読み込み中...
読み込み中...
第5話 / 全13話
寝不足だ。昨夜、あの勲章を見つけてから一睡もできていない。
窓から差し込む朝日を眺め、大きくため息をつく。よし、と気持ちを切り替え身体を起こし、出かけるための身支度を始めた。
一人でできる事は限られており、自分の無力さに虚しくなる。歯を磨き、顔を洗う。今できるのはたったのこれだけ。昨日は気合で着替えも済ませたが、寝不足の今、一人でやりきれる自信は無かった。
「部屋に入る際はノックをしなさいと、習わなかったか?」
ガチャリ。
ノックも何もなしに部屋へと入ってくる無礼な男。
寝癖がついたままのボサボサな黒髪をボリボリとかき、ふわぁと欠伸をする。その様子を見るに、今起きたばかりなのだろう。
「ごめんごめん、ヘクトル相手ならセーフかなと」
「誰が相手だろうとセーフなわけがないだろ」
次からは気をつけろ。と注意すると、カイトはしょんぼり悲しそうな顔をした。
髪の毛のボサボサ具合と相まって、まるで大型犬を見ているようだ。
「んで、服着る手伝いと、髪を括ればいいんよな?」
ヴェルナスから予め渡されたメモに目を通しながら、こちらに確認してくる。あぁ、と一言頷き、着替え用の服の場所を指さした。
それを確認したカイトは、服を運び、早速着替えの手伝いを始める。
「カイトは、今まで何回死んだんだ」
無意識下で口に出してしまった言葉。自分でも一瞬何を言ってしまったのかを理解できず、思考が止まる。
気にはなっていたが、簡単に聞けるような話ではない。それなのに、こんな礼儀を知らない聞き方をしてしまったことに後悔をした。
「……どうだろ。百回以上は死んでると思う。一度の戦闘で、何回も死ぬとかあったし」
「——っ」
百回以上。人は、基本的に一度しか死を経験しない。それは当たり前のことで、皆が理解していることだ。
だが、眼の前の男にはこの常識が通用しない。一度死ぬだけでも、そうとうな苦痛を感じる。それを、百回以上。
「でもさ、まだ死ぬのが怖いんだ。昨日も、死ぬのにビビっちまって、アリステラを助けるのが遅くなった」
「怖いのに、助けたのか?」
他人を助けるために死の苦痛を肩代わりするなんて、常人の精神では到底できることではない。
「まあ、そうだな。助けられるのは俺しかいなかったし」
「ホント、バカだなお前」
相応しくないと思っていた【英雄】という称号。だが、少しだけ似合っていると、そう思ってしまった。
◇◇◇
三人共身支度が終わり、村を出た。木々が生い茂り、風に揺られ、自然が独自の音色を奏でている。
だが、今は急がなければならない。気を止めることなく、帝国へと向かうために足を早めた。
「そういえば、昨日の人たちって結局何だったのかしら」
早歩きで帝国へと向かう途中、無言の空気に耐えられずにアリステラが口を開く。
「それ! 俺もずっと考えてた!」
それに乗っかるようにカイトも賛同した。
「あぁ、アイツらは黎明の神子の信徒だった。これ、昨日奴らが落としてったんだよ」
仕舞っていた勲章を取り出し二人へ差し出す。
「え! そんな重要なこと、なんですぐ言わねえんだよ!!」
「屋敷についてから言おうと思ってたんだ。座りながら話せたほうが説明しやすいだろ」
やれやれ、と言わんばかりにヘクトルは首を左右に降る。
「その勲章、ちょっと私に見せてくれない?」
アリステラがこちらに手を伸ばし、早く寄越せと視線が送られる。仕方なくその手に勲章を渡し、満足するのを待つ。
——アリステラが手に取ったと同時に、木々の間から一羽の鳥が飛び出してきた。
二本の細い足で勲章を華麗に掴み、颯爽とどこかへ消えていってしまう。
油断した。きっと奴らの仕業だろう。
昨夜、わざと勲章を落として犯人を特定させ、仲間にも共有したタイミングで証拠を回収。
一体、何が目的なんだ。挑発か、それとも誘導か。
心底怪しい。だが、今の俺達はコイツらを追うしかない。
「ご、ごめんなさい!私が油断してたから…」
「そうだな、油断のしすぎだ。だが、少し考え事をしていた俺のせいでもある」
正直コイツも怪しさは充分。今のも、わざと鳥に持って行かせたのかもしれない。
だが、ここで言い争うことほど無駄なものはない。今は一刻も早く帝国に戻らなければ。
「とにかく、急ぐぞ」
気を取り直し、また帝国に向かって足を進めた。
◇◇◇
村人に教えてもらったルートで進むと、1時間もかからず帝国に到着した。
数日ぶりの景色に安心感を覚えながらも、急いでカリスタの屋敷へ向かう。
「カイト、俺が言うよりお前が言ったほうが受け入れてもらえるはずだ。頼んでもいいか?」
極力あの女とは会話したくないだけなのだが、カイトの方が良いのもまた事実。
カリスタはカイトに対して少し甘いと聞いている。
交渉の際の表情を思い出し、そのことに納得した。カリスタの弱点を知り、ヘクトルは交渉材料が増えたことに歓喜する。
気がつけば、カリスタの屋敷の前まで足が進んでいた。
はあ、とため息をつく。
重たい足を一歩、また一歩と持ち上げ、扉の前に立とうとした時。
ガチャリ。屋敷の内側から扉が開いた。
帝国の中でも稀に見るレベルの立派な屋敷。その屋敷の扉はもちろん豪華で、2mの大男が縦に二人並んでも入れそうなほど大きさをしている。
開いた扉の先に目線をやると、見覚えのある金髪の青年が立っていた。
「お久しぶりです。ヘクトル様、カイト様。そして…アリステラ様、ですね」
屋敷に来るというのは伝えていなかったはずだが、出迎えと、そしてアリステラの名前を知っている青年。
きっと、カイトに監視でも付けていたのだろう。あの女がやりそうな事だ。
「カリスタ様がお待ちです。部屋までご案内致しますね」
◇◇◇
「それで、ワタクシになにか頼みごとですか?」
金髪の青年、ルシアンに連れられ、カリスタの居る一室にて腰掛けていた。
部屋には芸術品の数々。どれも一目で高価なものだとわかる。
「久しぶりに来たが、やはり名家、グレイシア一家はすごいな。数ある中の一室だけで、とんでもない金額の芸術品が並んでいる」
敵を作らないコツは、圧倒的な力を見せるのが良いと聞いたことがある。この世で言う力というのは、武力だけではない。
財力だ。
「相変わらず面倒くさい男ですね。はやく本題に入ってくれませんか? ワタクシにとって、時間は金と同等の価値を持ちます。一秒無駄な時間が発生するだけで、数億の金が塵になったも同然」
「それじゃあ、俺から言うわ! 早速本題なんだけど、数日、いや、あるいは数週間かもしれない。この屋敷で三人共匿ってくれないかな?」
「えぇ、いいですよ」
まるで、そう言われることが分かっていたかのように素早い承諾だった。
「三人共別々の部屋を用意してあります。案内はルシアンがするので、後をついて行ってください。あと、ヘクトルは不自由なことがあればすぐにルシアンを呼んでください。着替えの手伝いなどもやらせますから」
それだけ言い切ると、カリスタは早々と部屋を出ていった。
◇◇◇
ルシアンが二人をそれぞれの部屋に案内し、最後にヘクトルの部屋を案内してくれた。
「ここがヘクトル様のお部屋になります。何か不便なことがありましたら、すぐにお申しつけください」
不安そうな顔で見つめる金髪の青年。三年程前まではあんなに小さな子供だったのに。今では、誰もが振り返る程美青年へと成長していた。
「ルシアン。カリスタと二人で話したいことがある。案内してくれないか」
静かに頷いたあと、ルシアンは先程と違う方向へと歩き始めた。
◇◇◇
「アリステラ様について、ですか」
部屋へ入るなり、カリスタは紅茶を口に運びながら問いかけてきた。
やはり仕事の面に置いては、彼女以上にやりやすい人間はいない。
「話が早くて助かる。やっぱ、長年連れ添った相棒だからか?」
茶化すように言葉を口にすると、カップを机に静かに置き、睨みつけるようにこちらを見てくる。
やはり、仕事面以外ではとことん合わない。
「貴方の考えも分かります。“神子アリステラ”と同じ顔、同じ名前。疑うなと言われても無理な話でしょう」
やはりそうだ。この女なら、自分と同じ意見を持ってくれると信じていた。それに、“カリスタ”の言葉だからこそ、信じるに値する。
「ワタクシなら近付けませんね。本当なら屋敷にいれることすら憚られる」
「理由は?」
「勿論、“怪しいから”です」
カリスタには、人の本質を見抜く才能があった。
どんな人間であっても、彼女の前では偽ることは出来ない。
一番近くで見ていたのだ。信用は充分すぎるほどにある。
そんな彼女の口から、怪しいという言葉が出た。疑う理由は、それだけで充分だった。
「つい昨日、アリステラが襲われ、カイトが死を肩代わりした」
「えぇ、知っています。後で説教をしに行くつもりなので」
「じゃあ、その襲ってきた連中が“黎明の神子の信徒”ってことも?」
カリスタは目を見開き、身体の動きが固まる。
「連中は昨夜、信徒の証、黎明の神子の勲章だけを落としていった」
「わざと、でしょうね。遠距離から胸を貫き、一撃で仕留めたと聞いています。それだけの実力の持ち主が、そんなマヌケなミスをしでかすはずがない」
ルシアンに出された紅茶を口まで運び、カリスタの方に視線を移す。
全く同じ考えをしている彼女。
性格としては合わないことをお互いに分かってはいるが、もしあの時バディが変わっていなければ。
そんなことを考えても仕方ないことは分かっているのに、思考が勝手に回ってしまう。
「……カリスタ、黎明の神子について、調べてくれないか?このままだと、カイトの命も危ない」
死んでも生き返りはする。だが、カリスタはその能力を使うこと自体を反対している様子だ。それなら、きっと乗ってくる。
「貴方は、本当に癪に障るやり方をしてきますね。昔から変わらない」
「それはどうも」
数秒の沈黙。それを了承だと受け取り、ヘクトルは席を立った。
「……出来る限りのことはします。ですが、あまり期待しすぎないでください。奴らは、ただでさえ情報が少ない。あと、最後に一つだけ言いたいことがあります。
——ケジメをつけるなら、早いほうがいい。縮こまってる時間が長ければ長いほど、恐怖は強まるものですよ。それに、周りに迷惑をかけたくないという気持ちがあるのなら、変わりたいと思っているなら、時には乗り越えなくてはならない苦しいくて辛い試練もある。変わるべきだと、貴方はずっと考えているのでしょう」
「——。余計なお世話だ」
また、右手が痛む。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する