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第3話 / 全13話
カイトは左手を握り、ヘクトルが落ち着くまで背中をさすり続けた。
「落ち着いた?」
激しく脈打っていたヘクトルの心臓が安定し始め、それを確認してからカイトは心配そうに声をかける。
「スマン、もう大丈夫だ。忘れないうちに急ごう」
ゆっくりと立ち上がり、鳥から得た情報をもとに歩き始めた。
会話は無く、二人の間には沈黙が流れている。
「……ヘクトルってさ、ヴェルナスと仲良いんだよな」
沈黙に耐えかねたカイトが口を開いた。
「……」
ヘクトルはそれに対し、何も応えず足を早める。
1時間程進むと村についた。大きくもなく、小さくもなく、至って普通の村。
いつの間にか日は落ち、辺りは暗くなっている。この状態で動いても収穫はなさそうだと判断し、仲間探しは明日することにした。
宿を探すが、中々見つからず村人に声をかける。
「この村には、宿は一つしかないよ」
村人の案内で宿につくと、カイトに少し手伝って貰いながら食事をし、別々の部屋で朝まで眠りについた。
陽の光が窓から差し込み、その眩しさから目を覚ます。
重たい体を起こし、身支度を済ませた。
一人で服を着るのはいつぶりだろうか。魔法を扱いながらの着替えは少し手間取ってしまい、相当な時間を有してしまった。
だが、隣の部屋に泊まっているはずの同行者はまだ起きてこない。仕方なく起こしに行ってやろうと、部屋から出るためドアノブを捻った。
——右手に走る激痛。
「——っ!!」
感じるはずのないその痛みが、あの時の記憶が、全て鮮明に蘇ってくる。今、それを感じているかのように。
焼けるように熱い。ただただ痛い。痛い痛い痛い。
定期的に来るこの痛み。これは収まるまで待つ以外の方法がない。床に膝をつき、右腕を抱えるような体制でうずくまった。
「……ヴェルナス、手を握ってくれよ」
◇◇◇
「久しぶりね、カイト」
宿の朝食を二人で食べていると、目の前に見知らぬ少女。
いや、知らないはずなのに、記憶の中では存在している少女が座った。
——右手に激痛が走る。まるで、目の前の女を拒絶するかのように。
「アリステラさん…?」
突如現れた探し人に、カイトは驚きのあまり手が止まる。ヘクトルの口に運ばれようとしていたそのスプーンは、音を立てて床へと落ちていった。
——神子アリステラ。その名を、その外見を知らぬものは存在しない。黎明の神子の筆頭であり、どんな悪事にも手を染める。神のためなら、なんだってする人間。
周りで食事を取っている者達、全ての視線がこの女に集まっている。
「覚えててくれたのね、嬉しいわ! もしかしたら、もう忘れられてるのかもって思っていたの。それと、私のことはアリステラって呼んで? さん付けなんて、距離を感じちゃうでしょ?」
人畜無害そうな声で、顔で、仕草で話しかけてくるその女は、到底悪人のようには見えない。
気味の悪い程に、“ただの少女”だった。
「——っ。神子アリステラ!!! お前を今、この場で仕留める!!!」
油断してはいけない。どこからどう見ても、この女はあの神子アリステラに違いない。そして、コイツを今ここで仕留めることができれば、黎明の神子を壊滅させることができる。
「待ってくれ。待て、ヘクトル!!」
魔法を放とうと腕を上げ、7種類全ての力を混ぜた最強の一撃をお見舞いしてやろうと魔力を練り上げる。
「やめて、殺さないで…。違うの、私は黎明の神子とは関係ない、アリステラなの」
ウソだな。
「やっぱり、そうだったのか! こんなに優しいアリステラが、黎明の神子なわけが無いと思ってたんだよ。ほら、ヘクトル!!! はやく魔法を消すんだ!」
神子アリステラと全く同じ名前で、同じ見た目で、どうそれを信じろと?
信じるコイツはやはりバカだ。
……だが、これ以上は流石に騒ぎになりすぎる。先手必勝だと魔力を込めていたが、冷静になればここは宿の中。せっかく泊めてくれた場所を粉々にするわけにはいかない。
仕方なく腕を下ろし、対話をしてみることにした
◇◇◇
「要するに、キミは有名な神子アリステラと同じ名前、同じ特徴なせいで風評被害を受けているのだと。そういうことか?」
ええ、と頷きながら瞳に涙を浮かばせる女。
本当なのか、演技なのか。もし本当だった場合、確かに可哀想だ。名付け親のアタマがトチ狂っている。
「実は俺、神子アリステラと君が同じ人なんだと思ってた。だから、黎明の神子から君を救い出そうって。でも、そうじゃないんなら、もう奴らを追う意味はないな」
「……なんで? 私たち、たった一日しかお話してなかったのよ? そこまで危険を冒す理由が、分からないわ」
コイツ、一日しか話したことない相手にここまで執着してたのか。
カイトの方に目を向け、ヘクトルは顔を引きつらせる。
もしかしたら、中々にヤバいやつなのかもしれない。
「君は俺を助けてくれたから。だから、俺も君を助けたかったんだよ」
いや、このままこの話をキレイに終わらせられたら困る。カイトの目的を手伝う代わりに、日本への帰り方を一緒に調べてもらう約束だったんだ。このままカイトの目的がなくなってしまえば、一人で調べなくてはいけなくなる。
それは、まずい。
二人が感動的な空気を醸し出している中、ヘクトルは一人蚊帳の外だった。だが、それはむしろ好都合。カイトとヘクトルの協力関係が危うくなった今、それを維持するための方法を考える時間が必要だったのだから。
「そういえば、貴方のお名前を聞いてなかったわ。私の名前は…さっき言ったとおり、アリステラって言うの」
思考を巡らせていると、怪しい女に話しかけられた。
アリステラ、その名を口にすることすら嫌悪感を抱く。
「俺の名前は、ヘクトル・エルカディオン。一応、騎士団に所属している。アリステラさん、先程は大変失礼した。改めてよろしく頼む」
「アリステラでいいわ。私もヘクトルって呼ぶから」
話せば話すほど歪な女。脳内に入ってくるこの女の情報は、全てただの少女だと言っている。だがそれが、とても気味悪く感じた。
この女の声を聞くたびに右腕に痛みを感じる。体が、警鐘を鳴らしていた。
「それで、キミは何をしてる人間だ?」
「旅をしているの」
「なんのため?」
「とある、探し物のため」
「何を探してるんだ?」
「それは…ごめんなさい、言えないわ」
黎明の神子は、常に神に繋がる情報を探しているという。何を探しているのか言えない、突如“英雄”の前に現れた。
こんな怪しい人間を疑うなと言われて、素直に従う奴が居るだろうか。
「おい、ヘクトル!あんまり詮索するもんじゃないだろ」
質問攻めをしていくのを静かに聞いていたカイトだったが、流石に可哀想だとヘクトルを静止する。
カイトに対して不快感を覚え、眉をひそめる。
怪しい人間に対して尋問をするのは当然のことだろう。
「そうだな、悪かったよアリステラ」
「いいえ、大丈夫よ! 怪しいって思うのも、仕方ないもの……」
その時、アリステラの口元がニヤリと気味悪く笑ったのを、誰も気付いていなかった。
◇◇◇
「それで、そのー。もし良かったらなんだけど、迷惑じゃなければ私も貴方達の旅に同行させてくれない?」
は?
「ホントか!? 実は、今丁度旅の仲間を探しにここへ来てたんだよ」
「いや、ダメに決まってるだろ。まず第一、俺達は戦力になる仲間を探しに来た。悪いが、俺の目から見てキミが戦力になるとは到底思えない」
か弱そうな細い身体の少女に向け、冷たく言葉を言い放つ。剣を持っているようにも見えなかったため、使うとしたら魔法だろう。
だが、体内の魔力量を見るに、戦力になるとは思えない。足手まといが二人に増えるだけだ。
「そう、よね。ごめんなさい、我儘言っちゃって」
まるで子犬の真似でもしているかのように、しょんぼりとした顔で俯いている女。
——わざとらしすぎる。
「ヘクトルぅ…」
「チッ」
子犬の真似をするバカがここにも居た。
成人男性一人と、子犬の真似をするバカが二人。これ以上気味が悪い光景を作り出されても困るので、二人に聞こえるように舌打ちをしたあと、とりあえずは承諾することにした。
◇◇◇
話し合いが終わり、食事も済ませた。
宿の中で魔法を、それも七種類全てを含めた魔法を扱ってしまったことでボロボロの宿が更に崩れ、今にも倒れてしまいそうな程に壊れてしまった。
周りからの視線が痛く、代金を支払う際に先程の詫びとして修理代と、本来払うべき金額の倍額をおいて逃げるように宿を後にした。
宿の後はどこに向かうか。当初の目的だった仲間はもう手に入ってしまったし、既にこの村でやりたいことなど無くなってしまっていた。
「とりあえず、広場にでも行ってみないか? もしかしたら、なんかやってるかもしんないし!」
暇になってしまったが、すぐに他の街へと旅立つにはもう少し休みが欲しい。それならと、カイトの提案に乗ることにした。
広場へと足を進める。
だが、この村はなにかおかしい。さっきから村人に全く合わない。
いや、もしかするとおかしいのは村人というよりも、こちら側——
「気のせいじゃない?」
まだ何も言ってないが、彼女の顔を見た理由がバレてしまったらしい。
神子アリステラと同じ見た目の女。それだけで警戒する理由としては充分だ。むしろ、ちゃんと警戒しているここの村人達はとても優秀だと言える。
それに比べて、このアホ英雄。こんなにも怪しいのに警戒を一切しないどころか、心を許している。
このままではマズイ。カイトが疑わないなら、その分も俺が疑いの目で見るしかない。
おかしな真似をしたら、その時は……
——突如現れた光の槍がアリステラの喉元へ迫る。
「危ない!!」
誰かの叫び声が響いた。
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