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第4話 / 全13話
光の槍がアリステラの胸を貫く。
避ける暇などなかった。悲鳴すら上がらない。
白い服がジワジワと赤く染まり、小さな身体が地面へと崩れ落ちる。
「アリステラ!!」
悲鳴にも近いその叫び声を聞き、硬直していたヘクトルの身体が動く。
反応が、遅れた。
光の放たれた場所に目を向けるが、そこに人影はない
即座に魔力を練り上げながら周囲へ視線を走らせる。屋根、路地裏、物陰。周りに村人はいない。魔力感知にも反応はなかった。
相当離れた場所から狙ったか、身を隠すのが上手いのか。どちらにせよ、素人のできることでは無い。
カイトはアリステラの元へと駆け寄り、地面にしゃがみこんだ。
「どうして、どうして…」
「おい、カイト! その女から離れろ! また攻撃が来たら、お前まで殺されるぞ!」
カイトの能力については理解している。とはいえ、噂で聞いた情報でしか知らないが。
死んでも生き返る能力。攻撃に当たってしまっても、カイトにとっては気にする程のことではないのかもしれない。
カイトはアリステラに右手を伸ばす。
だが、一向に触れようとしない。伸ばした右手は震え、呼吸が荒くなっていた。
英雄として様々な人間の死を間近に見てきたはずだが、その様子を見るにやはりアリステラという存在は彼の中で特別だったのだろう。
数分経っても次の攻撃が来ない。
犯人の狙いはアリステラただ一人だったようだ。周囲の警戒はしつつ、ヘクトルは二人の元へと駆け寄った。
カイトはハァハァと短い呼吸を繰り返し、冷や汗が止まらない。手の震えも止まらず何かに怯えている様子だが、目線は変わらずアリステラの方を向いている。
何を躊躇っているんだ。助けられるのだろう。【英雄】の力は、死んだ人間を生き返らせることができる。それは他人も同じ。
だが、カイトの様子はどう見てもおかしい。
まるで、能力を使うことそのものを恐れているかのように。
「ごめん……」
そう一言呟くと、カイトはアリステラの頬に手を添えた。
——胸に空いていたはずの風穴が、キレイに修復されていく。止まっていた心臓が、脈を打ち始める。まるで、初めからただ眠っていただけのように、終わったはずの全てがまた活動を始めている。
「ガハッ…おぇ、いたい、いたい、いたい」
血を吐くような声と共に、カイトが地面へと倒れ込んだ。先程までは無傷で、ただ何かに怯えて震えていた男。
胸元には、大きな風穴が空いていた。
つい先程までアリステラに開いていたものと全く同じ傷。
言葉を失う。理解が追いつかない。
攻撃を受けたのはアリステラだった。死んだのも、アリステラだ。なのに何故……。
何故カイトも同じ傷を負っている。
猛烈な痛みに悶え苦しみ、絶望の表情を浮かべている。痛い、苦しい、気持ち悪い。
——パタリ、とその悲鳴がやむと、胸に空いていたはずの風穴がみるみる塞がっていく。
カイトには、死んでも生き返るという能力がある。その力は他人にも使用することができ、仲間を何度も生き返らせてきた。それは周知の事実で、その能力には痛みが伴わないと思われている。
だが、実際は違った。猛烈な痛みを伴うものだ。
きっとそれは、死ぬときと全く同じ痛みなのだろう。
それでも、躊躇いながら、怯えながら、死ぬと分かっていて手を伸ばした。
狂っている、到底理解できないことだ。
だが同時に、
——ほんの少しだけ、羨ましいとも思った。
「アリステラ! 目を覚ましてよかった。体に痛みはないか?」
カイトは一分も経たず目を覚まし、何事も無かったかのようにアリステラの隣で彼女の瞼が開くのを待っていた。
「あれ、私死んだはずじゃ…? それに、死んだときに感じたはずの痛みが全く思い出せないわ。痛かったはずなのに、元々何も感じてなかったかのような感覚なの」
ポリポリと頭をかきながら、カイトは答える。
「あぁ、君の事を俺が生き返らせたんだ。痛みなんか思い出せなくていいからさ、あんま気にしない方がいいよ」
目を覚ました白髪の少女は、死んだはずの自分の身に何が起きたのか、それを理解できていないようだった。無論、その反応に無理はない。死んだあとにまた生き返る、なんて経験をしたことのある人間のほうが数少ない。
「どうして…?」
震える声。
「生き返らせた? そんなこと、できるの? いや、それよりも、どうしてそこまでしてくれるの?」
そこまでの能力なら、必ず代償があるはずなのに。少女の顔には、困惑と恐怖が浮かんで見えた。
「さっきも言ったけど、俺は君に救われたんだよ。助けられたんだ。恩返しくらいさせてくれないか?」
ははっ、と爽やかな笑顔で言葉を紡ぐカイト。その姿を見るに、見返りを求めるなど一切ないただの“善意”での行動などだと、きっと誰もが信じるだろう。
◇◇◇
「カイト、お前はこの女を…アリステラを、守りたいんだよな?」
「当たり前だろ」
「なら、この村にこれ以上留まるのは論外だ」
一度宿に戻り、先程の出来事を振り返りながら今後どうするかを話し合っていた。
古びた椅子にヘクトルとカイトが横並びに座り、ベッドにアリステラが腰掛けている。
「次も生き返らせればいいなんて、考えんなよ」
「——っ」
カイトは目を見開いた後、ヘクトルから視線をそらした。
自分は何度死んでも生き返らせれば良いと、そう思っているんだろう。
「敵はアリステラがこの村にいることを知っている。ここに居続ければ、村人が巻き込まれてしまう」
カイトは下を向き、口を開かず静かに言葉を聞いている。
「今の俺達の最善策は、帝国に戻ることだ」
「せっかく帝国から出てきたのに、また戻るってことかよ」
下を向いていた顔を上げ、カイトが口をとがらせながら不満そうに話す。
「勿論、帝国に戻るのは一時的にだ。俺の知り合い……いや、英雄のお供と言ったほうがわかりやすいか。カイトは知ってるだろうが、カリスタ・グレイシアという女がいる。屋敷が広くて優秀な護衛も複数人雇っている、信用に値する人間だ」
ヘクトルは眉をひそめ、話を続ける。
「正直あの女には借りを作りたくないが…今はそんなことを言ってる場合ではないからな」
賛成!とカイトは嬉しそうに上げた。
「でも、ご迷惑なんじゃ……?」
「迷惑だ」
当たり前だろと言わんばかりの態度でヘクトルは言葉を刺す。
「……だが、また死なれる方が迷惑だ。」
アリステラは驚いた表情を見せたあと、笑みを零した。
「優しいのね」
「勘違いするなよ」
カリスタには借りを作りたくはない。その気持ちは誰よりもあるが、もしかしたらあの女なら何か知っているかもしれない。
あるいは、俺の勘違いだと証明してくれるかもしれない。
◇◇◇
日がすでに落ち始め、宿で1日休んでから帝国に向かうことにした。
アリステラが寝てる時に襲われる可能性を踏まえ、宿の入口、部屋の入口、窓の3箇所に闇魔法で作った糸を張り巡らせ、出入りするものがいたらすぐに気付けるように仕込んでおいた。
ベッドで横になり、今日の1日を振り返る。
突如現れたアリステラのみを狙う敵。あれは絶対に素人ではない。
最近魔法をあまり使って無かったから、魔力感知の制度が落ちていたのかもしれない。
だが、それでも殺意を持った人間を見つけるのは容易いはずだ。
それに、一撃で仕留めるあの技量。傷穴を見たところ、大きさ的に相当な魔力量の人間のはず。
このまま放っておけばどうなるか分からない。必ず、この手で捕まえる。
だが、今のままでは情報が少なすぎる。やはりカリスタの所で情報を集める他ない。
——カイトのあの能力。
話に聞いていたものでは、痛みは感じないのだと、そう思っていた。きっと、皆そう思っている。
あんなにも能力を使うことに怯えていたのに、何故英雄と呼ばれるほど活躍してきたのか。
きっと今まで死ぬ苦しみを味わってきた回数は、数え切れないほどのものなのだろう。
それでもあれだけ恐怖していた。
“死”というのは、どれだけ体験しても慣れないものなのか。
「……良かった」
◇◇◇
——バチッ
夜が深く皆が寝静まった後、糸に反応があった。
窓だ。
一番反応してほしくない場所。ヘクトルは眉をひそめる。
即座にアリステラの部屋へ向かう。
扉を開け、誰も侵入していないことを確認したあと、アリステラの方へ視線を落とした。
彼女は泥のように眠りについている。
今日の出来事が、相当身体に負担を強いたのだろう。
一応窓の外も確認し、人影がないことに胸をなでおろす。
だが、ここに来たということは何か目的があったはず。
まだ近くにいるであろうその敵を追いかけるため、窓から身を乗り出した。
辺りを見渡すと、何かが地面で光っていることに気付く。
月の明かりで反射し、光を放つそれを手に取った。
「……っ」
敵を追うことをやめ、ひとまず自分の部屋へと戻ることにした。
——黎明の神子の勲章。やはり、奴らが関係していた。
信徒は攻撃をするでもなく、わざと魔法に引っかかりこれをおいて行った。
気味が悪いことをする連中だ。
だが、これでまた目的ができた。
黎明の神子がアリステラを狙っていると知れば、カイトはまた奴らを追おうとするだろう。
それならば、また交渉通りにことを進めることができる。
正直あまり良いこととは言えないが、マイナスがゼロに戻ったことに対して安堵した。
このまま信徒達を追うことになれば、また“アイツ”と戦うことになるだろう。
勝てる未来が見えない。
剣を握れていた時でさえ、勝つことができなかったのに。今の自分では何もできずに終わってしまうのではないか。
死ぬのが怖い。
ヘクトルは右肩を抑え、毛布の中でうずくまった。
痛いからではなく、ただ怖かった。不安だった。
それでも、やらなくてはいけない。
また英雄と呼ばれるには奴らを倒すしかないんだ。
震える右肩を抑えながら、瞳を閉じる。
瞼の裏に見えた光景は、ヘクトルがヴェルナスと幸せに暮らしている日常。
共に食事を取り、他愛のない会話をし、眠りにつく。
堂々と彼の隣に立つために、これは必要な事なんだ。
——必ず黎明の神子を壊滅させ、カイトを故郷へ帰してやる。
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