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第9話 / 全13話
荷物をまとめ、ヘクトルは屋敷を出る準備を始める。
結局、一週間も泊まらせてもらっていた。
「色々、本当に助かった。ありがとう」
「いえ、ヘクトル様には命を助けてもらったので。感謝を伝えるのは僕の方です。本当に、ありがとうございました」
ヘクトルはルシアンに着替えの手伝いをしてもらいながら感謝を述べる。
命を助けてもらった、か。死にかけた原因が俺なのに。あの時、動けなかったのに。
「感謝される程の事じゃない。それに、ルシアンが助かったのはアリステラのおかげだ。俺に言うより彼女に感謝を伝えたほうがいい」
そう告げると、緑の瞳が一瞬揺れた。
それは悲しいような、悔しいような感情を秘めているように感じた。
「準備、終わりましたよ。アリステラ様もカイトも既に荷物をまとめ、下で待ってるそうです」
「あぁ、ありがとう」
ヘクトルは剣を腰に備え、部屋を出ようと足を進める。隅々まで清掃が行き届いたキレイな部屋だ。
一週間不自由なく過ごせたのは、使用人達のおかげだろう。
「……その剣、やっぱり持ち歩いているんですね。しかも、左側に」
右腕では握れないのに。そう続けようとしたのが分かった。
だが、その言葉は続かなかった。
「ケジメを付けようと思ってるんだ。そろそろ、変わらなくちゃいけないと思い知ったんだよ。また、必ず英雄と呼ばれて見せるから……楽しみに待っとけよ、ルシアン」
◇◇◇
カリスタにも感謝を伝え、ヘクトル達は屋敷を後にした。
「さて。次に向かう場所についてだが、まだ何も言ってなかったよな」
「そうだよ、荷物まとめて出る準備しろとか言われてさあー。結局どこ向かうんだ?」
屋敷の中で行き先を伝えなかったのは、ルシアンがついてくるのを防ぐためだった。初めて出会った街。そして、そこに黎明の神子が向かうともなれば、恩返しをしたいと付いてくるのがわかっていた。
「次に向かうのはローデルという街だ。貴族が多く住んでいる、とても栄えた街。そこに、黎明の神子が向かってるという情報を手に入れた」
「黎明の神子が…」
口に手を添え、驚いたような表情を見せる女。
アリステラは、ルシアンを助ける際に体内の魔力をすべて使い、つい先日まで目を覚まさなかった。
「なんで黎明の神子はそこに向かってんだ?っていうか、今から行って追いつく?」
「理由は分からない。だが、向かっているのは確かだ。奴らは神の情報を集めるために行動をしている。きっと何かが隠されているんだろ」
追いつくか、という問いに対してヘクトルは何も口にしなかった。言葉にせずとも、この後すぐに分かることだったからだ。
数分歩くと、森についた。森の中を突き進み、気付けば周囲にあるのは木々と獣の気配だけになっている。
「ここなら周りに人がいない。少し待て」
ヘクトルは手の平を前に向け、闇魔法を放つ。目を瞑り、ローデルの位置を思い浮かべながらどんどん魔力を放出した。
目の前にある黒いモヤがみるみる大きくなり、人が通れるほどの巨大な円へと変わっていく。
「ヘクトルさん? これは一体何を作っておられるんですかねえ?」
「転移魔法の応用だ。三人まとめて連れて行くより、こうやって通路を作ってしまう方が魔力の消費が少なくすむ」
驚いたように問いかけてくる男に対し、これなら追いつける。と得意げに話す。
「初めて見る魔法だわ。どうしてこんな森の中でその魔法を使ったの?」
「他にこの魔法を使える者は居ない。存在を知る者もほとんど存在しない。そんな魔法を町中で使ったら面倒くさいからな、人目のないところで使いたかったんだよ」
そこまで話したが、未だに左右から質問が止まらない。
ヘクトルは面倒くさくなり、二人をその場に置き去って颯爽と黒いモヤに飛び込んだ。
目の前には大きな街、ローデル。
貴族の多く住む街だからか、設備が整いキレイな外観の建物が多く並んでいる。
「置いてくなよ! はぐれたらどうすんだ!」
「ヘクトルが私たちを置いてどこかに行くなんて思ってないけど、少し不安になっちゃったわ」
「すぐに通らないのが悪い」
黒いモヤのゲートを閉じると、そこには何も無かったかのようにただの背景だけが残っていた。
「まずは情報を集めるぞ。そうだな、冒険者ギルドに行こう」
「えぇー?? 腹減ったから先飯行こうぜ!」
「そうね、私もお腹空いちゃったからご飯が食べたいわ」
はぁ、とヘクトルはため息をつき、冒険者ギルドに向かおうとしていた足を違う方向へ切り替えた。
◇◇◇
「美味そー!! 流石貴族が多い街なだけある!」
机には豪華な肉料理がずらりと並び、どれも空腹を刺激する芳醇な香りを放っていた。
いただきます、と声に出し、食器を手に取る。ここ数日、一人でも食事ができるように左手だけを使って練習をしてきた。
少し不便ではあるが、人に頼らなくても良いのは気持ちが楽だ。
「そういえば、ヘクトルって飯食うとき“いただきます”って言うよな。他の人は言ってるとこ見ないのに」
ヘクトルの前世、日本では食事の際にその言葉を口にしてから食べるという文化がある。それは、カイトも同じだろう。
「あぁ、癖で言っちゃうんだよな。俺の故郷の文化なんだよ。それに、カイトもいつも言ってるだろ」
「うん。俺の故郷も同じ文化だったからさ、なんか親近感湧くわ」
カイトは幸せそうに料理を口に運びながら、笑顔を向けてくる。
「初めて聞く文化だわ。どこ出身なの?」
「それは…」
ヘクトルの故郷にはそんな文化なんて存在しない。とはいえ、日本と応えても違和感を持たれてしまうだろう。
普通の問いに対して、ヘクトルは口を閉ざした。
「あ、言いにくいならいいの! 全然、気にしないでちょうだい!」
アリステラは悪いことを聞いた、というように慌てて先程の問いを無かったことにした。
「ねえ、キミ達。お姉さんも混ぜてよ」
空いていた席に腰掛け、頬杖をつく。うぐいす色の髪はハーフアップに括られ、胸の谷間を強調させるような服装、胸元には水色に光る宝石。魔力を感じるその宝石は、魔法石なのだろう。
「貴方は一体、誰なの?」
初めに口を開いたのはアリステラだった。警戒しながら問いかけた姿を見ると、女はニヤリと笑った。
「アタシの名前はエルミナ・クロリア。一般冒険者なの」
エルミナ・クロリア。その名を知らぬ者の方が少ないと言われている、この国一番の回復魔法を持つ人間。
元々国営冒険者として国に貢献していたと聞いたが、今は一般冒険者になっていたとは。
「そんな有名人が俺達に何のようだ?」
ヘクトルは食器を置き、話に集中しようとエルミナの方に顔を向ける。
「あなた達のほうがよっぽど有名人でしょ。神滅の魔剣士と現英雄、そして…神子アリステラ」
ガタ、と勢い良く立ち上がり、アリステラは叫ぶように応えた。
「私はあのアリステラとは別人よ! 私は、無名のアリステラ。神子とは関係ない」
ふうん?と疑うような声を漏らし、エルミナは話を続ける。
「まあいいけど。アタシはキミ達と交渉したいのよ。まずは、旅に同行させてくれない?」
「旅に同行させるかどうかは交渉の内容次第だ。今このパーティには光魔法を使えるものが二人いる。これ以上増えても意味がない」
実際、この国一番の光魔法の使い手なら同行してくれたほうが安心できる。無茶する男と魔力量に不安のあるヒーラー。回復できるのは実質俺だけと言っても過言ではない。その俺も戦闘をメインとしている為、他の仲間を回復している暇なんてない。
だが、この女は何か企んでいる可能性が高い。神子アリステラと同じ見た目の女なんて、避けたがる人間の方が多い。それなのに同行したいなど、怪しいと言う他ない。
「なるほどねぇー。でも、そこのアリステラちゃん。そんな魔力量で充分な回復ができるの? それに、ヘクトルくんはこのパーティでのメインアタッカーでしょ? 回復にまで手が回るのかな?」
図星だ。言い返す言葉も無い。
「そうだとしても、他のヒーラー雇うことだって出来るんだよ。さっさと交渉の内容教えてくんないか?」
「あら、カイトくんの言うとおりね。アタシは今、とある女の子を探してるの。その子は黎明の神子を一人で追ってる。キミ達も同じって聞いたから、同行させてもらえればその子を見つけることができるかなと思ったのよ」
嘘を言っている様子は無い。本当にこれだけの理由なら、同行してもらえたほうが圧倒的に楽になる。それに、下手にヒーラーを雇うより、身元がハッキリしている人間のほうが安心できる。
「分かった。交渉成立だ。これからよろしく、エルミナ」
「思ったより簡単に承諾してくれるのね。えぇ、これからヨロシク。ヘクトルくん」
◇◇◇
「ちなみに、今からどこへ向かうつもりなの?」
食事を終え、四人は冒険者ギルドへ向けて足を進めていた。
「冒険者ギルドだ。あそこなら、何か情報があるかと思ってな」
「あぁ、黎明の神子について調べるということね。それなら、行く必要はないわ。今から宿でも取って1日休みましょう」
「どういう事だ?」
この街に来るという情報しか手元になく、いつ奴らが現れ、何をしようとしているのかすら分からない。なのに、行く必要がない?
「黎明の神子が現れるのは明日。今日はまだ来ないわ。何をしに来るのかは分からなかったけれど、冒険者ギルドに行っても手に入る情報はこれだけ」
エルミナは先に行って情報を集めていたらしく、確かにそれ以上の何かを得るのは難しいだろう。それなら、明日の為に宿で身体を休めたほうが良いというのは賛成だ。
「なるほど。なら、今から宿を取って俺は休む。お前達は好きなように過ごしとけ」
そう告げ、ヘクトルは宿を探すために歩き出した。
◇◇◇
宿で休み、気が付けば日が暮れていた。明日には黎明の神子がこの街に来る。正直、戦えるのが俺しか居ないというのは不安でしかない。
「ねぇ、少し話をしない?どうせまだ寝てないでしょ」
コンコンコンとノックの音が聞こえたあと、エルミナの声が聞こえた。カイトとは違い、ノックをするという常識がある人間のようだ。
ヘクトルは扉を開き、この女の話を聞くことにした。
「明日来るという黎明の神子についてなんだけど、第六信徒が率いてると聞いたわ」
「……なんでそんな重要な事、話してなかったんだ。」
——六信徒の一人。あの男と同じ、黎明の神子の幹部。右腕がまた痛くなってくる。
「あの二人に言う必要はないと思ったのよ。キミと二人で話せる時間が出来れば、すぐにでも伝えようと思ってたわ」
「……要件はそれだけか? それなら、俺は明日に向けてもう寝たいんだが」
右肩を抑えながら、ヘクトルは突き放すように言葉を口にする。
「いや、あと一つだけ伝えようと思ってるの」
エルミナはヘクトルの右肩を呼び指した。
「その右腕、不便でしょう?貴方が治せなくとも、アタシの力なら簡単よ。明日に向けて、治してあげるわ」
右腕を、治してくれる。とても魅力的な提案だ。
「利き手が無いなんて、得意な剣も握れないじゃない。それに、腕が無いのに痛みを感じてるんでしょう?デメリットしかないように見えるんだけど」
腕が切り落とされた今も、あの時の痛みを感じる。
痛い、熱い。デメリットしかないなんて当たり前だ。
……だが、それでも治せない理由がある。
「——俺は、回復魔法が効かない体質なんだ」
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