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第8話 / 全13話
「おい、何があったんだよ! ルシアン? 大丈夫か?!」
本来緑であるはずの芝生が真っ赤に染まり、そこら中に肉片が転がり落ちている。
どこを見ても、血溜まり。警備兵たちの首は切り落とされ、死んでいるのだとカイトはすぐに理解した。
唯一原型を留めていた金髪の青年に近付く。
体には無数の穴が空いており、血がどくどく溢れている。体に触れるのを躊躇っていると、アリステラが手を伸ばした。
「まだ、生きてるわ」
わずかに身体が脈打つのを確認できたらしく、カイトは胸をなでおろす。生きている。
だが、呼吸は浅く、今にも止まってしまいそうだった。
「私の回復魔法でどうにかしてみるわ。応急手当ぐらいしか出来ないけど…」
「充分だ! 頼む!」
アリステラは頷き、光魔法での治療を始めた。
辺りをもう一度見渡すと、少し離れた所に一人、石のように固まり、立ち尽くす男がいた。
「ヘクトル! 大丈夫か? 何があったんだよ!」
駆け足でヘクトルに近寄り、右肩を掴む。
その瞬間、ヘクトルの体はビクリと跳ね上がり、まるで怯えた子供のように身体を震わせた。
汗が止まらず、顔色が悪い。あのヘクトルがここまで怯えるなんて。
ルシアンや警備兵たちの惨状を見るに、やはり黎明の神子が…。
「…第一信徒がきた」
「第一信徒??」
「黎明の神子の幹部だ。“六信徒”と呼ばれる、六人の化け物達。その中でも最強とされる男、第一信徒が来た」
幹部の中でも最強の男。
そんな奴が来ていたのに、俺はぬくぬくベッドの中で眠っていたのか。
英雄とも呼ばれているのに、皆を守らなくちゃいけないのに。
とにかく、今できることをやらなければいけない。クヨクヨしてたら駄目だ。本当に、何もできない男になってしまう。
何も言わなくなったヘクトルに背を向け、倒れている警備兵たちに近付く。酷い殺られ方だ。とても、痛いんだろうな。
震える手を抑えながら、深呼吸をする。とても優秀な人達だと聞いた。ここでその戦力を失うのは、あまりに勿体無い。
カイトは覚悟を決め、手を伸ばした。
「止まりなさい!! カイト!!」
振り返ると、そこには息を切らしながら走ってくるカリスタの姿があった。
「帰ってたのか」
「今、何をしようとしてたんですか」
こちらのは問には一切答えず、カリスタは真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
「助けようとしたんだ。優秀な人達だって聞いてたから、貴重な戦力を失いたくはないだろうなと思って」
カリスタの表情は、怒り、悲しみ、悔しさを織り交ぜたようだった。
「確かに、彼らはとても優秀な人材でした。ですが、ワタクシは言いましたよね? その力を使うなと」
「……」
前々から、カリスタには同じことを何度も言われていた。力を使う度、怒られていた。
それでも、俺にはこれしかない。助けることすらできないのなら、ただの能無しだ。
「彼らは職務を全うしました。いつ、どんな状況で死んでも良いと、覚悟を決めていた人間の集まりです。その人達を蘇らせるなんて、侮辱しているのと同じですよ」
「で、でも!! このままじゃ俺、役立たずだ!」
何かしないと、カイトはそう訴えかける。
「人には、それぞれ役割というものがあります。今はたまたまカイトの出番ではないだけです。今までを振り返ってみてください。貴方は誰よりも活躍をしてきたはずでしょう? ワタクシが何もできてないときだって沢山ありました。今は休んでいてください。ワタクシたちがなんとかしますから」
◇◇◇
「それで、ワタクシがいない間に何があったのかをそろそろ教えていただいても?」
庭に散乱していた肉片たちは使用人が片付け、アリステラの治療を受けていたルシアンは、医療機関へと送られた。
「カイトとアリステラ様は自室に戻って体を休めています。ですが、唯一の目撃者の貴方には話を聞かなくてはいけない。こうして立っていても何も変わりませんよ」
「……」
「ケジメを付ける気は、もう無いということですか」
——ケジメ。
「第一信徒が来た、というのは聞きました。貴方の因縁の相手だというのは知っています。ですが、その様子を見るに、もう諦めてしまったということで良いのですか?」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
右腕の痛みが引かない。変わらなくてはいけないなんて、自分が一番わかっている。でも、あの顔を、声を聞いたとき、無理だと思った。
もう、苦しみたくないと思ってしまった。
「そんな事では、ルシアンが報われませんね」
……ルシアン
「何があったのか、大方予想はつきますよ。どうせ、貴方を守ろうとして返り討ちにあってしまったのでしょう」
守ろうとした?
「彼は貴方を酷く慕っているのに、貴方は何をしているんですか?」
「自分の身くらい、自分で守れた」
「でも実際、貴方は動けたんですか? ルシアンがああなってるという事は、貴方は加勢をしなかった。そうでしょう?」
「それは…」
言葉が出ない。言い訳をしないと、逃げ道を探さないと、罪悪感で押しつぶされてしまいそうなのに。
「その顔をしていれば、誰かが代わりに戦ってくれるとでも?」
「そんなこと…」
「ワタクシにはそうとしか見えませんけど。貴方が弱いなんて、そんなこと充分すぎるほどに知っています。それでも、前を向かなくてはならない。貴方にはやらなくてはいけない役割がある」
怖い。苦しい。俺は強い人間じゃない。強いと勘違いしていた弱い人間だ。
「弱いなら弱いなりに、ヘクトルにしか出来ないことがあるでしょう? それに、貴方の事を強い人間だと信じている人達も居ます。ルシアンやヴェルナス、他にも数え切れないほど居るんですよ」
——ヴェルナス。
「早く動きなさい、【神滅の魔剣士】ヘクトル・エルカディオン。大切な人達に恩返しをしなければならない。そうでしょう?」
そうだ、そうだよ。
「あぁ、ゴメン。こんなの俺じゃない、俺らしくないよな。やらなくちゃいけないことを投げ出すなんて、英雄とは到底言えない」
また、英雄と呼ばれるために。
ヴェルナスと幸せに暮らすために……
「俺の名前は、ヘクトル・エルカディオン。神滅の魔剣士であり、【英雄】に返り咲く男だ」
カリスタの氷のようだった表情が、春の日差しに溶けるようにほころんだ。
◇◇◇
「第一信徒とアリステラを襲ってきた奴はそれぞれ別の目的を持っている」
カリスタの自室に移動し、先程の出来事を説明をしていた。
「何故そう思うんですか? タイミングや黎明の神子という共通点があるのであれば、同一人物とは言えなくても一緒に行動している可能性は高いはず」
ヘクトルは紅茶を口に運び、朝食を食べれなかった分胃の中を埋めていく。
「経験上、第一信徒が誰かと行動を共にすることはありえないと言ってもいい。アイツは相棒のことしか信用をしていない。それに、アリステラを襲ってきた奴は光魔法の使い手だ。アイツは魔法ではないまた別の能力で戦う」
「なるほど。それなら確かに納得です。それでは、何故今日襲われたのでしょうか? やはりアリステラ様のことを…」
「狙いは、俺だ」
カリスタは目を見開き、カップに伸ばしていた手を止める。
「アイツは前戦ったとき、心底楽しそうだった。俺との戦闘を本気で楽しんでたんだ。今日も、遊びに来たような感覚だったんだと思う」
「でも、ヘクトルは殺られていない。戦ってすらいないんでしょう?」
そうだ、戦ってすらいない。俺は動けなかったんだ。
それなのに、ルシアンはいち早く先手を打った。
「俺が、ビビったからだ。ルシアンが戦いの口火を切ったのに、俺は動けずにただそれを見ているだけだった。そして、呆れたように言われたんだ。今のお前は殺す気にならないとれ
自分で言っていて、惨めだった。情けなかった。
「…そうですか。大体の理解はできました。それでは、ワタクシの方から話すことがあります」
「話すこと?」
「えぇ、貴方に頼まれていた、黎明の神子について。少しだけ分かったことがあります」
やはり、カリスタに頼んで正解だった。まだ日にちも殆ど経っていないのに、既になにか情報を得ているとは。
「流石カリスタ嬢だ。俺が見込んだだけあるな」
「最近の動きについての情報を掴みました。彼らは今、とある街に向かっているそうです。今回の件とアリステラ様を狙った者とは、また別の陣営だと思われます」
「とある街……一体どこだ?」
「ローデルです。貴方もよくご存知でしょう」
——ローデル。
任務で何度も行ったことのある街。ルシアンを保護したのもここだ。
「久しぶりに聞く名前だ。奴らの目的は?」
「神に関する何かがあるらしいですよ。何を探しているのかまでは分からなかったですが」
「充分だ、ありがとう」
これで、次の目的地が決まったが、ルシアンのことが気がかりだ。
「そうだ、報酬はいくら払えば良い?」
「あぁ、報酬ですか。それなら……」
◇◇◇
「なあ、こういうのって本業の人間に任せたほうがいいんじゃないか?」
ルシアンの運ばれた医療機関へと連れてこられ、台の前に立たされる。
「貴方の回復魔法はピカイチ。専門としてる人間よりも回復速度が早いじゃないですか。うちの大事な使用人がこんなことになってるんです、さっさと治してください」
「……わかった。報酬がこれでいいなら、こちらとしても有難いからな」
光魔法は基本的に回復に特化しており、魔力量が多ければ多いほどどんな傷でも完治させることができる。
ヘクトルは眠っているルシアンの手を繋ぎ、目を閉じた。魔力の流れを感じながら、欠けた部分を補完していく。
それを繰り返し数分も経てば、体中に開いていた数え切れない程の穴が全てキレイに塞がっていた。
「数時間で目を覚ますはずだ。起きたときに何かあったら、ちゃんとした専門の人に言え」
あれだけ悲惨な状況だったにも関わらず、簡単に治療することができた。これは、俺の魔力量が多いだけではなく、応急手当を行ったアリステラの腕が良かったということだ。魔力量が少なかったせいで完治させることはできずとも、彼女がいなければ確実に死んでいただろう。
——アリステラは、良い人間なのかもしれない。
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