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第6話 / 全13話
屋敷の食堂は無駄に広かった。長机には大量の料理が並べられ、四人では到底食べきれる量ではない。使用人達はそれが普通だと言うように、黙々と準備を進める。
「これ全部朝食?」
「えぇ、そうです。足りませんか?」
カリスタが当然のように頷く。
「いや、多すぎだろ」
「俺とカリスタの胃袋なら余裕だって! ヘクトルも思う存分食えよ!」
カイトのさも自分が家主と言わんばかりの物言いに、カリスタは眉をひそめる。
「それを言うならワタクシでは?」
「喧嘩は辞めましょう? 皆で楽しくご飯を食べたいわ!ね?」
今にも喧嘩が始まりそうな重たい空気にアリステラは耐えられなくなり、場を和ませようとする。
今だけはこの女に賛同だ。空気が悪ければご飯も美味しく食べられない。
「はやく食うぞ。いただきます」
皆で手を合わせ、食事を始める合言葉を交わす。
「ヘクトル、そのパン取って」
「自分で取れ」
「ケチぃー! 腕届かねえんだもん!」
カイトは必死に腕を伸ばし、あともう少しというところまでは来ているのだが、あと数cm足りないことをアピールしてきた。
「毎日牛乳を飲めば、いつかは届くようになるんじゃないか?」
鼻で笑いながら、バカにするように言葉を発する。
ヘクトルの食事を補助していたルシアンが、パンをカイトに差し出す。
「あまりいじめないであげてください、ヘクトル様。カイトはああ見えて成長は終わっているんです」
「お前もそっち側かよ!!」
パンは、ありがとう。と取ってくれたことに感謝を述べつつ、バカにされたことに対して少し腹を立てる。
だが、殴り合いの喧嘩に発展してしまった場合、カイトの勝ち目はゼロに等しい。心の中で6秒数え、深呼吸をして平静を取り戻す。
「今日、ワタクシは重要な任務があるので、夜中まで帰ってきません。屋敷のことは任せます、カイト」
何かがあったとしても、この屋敷の警備は並大抵のものとは比べ物にならない。
さすが名家と言わざる負えない兵力に、初めは緊張したのを覚えている。屋敷を守る兵士は15名。元々実力のある一般冒険者だった者たちを雇い、警備をさせていた。
それだけではなく、使用人達も戦闘を得意としている者ばかりだ。
特にルシアン。水魔法の使い手で、実力は申し分ない。冒険者になればきっと食うに困らないだろう。
「おう、任されてやんよ! それに、何かあったとしてもここにはヘクトルもいるしな!」
ガッツポーズをしながら自信満々に応える英雄。
……もう、誰も期待なんてしてくれなかったのに。
ヘクトルは少しの沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。
「はあ……死にたくないから、ヤバい時は俺だけで逃げるけどな」
「……」
カリスタが何か言いたげな表情を浮かべていたが、その口が開くことは無かった。
◇◇◇
朝食を済ませ、それぞれが別々で行動を始めた。
カイトとアリステラはただ泊めてもらうだけでは申し訳ないと言い、屋敷の手伝いをしている。
「食事も着替えも、手伝わせて悪いな」
ルシアンを連れて自室へ戻り、ソファへと二人で腰掛けている。今朝からずっとヘクトルの右に立ち、付きっきりで世話をしてくれているその男に、申し訳なさと無力感を感じた。
「いえ、僕にできることはこれくらいしかないので…。それより、右腕は痛みませんか?」
心配そうにこちらを見つめてくる美青年、ルシアンとは昔ながらの知り合いであり、出会った頃から酷く俺を慕ってくれている。
「あぁ、大丈夫だ。今日はまだ傷んでない」
右肩に手を添えながら、少し動かしてみせた。
「……」
何か言いたげな表情。ペットは飼い主に似るというように、ルシアンのその表情は、カリスタによく似ていた。
——少し気まずい沈黙が続き空気を変えるため、何を話そうか必死に思考を巡らせる。
「ヘクトル様は無理しなくても、そのままで良いと思います」
「……」
「昨日、少し聞いてしまったんです。カリスタ様との会話を。“ケジメ”を付けるなら、早いほうがいいと。
……でも、僕はヘクトル様には無理をしてほしくない。危険だと、苦しいと分かっているのなら、無理してその道を行く必要なんてないですよ。今の状況に対して申し訳なさを感じているのなら、ずっとここにいてください。そうしたら、僕が一生貴方を支えます。迷惑だなんて、苦痛なんて感じません。だから、どうか——」
泣きそうな顔で、声で、その青年は願ってもない魅力的な提案をしてくる。
だからこそ、断るのが辛かった。
「ごめん」
きっと、あの話を聞いてしまったときからずっと考えてくれていたのだろう。今までと同じように、一日中ベットから離れず生活できるなら、それが一番良い。
——だけど、これ以上何もせずに生きるなんて、【英雄】じゃない。
「俺の名前はヘクトル・エルカディオン。お前もよく知る、【英雄】になる男だ」
「やはり、まだ言うんですね、それ」
ルシアンは困ったように笑った
「三年前から、何も変わっていません」
「いいや、変わった」
「どこかですか?」
「顔」
「それは僕です」
ルシアンは安心したような顔で笑っていた
「ヘクトルー! 暇だぞ!」
庭の方から呼びかける声が聞こえ、窓から外を覗き込む。
「仕事しろ」
「した!!」
「嘘つけ」
間抜けな声の持ち主は、やはりあの黒髪のバカだ。
使用人と同じ服装を身に纏い、ほうきを手にしている。隣にはアリステラもおり、二人で枯れ葉の掃除をしていたのだろう。
「休憩だよ休憩! なんかしようぜ! 降りてこいよ!」
面倒くさいな、と口に出しながらカイトを無視する。それでも変わらず声をかけ続けるあの男。一体どんな神経をしているんだ
「うるさい!!!」
勢いよく窓を閉め、またルシアンの隣りに座る。
「良いんですか?カイトは、ヘクトル様と仲良くなりたいと仰ってましたよ」
「俺はなりたくない。それに、今はルシアンと話してるしな」
「ズルい人だ」
透き通るような白い肌が、みるみる赤く染まっていく。
ルシアンは顔が赤いのがヘクトルにバレないよう、顔を背けた。
「?何がだよ」
「自覚のない所が、ですよ」
これ以上言っても意味がない、とルシアンは話を切り替える。
「そういえば、ヴェルナス様には会いに行かないんですか?」
「あぁ、アイツが追いかけてくるのを待ってるとこなんだよ」
申請が通れば、と言っていたが、そう簡単に通るとも思えない。
会えるうちに会いに行くほうがいいに決まってるが、追いかけてきてくれる、と言っていたんだ。それなら、待つ他ないだろう。
「ヘクトル様が居ない今の騎士団は、ヴェルナス様が居ないと回らないそうで。本人は絶対に申請を通してもらおうと、死に物狂いで任務をこなしていると聞いてます」
「アイツらしいな」
ふふ、と笑みが溢れる。
無理はしてほしくないが、俺に会うために必死に頑張っているというのは、なんと気分が良いことか。
「ヘクトルーー!!」
「無視だ」
またあの男の声が聞こえる。今度は廊下からだ。
「無理だと思いますよ」
「無視だ」
ドンドンドン!!
部屋の扉が激しく叩かれた。
「開いてるぞ」
「ヤッター!!」
ガチャガチャとドアノブを捻る音が聞こえるが、一向に開く素振りを見せない。
鍵は固く閉ざされている。
「庭でさー、稽古つけてくんね? 俺も、強くなりたいんだよ」
急に真面目なトーンで話し始める男に、少し耳を傾けることにした。
◇◇◇
話を聞いてやろうと扉を開いた瞬間体を担ぎ上げられ、気付けば庭へと運ばれていた。
「それで? 魔法を教えてほしいのか?」
魔法を使う時に一番大事なのは、放出口だ。これが広ければ広いほど強力な魔法を使える。
だが、この放出口というのは成長期にしか広めることはできない。そのため、カイトにいくら魔法を教えようと、低級魔法以上のものを扱うことは一生出来ない。
「いや、俺が教えてほしいのは剣の方だよ」
もう剣は握れないと、そう話をしたはずなのに。
コイツは一体何を言ってるんだ
「戦闘の時に、左手でも剣を握ってたことがあるってカリスタに聞いたんだよ。そこで、だ! 俺はお前に模擬戦を申し込む!!」
確かに、右腕程の実力はではないが、左腕でも剣を振ることはできる。その辺の騎士くらいだったら滅多打ちに出来るだろう。
「——仕方ない。久しぶりに剣を振りたい気分だったんだ。ボコボコにしても許せよ」
魔力を練り上げ、木刀をイメージする。
草魔法の応用でその場に二本の木刀を作り、投げるようにカイトへ手渡した。
「始め!」
アリステラの合図と同時に、カイトが地面を蹴った。
——遅い。
振り下ろされた木剣を半歩だけ身体をずらして回避。そのままカイトの足を払う。
「うおっ!?」
体勢を崩したカイトの腹部へ蹴りを叩き込む。吹き飛ばされた身体が芝生を転がった。
「ぐぇっ……」
「弱いな」
「開幕三秒だぞ!?」
文句を言いながら立ち上がる。だが、カイトの顔は笑っていた。
何に笑っているのか分からない。
再び距離を詰めてくる。今度は真正面からではない。
右へ。
左へ。
不規則に動きながら接近してくる。
「へぇ」
少しだけ感心した。一直線に突っ込んでくるだけではなく、少しは考えて動けるんだな。
木剣が横薙ぎに振られる。
受け流す。
続けて突き。
これも弾く。
三撃
四撃
五撃
防戦一方
そう見えた瞬間。
「終わりだ」
木剣を絡め取るように弾き飛ばした。
「え?」
宙を舞う木剣。無防備な胴体。
ヘクトルの木剣が首元で止まる。
「また俺の勝ちだ」
「いやいやいや!! 今の反則だろ!」
「実戦でそんなこと言うつもりか?」
「ぐっ……」
言い返せない。カイトは悔しそうに唇を噛む。
その姿を見ていたアリステラが小さく拍手を送った。
「すごいわね!」
「そ、そうか?」
「ヘクトル!」
「そっち!?」
◇◇◇
「これで十五勝目だ。あと何回やる? 何回でも叩き潰すぞ」
「もう無理ぃー! 疲れた!!」
左腕というハンデを背負いながらも、十五対ゼロという高戦績だ。
カイトの体中アザだらけになり、汗まみれ。まさにボロボロというに相応しい見た目になっていた。
一歩も動けないほど疲弊したのか、その場で大の字に寝転がり、動く様子は無い。
「カイト、お疲れ様。とてもカッコよかったわよ!」
タオルと水を両手に持ちながら、アリステラは寝転がるカイトのもとへと駆け寄る。
「ありがとうアリステラ。でも、残念ながら一回も勝ててない」
次こそは勝つぞ!と意気込みながら、カイトは腕をグッと空に向けた。
その様子を見ながら、アリステラは光魔法で怪我の治療を始める。
「ルシアン、模擬戦やらないか? 今度は魔法で」
初めはイヤイヤやっていた模擬戦だったが、もう既にヘクトルのモチベーションは高まっている。
誰でもいいからとにかくやらせろ。そう目で訴えていた。
「いえ、遠慮しときますよ。僕なんかじゃ怪我するだけでは済まないですし」
「ルシアンって強い?」
本人の言葉は謙遜だと分かっているのか、カイトがヘクトルを見ながら訪ねてきた。
「あぁ、強い。昔ルシアンの水魔法で溺れかけたことがある」
「何言ってるんですか。僕が魔法発動した後すぐにボコボコにしてきたくせに」
「前の俺に対して、魔法を発動できた時点で凄いんだよ。もっと誇れ」
実際、ルシアンは本当に優秀な魔法使いだ。
「そんな煽ててもダメですよ。緊急事態以外では、掃除のときにしか使わないと決めてるんですから」
◇◇◇
夕食を終え、カイトは使用人達と騒ぎ、アリステラは眠そうに欠伸をしながら部屋へ戻る。
——平和だった。
部屋へ戻る途中、夜の見回りをしていた兵士達とすれ違う。
「ご安心ください。ここには結界もありますし、我々もおります」
「何かあっても絶対に守りますよ」
そう笑う兵士に軽く手を振った。
外はもう暗い。窓を覗くと、警備兵達が巡回を続けている。
やはり、ここは安全だ。
そのまま眠気に身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。
明日も、平和に過ごせますように。
◇◇◇
翌朝
——警備兵十五名、全滅。
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