわざ、ここに来いって?」
彼はわたしを部屋にあげて、お茶を出してくれた。
ちゃぶ台の向こうに胡坐をかいて座り、ひざの上に立てた腕の先に、顎を乗せている。反対の手で、わたしが手渡した名刺をひらひらさせて眺めている。"清見薫"。それが、わたしの名前。
ともくん、と呼ばれたさっきの子は、奥でおとなしくスマホを見ていた。
「それがですね、実はわたしにも、よくわかってなくて……」
"御削 零"――株式会社みそぎ屋 代表取締役社長。
目の前に出された名刺に、こう書いてあった。御削さん、本当に社長夫人なんやね。
昼間、御削さんからは「みそぎ屋の本店に行って、社長と会うように」とだけ言われた。こちらからも連絡しておきますから、と。
「ふーん。あの人、そういうところあるからな……ええと、清見さんだっけ。うちの奥さん、結構カタブツだと思うけど、どう? 大変じゃない? 怖くない?」
「全然です! 御削さ――係長はとても優しいです。すごく見てくれるし、褒めてくれるし。わたしなんかやらかしてばかりで、でもちゃんとフォローもしてくれて――」
「おっけー。わかりました。なんか恥ずかしいよ」
もういい、とばかりにひらひら手を振って、社長がこちらに向き直る。
「で、だ。何かあったんでしょ。事案とか。神様がらみの。それでここに来てみろと」
「そうなんです。とある神社から神様が消えました。もっと言うと、誘拐されたんです」
「そりゃ大変だ」
社長はそう言って、自分の湯飲みを持ち上げた。ずず。音を立てて、一口飲んだ。
「公安に任せたらいいんじゃないの? 神域課のみなさんの業務じゃないんじゃない? それもう、事案じゃなくて事件でしょ」
「それは、そうなんですけど。公安に任せたら、もう、わたしたちの仕事じゃ、なくなっちゃって」
「でも、今はまだ、そうじゃないんです。あの神様は――わたしの担当だから。だから、わたしが助けたいんです」
「そうか。まあ――いいんじゃないの。そういう理由で突っ走ってた人、俺も一人知ってるし」
社長が言った。さっきまでとは違って、眼鏡の奥の目が、優しくなっていた。
「いいよ。協力してあげる。確か金曜までに片付けないといけないんでしょ? 明日、一緒に出掛けようか。よろしくね」
「はい! よろしくお願いします!!」
社長が立ち上がった。ぱんぱんと、エプロンの裾を払った。
「葵さんがここに来いって言った意味、よくわかったよ。さっきメッセージが来てね。"止めても突っ走りそうだから、お守りを渡しておいて"って言われたんだ。――はい、これ。持ってて」
彼は、エプロンのポケットから何かを取り出して、ちゃぶ台の上に置いた。
「お守り? ――これが?」
"表示価格より 半額"
黄色い、丸いシール。赤文字で、そう書いてある。
いわゆる、半額シールだった。
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